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March 16, 2022

アルベルト・モッセのお墓 in ベルリン

 ベルリン市内にあるアルベルト・モッセのお墓を訪ねました。

 地下鉄のU2に乗り、schonehauser allee (シェーンホイザーアレー)駅の南口から出て、北に向かって道路沿いに徒歩1分程度のところにあるユダヤ人墓地です。

 日本では高校の教科書にも紹介されているモッセですが、ドイツでは知る人ぞ知る、という方です。詳しくは紹介しませんが、元々はプロイセンで裁判官をしていました。ベルリン大学では、当時有名なヘルマン・グナイストの弟子となり、またまた有名なマックス・ヴェーバーとは兄弟弟子の関係になります。 

 明治初期に在プロイセン大使館公使の青木周蔵の尽力で来日し、伊藤博文や井上毅らの下で、先に来日していたロエスレルとともに秘密裏に明治憲法や地方自治関連法などの制定に深く関与した人です。

 滞在中、とても日本が好きになり、「私の祖国のように日本を愛する」という言葉を遺しています。息子のハンスも日本で生まれました。ところが、ハンスは帰国後、27歳の若さで亡くなっています。この写真に写っている墓碑には、妻のカロニーナと息子のハンスの名前が刻まれています。ナチス統治下で不幸な生涯を背負った娘のマルタの名前は刻まれていませんでした。

 以前、某大学の教授が訪問された模様がその教授のブログに紹介されています。そのブログではモッセの墓碑が三つに割れて転がっていた写真が掲載されています。今回訪問したところ、その三つがセメントのようなものでくっつけられていました。どなたかが修繕されたのでしょう。少しホッとしました。管理人のおじさんもいますし、少ないけれども墓参りの人もいました。自由に出入りできますので、関心がある人は、ぜひ訪ねてもらいたいと思います。入り口には、ユダヤ教徒がかぶる帽子が置いてありますので、男性はそれを借りてかぶることになります(異教徒は任意でしょうが)。

 

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道路沿いの墓地の塀。

 

 

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道路沿いにある墓地の入り口。

 

 

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お墓に入るとまっすぐ壁に向かった通路があります。壁に突き当たって、右にいったところの右側にひっそりとモッセの墓があります。

 

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以前は割れていた墓碑が修繕されていました。墓碑には、アルベルトと、妻のカロリーナ、そして息子のハンスの名前が刻まれています。

 

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 ちなみに、その墓地の東側に、現在は使われていないものの古くからある給水塔があります。その周辺には、たくさんのレストランがあり、静かな雰囲気で食事を楽しめます。にぎやかな場所が苦手な人にとっては、穴場でしょう。

 

 



 

 

September 09, 2021

中国の新鉄道 ミャンマー国境まで開通

   Irrawaddyによれば、中国からミャンマー経由でインド洋へアクセスする新しい鉄道路線が825日に国境の中国側に開通したとのことである。鉄道は、四川省の首都である成都から、ミャンマー北東部のシャン州の国境貿易都市であるチンシュエホーの向かいにある中国雲南省の臨滄まで伸びている。

上の写真は、その駅の模様を写したもの。(Irrawaddy   2021830日)

中のGoogle Earthは、中国側の鉄道の最終駅となる瑞麗の写真。街の真ん中に駅ができている。

下のGoogle Erathは、同じく中国側の高速道路のミャンマー国境に近い最終地点の模様で、ミャンマー側はチンシュエホー。

   将来的には、これらがミャンマー国内を通ることになる。もしそれらが完成すれば、中国からガスパイプライン、高速道路そして高速鉄道がミャンマー国内を通ってインド洋と直結することになるので、中国にとっては文字通りの生命線である。だが、当然、これらによって生まれる経済的利益は、国軍に入ることになり、国軍にとっては「ドル箱」である。

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September 05, 2021

全土停戦協定は消滅、KNU顧問グループが発表

  下記は、全土停戦協定は消滅したというKNU顧問グループの発表を報じたMyanmar Nowの記事。国軍とKNUの軍事組織であるKNLAなどとの間では、カレニー州の各地で毎日のように武力衝突が発生している。KNLAには都市部の若者や、軍政から離脱した警察官などが合流したり、都市部の若者が独自に武装グループを組織し、KNLAと共同歩調を取って国軍に対抗しようとしたりしている。

   カレンに限って言えば、都市部では国軍による民間人への襲撃が相次ぎ、山間部では国軍と武装勢力との間で闘争が激化しており、内戦と言っても過言ではない状況にある。両者はともに引くにひけない状況になっており、紛争は泥沼化していく模様である。

 

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全土停戦協定は消滅、KNU顧問グループが発表

 

2021 9 03 日 Myanmar Now

 ミャンマー最大の少数民族武装勢力であるカレン民族同盟(KNU)の元上級指導者で構成されている政治組織であるKNU顧問グループは、2月に軍が権力を掌握した後、全国停戦協定(NCA)が無効になったと木曜日に述べた。

KNU顧問グループのノー・シー・ポー・ヤー・セイン(Naw Zipporah Sein)元KNU副議長は、KNUは国内平和の実現と連邦国家の樹立に向けてミャンマー政府と全土停戦協定に201510月に調印したが、21日に起きた国軍クーデターは全土停戦協定の精神に反するもので、これにより全土停戦協定は完全に消滅したと発表した。

グループは声明のなかで、近年、軍といくつかの民族武装グループによって署名されたNCAは、2008年憲法の下で活動し、闘争を放棄することを強制したと述べた。 。

和平プロセスの権利、擁護、監視に焦点を当てているこのグループは、国民統一政府(NUG)と連邦議会代表委員会(CRPH)への支援も発表し、両組織は軍事独裁政権を終わらせるという目標を共有していると述べた。

グループのリーダーであるNaw Zipporah Seinは、KNUの元副議長でもある。ミャンマー・ナウとのインタビューで、彼女は現在軍隊と戦っていない武装グループに、軍事政権を打倒するための闘争に参加するよう呼びかけた。

August 27, 2021

国軍支配から離脱した警察官がカレニー州に集結

Irrawaddy(2021.8.27)によれば、ミャンマー中央部と南シャン州から、国軍の支配下にいた320人の警察官が離脱し、カレニー州に集結した。これほど多数の警察官の離脱は初めてと思われる。彼らは、今後、KNDPとKNPPそして反国軍市民が結成したPDF(人民防衛軍)とともに行動するとのことである。今後、こうした動きが加速すれば、国内は益々混沌としたものになっていく気配である。

 

下記の写真は、Irrawaddyより。

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<続報>

2021年9月3日のRadio Free Asiaの報道によれば、国軍から離脱した兵士は2500人にのぼったとのことである。

 

 

 

 

August 11, 2021

チョー・モー・トゥン・ミャンマー国連大使殺害計画についてのミャンマー外務省の声明 「無関係である」

国が守らなければならない行動規範からの逸脱を非難する

ニューヨーク市 国連常駐代表 リンダ・トーマス・グリーンフィールドは2012年8月7日に声明を発表し、解任された元常駐代表のチョー・モー・トゥンを暗殺する計画に関連して加害者の逮捕を求めた。

この事件は米国国内の紛争であるため、米国法に基づいて起訴されるべきである。ミャンマーとは何の関係もない。元ビルマ常駐代表のKyaw  Moe Tunは、国家が発行した命令や指令に準拠していない。彼は現在、反逆罪で起訴されている。外務省は、2021年7月12日に、ビルマで裁判を受けるため、チョー・モー・トゥンをビルマに引き渡すよう米国務省に要請した。主権国家の現行法に従ったチョー・モー・トゥンの身柄引き渡しの要請はまだ認められていない。

ビルマは、国連の米国常駐代表による、ウィーン条約の条件に違反する発言を強く非難する。

さらに、ビルマは、国連加盟国間の行動規範からの逸脱として、ビルマで法的措置に直面しているチョー・モー・トゥンの行動を強く非難する。また、いかなる国の内政にも干渉することはないという国連憲章の原則の遵守を求める。

外務省

ネピドー

2021年 8月9日

 

August 10, 2021

ミャンマー国連大使U Kyaw Moe Tunの暗殺計画

   8月6日、FBIとニューヨーク地検が、ミャンマー国連大使Kyaw Moe Tunの殺害を計画していたとして、二人のニューヨーク在住ミャンマー人を逮捕した。

   逮捕されたのは、フィョー・ハイン・ハット(Phyo Hein Htut  28歳)とイェハ・イン・ザウ(Ye Hein Zaw 20歳)。イェハ・イン・ザウが計画実行資金として4,000ドルをフィョー・ハイン・ハットに送金したとされる。その資金の提供者は、ミャンマーの武器商人だとされているが、どんな人物なのかは不明である。

   Irrawaddy(2021.8.8)によれば、バンコクに住んでいる政権に近いビジネスマンの可能性があるという。彼らは貿易会社を持ち、住宅を購入してバンコクに住んでいる。彼らの一部は、クーデターの首謀者である国家行政評議会(SAC)議長のミン・アウン・フライン上級将軍と緊密な関係を持って積極的に活動しているとのことである。そして、彼らは、タイとミャンマーとの国境に沿って広範なネットワークを持っており、建設資材、酒、自動車、武器などをミャンマーに輸出しているという。

   例えば、ミャンマーの大物武器商人であるTay Zafは、バンコクに住んでいる。彼は最近、ミャンマー政権の指導者がロシアから軍用ハードウェアとジェット戦闘機を購入したときに、同席していたことがニュースとなっていた。

157Kyaw Moe Tun 国連大使 写真:Irrawaddy

 

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写真左のチェックのシャツの人物が、Phyo

写真左の黒のシャツの人物は、タン・シュエの孫。

写真右の人物が、Ye

写真:Myanmar Now

 

 

July 14, 2021

ミャンマー サガインのカニにて大量殺戮事件

 ミャンマーのサガイン地域にあるカニという地区で戦闘が続いており、714日のMyanmar Nowによれば、多くの住民が国軍に惨殺されたとの報道があった(Myanmar Nowには死体の写真が掲載されているので、閲覧には要注意)

 このカニ地区のすぐ西の山を隔てたKanthetという地区には、国軍の軍事施設が建設されている。山奥に建設されている武器工場と倉庫だと推測されている。

 先日、キンマ村が国軍の攻撃によって村全体が焼失した事件があったが、キンマ村も国軍の軍事施設に近接していた。

 こうした地区に国軍が容赦のない攻撃を加えているのは、これらの施設との関連が疑われる。事実かどうかは不明だが、これらの軍事施設の関係者も反国軍抵抗運動に参加しているという報道もあった。抵抗運動側がこうした軍事施設を襲撃しようとすることも考えられなくはないし、そのために国軍側が過剰ともいえる対応をしているのではないかとも考えられるが、現在では推測の域を出ない。

 これらの軍事施設は人里離れた山間部に建てられおり、容易に近づくこともできない。国軍も情報を開示していないため、その実態を知ることもできない。

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写真は、これまでカニ地区での攻撃の模様を示したManmar NowとIrrawaddyの報道。

 

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カニ地区から西南に60キロほど離れたところにある軍事施設。

 

 

 

July 12, 2021

Dr.SASAから日本の国会議員達へのメッセージ

 ミャンマーの反政府民主化勢力が結成した「連邦議会代表委員会」(CRPH)にて、国際協力大臣に任命されたDr.SASAから、日本の国会議員達に充てたメッセージ。最近の日本政府・議員の声明や対応が、民主化勢力からは歓迎されているということを示している。

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ヤンゴン市内各所で爆破事件多発 UGRFが犯行声明

 ヤンゴン市内を中心に、アーバン・ゲリラ・リボリューション・フォース(反国軍の都市ゲリラ革命部隊:UGRF:Urban Guerilla Revolution Force )が各所で爆発事件を発生させている。ターゲットは電力関連施設である。UGRFは国民・住民に対して「電気代を支払うな」と求め、電気代を徴集する職員に対して「命の保障はしない」とまで警告している。その理由は、電気代の収入が国軍の資金源になっているからだとする。

 UGRFの実態は現在のところ不明であるが、今後も、各地でゲリラ活動を拡大させていきそうな状況である。この動きは国軍に市民への弾圧を正当化させる口実を与えることになりかねないのだが、もはやそうした理性的な判断ができるような状況ではないようである。

 下記は、UGRFに関するMIZZIMAの報道。

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MIZZIMA 2021.6.23

アーバンゲリラフォース(UGRF)は、マンダレー、チャウセ、ピンウールウィン、バゴーのPDFと協力して、軍事独裁政権と戦うことを発表した。

MIZZIMA 2021.7.6より

 アーバンゲリラフォース(UGRF)は7月4日日曜日の午後、軍事政権のリーダーであるミン・アウン・フラインの誕生日である73日に、マイテル事務所、ミュージックゾーン、シュエマントゥ、カマユット警察署などの軍事政権の施設や建物で爆発を起こしたと発表した。

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写真は、爆破の様子を伝えたMyanmar Nowより。

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Myanmar Now 2021.7.9

   ミャンマーの軍事政権のメンバーが所有する宝石店を標的とした爆弾が木曜日にヤンゴンのダウンタウンで発生した。ランマドー郡区のマハバンドーラ道路とランマドー道路の交差点にあるシュエナンドー宝石店の従業員1人がこの攻撃で負傷した、と近隣の店のスタッフがミャンマーナウに語った。

   Shwe Nan Daw宝石店は、政権の社会福祉、救済、再定住の大臣であるThet Thet Khineが所有している。大臣に関連する財産が爆撃されたのは、1か月足らずで2度目である。

   6月17日、C4爆薬が、彼女の家族が所有する高級開発プロジェクトである68レジデンスのマンションの基礎を損傷するために使用された。

   Thet Thet Khineは、2月1日に軍が権力を掌握した直後に、政権の数少ない民間人の1人として任命された。彼女は以前、Pyithu Hluttawのメンバーであり、2015年に国民民主連盟(NLD)の候補者としてヤンゴンのダゴンタウンシップを代表するために選出された。彼女は後にその指導者であるアウンサンスーチーとの違いをめぐってNLDを去り、昨年の選挙で1議席を獲得できなかった彼女自身の党である人民開拓者党(PPP)を結成した。

 

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写真は、宝石店の爆発の模様を伝えるMYanmar Now より

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UGRFの活動を伝えたCDMAのサイトより(2021.7.11)  *日時が不明

CDMA

ヤンゴン管区の住民によると、今日7月9日、マンダレーとマグウェの各地区の町の電力事務所で爆発があった。ヤンゴン管区で午後2時3分にShwepyitharタウンシップのタウンシップ電力事務所で爆弾が爆発した。爆風で負傷者は出なかったが、地元の人々は、電気料金の強制収集を停止させろとの通告であると述べた。同様に、マンダレーのアマラプラタウンシップ電力事務所で爆弾が爆発した。さらに、マグウェ管区でも9日午後3時ごろ、イェザキョウタウンシップ電力事務所で爆弾が爆発した。

マンダレーのChan Aye Thar San TownshipのThayar Gone区とLe Rwe区で、電気料金を集めていた2人が、7月11日の午前10時頃に射殺されたことをMizzimaが確認した。

ヤンゴン管区 ランマドー郡区、中央郡区の地元の人によると、今朝の午前5時25分にモーティンロードのEPCオフィスで爆弾が爆発した。

さらに、午前5時25分、ヤンゴン地域の第4区カンナロードのランマドー郡区電力事務所で発生した。爆発によって管理事務所に向かう途中の第三病棟管理者であるU Myo Lwinが、Lanmadaw 8 Roadで頭部外傷で死亡した。

今朝早くヤンゴン管区のミンガラドン郡区の町の電力量計事務所の近くで爆​​弾が爆発し、ドアの建物が損傷した。爆風で負傷者はいなかった。

 

 

July 03, 2021

米国によるミャンマー軍事政権への制裁の追加


2021年7月2日、米国財務省外国資産管理局(OFAC)は、
ビルマの軍事政権に関係する22人の個人を指名した。
今回の制裁の特徴は、前回までに制裁リストに挙げら
れた軍事政権関係者の配偶者と成人の子供を対象とし
たことである。
ミャンマー国軍の経済利権は、軍人の家族を巻き込ん
で形成される。特権的軍人の家族は、あらゆる経済活
動において優遇される。このクロニー経済構造が、ミ
ャンマー国軍の最大の癌である。

下記は、経済制裁の対象者

Kyu Kyu Hla   

  2021年2月11日に財務省が指名したSAC議長のMin Aung Hlaing上級将軍の配偶者。

Than Than New 

   2021年2月11日に財務省が指名したSAC副会長のSoe Win副会長の配偶者。

Thet Thet Aung 

    2021年2月11日に財務省が指定したSACメンバーのMya Tun Oo将軍の配偶者。

Than Than Aye 

    2021年2月11日に財務省が指定したSACメンバーのティンアウンサン提督の配偶者。

Aung Mar Myint 

  2021年2月22日に財務省が指定したSACメンバーのMaung Maung  Kyaw将軍の配偶者

Khaing Pa Pa Chit 

       2021年2月22日に財務省が指名したSACメンバーのMoe Myint Tun中将の配偶者。

Moe Htet Htet Tun

     Moe Myint Tun中将の成人した子供。

Khaing Moe Myint

     Moe MyintTun中将の成人した子供。

Yadanar Moe Myint

   Moe MyintTun中将の成人した子供。

Daw Nilar

           2021年2月11日に財務省が指定したSACメンバーのYe Win Oo中将の配偶者。

Theit Thinzar Ye

        Ye Win Oo中将の成人した子供。

Ohn Mar Myint

        2021年2月11日に財務省が指名したSACメンバーのAung Lin Dwe中将の配偶者。

Shwe Ye Phu Aung

    Aung Lin Dwe中将の成人した子供。

Hlaing Bwar Aung

     Aung Lin Dwe中将の成人した子供。

Phyo Arkar Aung

      Aung Lin Dwe中将の成人した子供。

 

下の写真は、2021年7月5日Irrawaddyに掲載された、国軍幹部とその家族たちの写真。

鳥かごに入った鳥を放すことで幸せを呼ぶ、という儀式のワンシーンだろう。

彼らは自分たちが800人以上の国民をテロリストと称して殺害したことについて、

良心の呵責を覚えることはないのだろうか。

自分たちの勝手な論理を振り回してクーデターと殺害を繰り返したのちに

得られる平和と安全とは、国民を軍政の鳥かごに閉じ込めることなのだろう。

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June 27, 2021

ミン・アウン・フラインがロシアで名誉教授

 6月26日Irrawaddyによれば、6月23日水曜日、ミン・アウン・フラインが、ロシア国防省から「2つの軍隊間の関係を強化するための彼の業績、軍事技術の改善における協力、およびさらなる強化のための訓練生のロシアへの派遣」のために「名誉教授」の称号を「授与」されたとのことである。悪い冗談かと思ったものの、本当の話だった。下記の写真は、Irrawaddyに掲載されたもの。

 

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June 23, 2021

複雑な状況にあるタイとミャンマーの国境の町ミャワディ その2  続報

 ミャンマーのミャワディと、タイのメーソットは国境を挟んだ国境貿易の町である。アジアハイウェイもほぼ整備されており、クーデターの発生がなければ、大量のトラックや人が往来する活気あふれる地域である。そうした地域に中国資本がカジノを建設したのも、経済発展を見越した投資だった。その客のほとんどは中国人観光客である。彼らはタイ側から渡し船でカジノに渡る。地元警察などの監視は全くない。ミャンマーとタイの地元政府や武装勢力などの関係者の合意によって、非合法ではあるものの、ローカルルールの適応で「合法」とされているという不思議な場所である。
 現在、中国資本はミャワディの北部に、新たなカジノやホテルなどを含んだ複合リゾートを建設中である(下記、Google Earth)。クーデターでその建設が中断していたが、現地のKICニュースによれば、大量の中国人労働者が戻ってきているとのことである。

 このリゾート施設建設は、地元の少数民族武装勢力による微妙な対立と協調関係の中にある。その中で、中国側が建設再開に向けて動き出したという状況のようである。

 下記は、そうした状況を伝えた、KICニュース。

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622 2021 KIC

 オンラインカジノとギャンブルに関係する多くの中国人労働者が、タイとビルマの国境にあるカレン州のミャワディ(Myawaddy Township)とシュエコックコ(Shwe Kok Ko)に戻ってきている。

ミャワディ国境で多くの中国人が本国送還したのは、中国が彼らに帰国を強いていたので、異常な出来事である。

地元当局者は「最近、中国の人々は大勢で戻ってきている。621日、Myawaddy Township Shwe Kok KoエリアにあるChinese City Project Area50人の中国人男性と15人の女性が中国から戻った」と地元当局者は述べた。

中国当局が昨日(621日)発行した命令では、「犯罪と国境を越えた密輸を取り締まるために、公式の入国ビザと出国ビザでビルマに入国した人は、指定当局に登録するために731日までに中国に戻らなければならない」となっている。

 

107  黄色い線がミャンマーとタイの国境。右側がタイ、左側がミャンマーである。  200519452_1710298619154952_5067589316405 KICに掲載されたシュエコックコ(Shwe Kok Ko)の模様の写真。

 

続報 下記のインターネットのABEMAニュースにて、ANNがシュエコックコで取材した模様が放映されている。(2021.7.3)

https://news.yahoo.co.jp/articles/a17d1f9460a2c4137d26644b1348caf16a43d255?page=2

 

June 20, 2021

キンマ村事件 続報 ミャンマー政府の非難声明

   6月19日、ミャンマー国軍の国家統治評議会が、キンマ村の事件について、下記のような声明を出しました。

   基本的には自分たちの責任ではなく、反政府勢力による攻撃だとしています。そして、それに呼応するメディア、ならびに、キンマ村事件についてミャンマー政府に対する非難声明を出した米国・英国政府などについて反論しています。

 ここまでするとは、よほど政権にとって都合が悪い事件なのでしょう。

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国家統治評議会 プレスリリースチーム (ネピドー 619日)

   マグウェ地方ポーク地区キンマ村は615日に武装テロリストによって発砲され、村の225軒の家屋のうち約100軒が破壊されました。

   事件は、ポーク地区の治安部隊がポーク地区を巡視していた615日に発生しました。抵抗勢力は正午過ぎに2,000人の群衆の前で攻撃し、治安部隊が報復しました。治安部隊は午前1150分に丘を封鎖し、丘の中心に到着したテロリストに待ち伏せされました。

   キンマ村では、治安部隊が必要な視察を行っている最中に火災が発生し、午後430分頃に消防隊が村に入り、午後6時頃に消火しました。約1分後に火災が発生しました。火事は他の家から他の家に吹く風によって引き起こされました。基礎教育中学校の2つの建物と20軒を除くすべての家が炎上しました。

 治安部隊は、83歳のDaw Khin Su81歳のDaw Htwar Seinを、燃えている家から救出し、村の僧院に連れて行き、午後630分に村を出ました。「チャウン王の東側での撮影」というタイトルの生放送が同じアカウントから始まり、家々が火事になっていることがわかりました。、治安部隊の活動がリアルタイムで放送されていることがわかりました。  

   ニュースメディアの中で、ビジネスライセンスが一時停止されているModern Mediaは、615日の午後449分にFacebookアカウントで事件を報告しました。キンマ村全体がテロリストによって発砲されました。治安部隊が燃えている家を取り囲んだとき、メディアは村全体が炎に包まれるであろうことを知りました。当時、治安部隊は消火を開始しましたが、人員と治安状況が限られていたため、消火することができませんでした。

   同様に、CNNやロイターなどの外国のメディアや、ライセンスが取り消された一部の違法な地元メディアは、事件の報道に偏りがあることが判明しています。

   ライセンスが取り消されたニュースメディアや米国大使館の声明は、617日午後337分に発表されました。英国大使館からの声明は、616日の午後640分に発行されました。

 事件の際に、ソーシャルメディアやメディアに広まったときに、いくつかの外国大使館によって出された声明によると、治安部隊と村の放火に対する暴力が差し迫っていました。村人が村に入るとすぐに、治安部隊は彼らを支持しなかった人の家に火を放ち始めたといしています。

 さらに、Ko NaingFacebookなど、ソーシャルメディア上のいくつかのアカウントが、火災後、キンマ村を装って寄付を集めていたことが判明しました。

 したがって、NLDの有力者で構成されるテロリストグループ(People Defence Force :PDF)は、618日の国連総会中にNUGによって結成されました。それは、政府のイメージと国際的な圧力を傷つけることを意図して、罪のない村が火事にされたかのような国連安全保障理事会の非公開会議と一致します。

 私たちは、事件の背後にあるNUGとその関連組織を不法に支援してきた地元/外国のメディアや組織の行動を強く非難します。

 

June 19, 2021

キンマ村事件はフェイクニュース ミャンマー国軍系通信社の記事

ミャンマーの国軍系通信社Myawady Netは、キンマ村(Kin Ma)の事件は、抵抗勢力によるフェイク・ニュースである、という記事を掲載した。キンマ村を放火した犯人は抵抗勢力のグループであり、治安部隊が消火と救出に当たった、という主張をしている。その真偽はともかく、こうした小さな村での事件が、このように国軍側が自分たちの行為であることを否定するのには理由や背景があるはずである。

下記は、ミャンマー国軍系通信社Myawady Net による記事。

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Myawady Net (ネピドー618

ソーシャルネットワーク上の偽のニュースを信じないように

   CRPH、NUGPDFのテロ組織、過激派のNLDメンバー、その支持者は、国家の平和と安定と法の支配を悪化させる試みを伴う扇動と扇動に加えて、ソーシャルネットワーク上に偽のニュースと噂のステータスを投稿している。さらに、彼ら自身がテロ行為を行い、他の人にそうするように促している。

   国内で事件が発生するたびに、外国に拠点を置くマスコミの倫理に反する行為で政府によって禁止されたメディアは、国民のパニックを引き起こすことを目的として虚偽のニュースを誇張し、配布している。

   一部の外国放送局がこのようなニュースを再び発信する中、一部の外交団体は、政府や関係部門の承認を求めずに、このような虚偽のニュースに基づいて一方的に声明を発表した。

   ソーシャルネットワーク上で広まった偽のニュースと虚偽のニュースの中には、615日にマグウェ州のポーク地区のキンマ村で火災が発生したことが治安部隊によって引き起こされたという虚偽のニュースがある。

   実際、キンマ村のNLD支持者と反政府関係者は、テロ行為を支持していないキンマ村のU Kyaw Htayを情報提供者として非難し、彼の家に火を放った。そのため、火災の発生により、村の約100戸の家屋が破壊された。治安部隊が現場に駆けつけ、火を消した。彼らは、より安全な場所として、火事から修道院まで、Daw Khin Su83歳)とDaw Htwar Sein81歳)を救助した。

   事件は、U Kyaw Htayの家に火を放ったテロリストは、彼らの罪悪感をカバーする目的で、Myanmar Now通信社に火事の発生に関する誤った情報を送信した。通信社は、報道機関の倫理の下で正しいかどうかという事実を精査し、虚偽のニュースを放送しないものである。

   さらに、一部のテロ支援者は、ソーシャルネットワークを介して、Tiktokに投稿された他国からの火災の発生に関するビデオクリップに添付されたそのような事件を配布している。

   捏造されたニュースを読んだ人々の間には、憎しみとパニックが広がった。実際、それは国の不安定を引き起こし、人々を精神の不安に苦しめることを目的としている。だからこそ、平和に暮らしたいと願う人々は、偽りのニュースを信じてはならないという情報が発表され、偽造されたニュースに対して集団で行動することが求められている。

Myawadyニュース  添付された写真

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June 18, 2021

マグウェ地域で衝突 キンマ村の全焼事件と国軍施設について 

6月15日、マグウェ地域のキンマ(Kin Ma)村で、国軍と反対勢力との間で紛争が発生した。そして村のほとんどが焼かれた。下記の写真は、その模様を示したSNS上で公開されたもの。

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Myanmar Now (6月17日)より 

 6月15日火曜日に政権軍によって全焼したマグウェ地方のキンマ村の何百人もの住民は、家、作物、食料の備蓄が破壊されてから2日後も近くの森に隠れている。政権軍が村の外で地元の抵抗勢力と衝突した後、 警察は230軒の家のうち約200軒を燃やした。家に残っていた老夫婦が焼死した。  

「家が全焼しなかった人々は、状況を監視するために少なくとも1人を家に残しました」と、隠れているキンマの村の住人は匿名を条件にミャンマー・ナウに語った。

 彼は、村人が彼らの家に蓄えた米や他の作物も火事で破壊されたが、それはまだ完全に消えていない、と付け加えた。村人が撮影した写真には、豚や山羊などの家畜の焦げた跡も見られた。

「村人たちはまだ戻ることを非常に恐れています」と居住者は言う。

 約800人の村人は、作物、家畜、家屋が破壊された今、彼らがどのように生活を再建するのか見当がつかない、と住民は付け加えた。6月12日、バイクに乗った武装集団が、キンマ村から12マイル以上離れたディードテクウィン村にある軍事政権の管理者の家を襲撃した。居住者によると、当局は自転車の1つのナンバープレートからキンマ村まで追跡し、警察と私服の兵士が攻撃者を探して村に行った。しかし、彼らは武装した地元の抵抗勢力によって待ち伏せされ、衝突が続いた。抵抗勢力は、政権側で最大15人が殺害され、衝突で1人の地元住民が負傷したと述べた。ミャンマー・ナウは、その数字を確認することができなかった。 

 衝突後、警察官のグループが村に入ることができた。村は、人々が軍事政権の軍隊が到着したとの知らせを受けた後では、すでにほとんど放棄されていました。その後、彼らは村の家々に一つずつ火をつけた、と地元住民はミャンマー・ナウに語った。水曜日の朝までに、状況を見るために戻った村人によると、30から50の家だけがまだ無傷だった。焼けた2体の遺体は、マイア・マウン(85歳)とキ・フマイン(83歳)で、村人によって発見された。

 MRTV州のテレビチャンネルは水曜日の夜、40人の「テロリスト」が村に発砲し、政権を非難するメディアが軍の信用を傷つけようとしていると述べた。キンマ村の地元住民は、村の外での待ち伏せで政権が被った犠牲者への報復として火事が起こったと述べた。抵抗勢力の戦闘員は、ミャンマー・ナウに、彼のグループが火をつけたという主張は誤りであり、「私たちの国民防衛軍は決してそうしません。私たちは人々の安全のためにのみ行動します。」 と述べた。

 村人たちは、最近、政権支持者が殺害された後、軍事政権がこの地域の抵抗勢力を粉砕しようとしていると述べた。キンソケ村では、軍が支援する連邦団結発展党の地方行政官と選挙運動指導者が5月に殺害された。 さらに、伝えられるところによると、5月31日、ポークの町から約30 km離れたところで、手作りの地雷による攻撃で、政権軍の約30人のメンバーが殺害されたという。

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<眞鍋コメント>

 ミャンマーの山間部ではなく中央部で、しかもビルマ族の地域において、こうした国軍と抵抗勢力との紛争が行われることには何か理由や背景があると思われる。私は、この周辺に国軍の施設が集中していることと関係しているのではないかと推測している。ただし、現在のところでは、推測に過ぎず、このKin Ma 村への攻撃と、その施設の存在との関係性は不明である。

 下のGoogle Earth を参照してもらいたい。

 今回攻撃されたKin ma 村の南東部のわずか7キロのところに、ミャンマー国軍の防衛産業局(Ka Pa SA :Karkweye Pyitsu Setyoun)の施設が大量に存在する。防衛産業局はイスラエルやシンガポールの軍事企業から武器製造技術を譲渡された後、2015年ぐらいから対人地雷や機関銃などをこれらの施設で製造しており、このGoogle Earthに映っている施設がその工場あるいは倉庫とみられる。

 その施設には、東西に二か所の検問所が設置されていて、山間部であるため外部からは容易に侵入することができない構造になっている。

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 マグウェイ地域にはこうした軍事施設が集中しており、類似した施設がKin Ma村からそれほど離れていない地域にも存在している。

 下記のGoogle EarthはSaw地区にある軍事施設。南北に道路を挟んで並んでいる。建物の構造は、上記の施設と類似している。上記施設の南西部に位置しており、直線距離にして30キロ程度のところである。

 なお、2015年5月21日のThe Myanmar Timesによれば、マグウェのSaw 地区にあるNga Lai Khone、Pout Pan Saing 村の住民が、これらのKa Pa Saの施設建設に対して、反対しているとのことであった。

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June 15, 2021

タイ国境のメーラ難民キャンプで覚せい剤

6月11日の KICの報道によると、タイとビルマとの国境にあるターク県のメーラ難民キャンプで、2,000錠近くの覚醒剤がタイ当局によって押収されたとのことである。タイ軍と警察ならびにキャンプの警備員が、キャンプ内の2人の若い男性からピンクの覚醒剤錠剤の1990錠を押収したとのことである。今回の国軍クーデターに関連して、少数民族武装勢力側が国軍に対抗するための資金源として、麻薬が使われる懸念があるとされていた。今回の件との関係は不明だが、今後とも警戒していかなくてはならない点である。

下記の写真は、KICに掲載されたもの。


May 28, 2021

日本ミャンマー協会渡邉祐介事務局長の論文

 下記は、The Diplomatという英文サイトに投稿されていた、日本ミャンマー協会渡邉祐介事務局長の論文を、簡易翻訳したものです。
 内容は、軍事クーデターを正当化し、そして日本は中国やロシアの影響を排除するためにミャンマー軍事政権を支援しろ、という声明になっています。一言でいえば、我田引水で、ミャンマーを日本の安全保障のための道具としか考えていないものです。かつての旧日本陸軍の思想がそのまま亡霊のようになって生きているという感じがします。
 日本ミャンマー協会は日本の政財界の大物で構成されています。その事務局長がこのような声明を出してしまうのですから、日本政府がミャンマーの軍事政権に対して腰の引けた対応しかできない理由がはっきりとわかります。ミャンマーの国民の中で、日本に対する批判的な声が次第に大きくなってきそうです。

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The Diplomat 2021年5月26日

日本ミャンマー協会事務局長  渡邉祐介

「日本は模範となってミャンマーを導くべきだ」

「日本は、西側諸国の体制転換政策と盲目的に共同するのではなく、ミャンマー軍と米国および他の民主主義国との間の架け橋としての地位を確立しなければならない。」

   比類のないシュエダゴンパゴダがその栄光の中で太陽の下で輝いたとき、私はミャンマーの旧首都ヤンゴンでの朝の散歩に快く出た。差し迫った大変動をほとんど予想していなかった。ミャンマーの10年にわたる民主化の進展が突然停止したのは、21日の運命の早朝だった。ヤンゴンの賑やかな朝に、軍用車両が氾濫する光景は、ミャンマーの過去のるつぼの記憶によって彩られた不気味な既視感が私に起こった。

 その後まもなく、私はミャンマーの現在の事実上の指導者であるミン・アウン・フライン上級将軍と絶えず接触している数少ない外国人の一人であることに気づいた。彼と私との継続的な関係は、中国の影響力が自由で開かれたインド太平洋の未来をますます覆い隠しているため、現在の危機を解決するために忘れられがちな重要な地政学的要因であるミャンマーとほぼ1世紀にわたる日本の特別な関係を強調する。

 今日、地図上で定義されているミャンマーは、その住みにくい地形と内部矛盾によって永続的に制約されている不可能な地政学的問題である。馬蹄形のイラワジ川流域は、ビルマ族の多数派が率いる繁栄する農業基盤の本拠地であり、急成長するインド太平洋への玄関口である。

   一方、盆地を取り巻く高地は、ビルマの中心部を中国やインドなどの大陸勢力から隔離している一方で、135の民族があり、そのうちミャンマー政府と戦う10の武装グループを擁している。それは、ミャンマーの避けられない地政学的運命であり、国の歴史の振り子を揺さぶり、権力の中央集権化と地方分権化の間で絶えず振動している。

   外国の影響は常にミャンマーに忍び寄り、その歴史を通して内部での結束の本質的な欠如をもたらしてきた。ユーラシア大陸とインド太平洋との交差点で不安に陥ったミャンマーは、大陸と海の両方の大国による大国の策略の犠牲になった。しかし、イラワジデルタの開放のおかげで、海洋の大英帝国だけがその領土全体を占領することに成功した。特に、分割統治という英国帝国主義の政策は、ミャンマーの将来を覆い隠し続けている長引く内部分裂の種をまいた。したがって、特に英国の支配下で経験された1世紀にわたる屈辱は、ミャンマーの国民精神において、強烈でありながらトラウマ的なナショナリズムと独立の感覚を育んだのだった。

   ミャンマーの歴史的な解決策は、国の軍隊が主導する政権であり、権力の集中化と外国の干渉の防止にあった。確かに、それは銃身から成長した政治力の生きた化身である。したがって、民主的なミャンマーに対する長年の西側の圧力は、民族の反乱に対する積極的な外国の軍事支援と同等に、政権の安全に対する真の脅威に等しいと見なされている。統治に対する偏執的なアプローチは、世界の独裁国家の間で珍しいことではないが、ミャンマーの民主主義の未来への逆説的な願望において、軍主導の政権はまれな例外である。

   第二次世界大戦の血なまぐさいビルマ作戦の最盛期に、日本帝国陸軍の鈴木圭司大佐は、有名なビルマ民主主義活動家アウン・サン・スー・チーの父であるアウン・サン将軍を含む、現代ミャンマーの創設者である伝説の三十人の志士を支援した。鈴木はビルマ独立義勇軍を創設し、30人の同志と共にイギリスに対抗し、1943年に半ば独立した民間主導の政権によるビルマ国の誕生に至った。主に東京によるアラビアのローレンスのように設計されたが、好都合なことに、ビルマは1世紀にわたる英国の植民地主義からの短期間の独立と、その文民統治への露出が、現代の民主主義国家に対する国の植民地後の熱意を煽った。

   確かに、第二次世界大戦の最後の数日間、アウン・サン将軍は皮肉にも衰退する日本軍に対する反乱を主導した。しかし、戦後のミャンマー連邦共和国は、苦労しながらも元地域の大君主との関係を修復した最初のアジアの国になった。

   戦略的実用主義は、戦後のミャンマーと日本の特別な関係を推進し、歴史的で個人的なつながりを中心に展開した。確かに、独立したミャンマーは、インド太平洋におけるその不可欠なアンカーとして、日本の永続的な地域の利益にあった。その敗北は1945年初頭までに大日本帝国の軍事的進歩の運命を左右したが、戦後すぐに特別な関係が再開されたことで、敗北した帝国は地域の主要な経済的後援者としてインド太平洋に真っ向から戻った。  

   1962年にネ・ウィン将軍の軍事政権が出現した後も、東京はビルマの新しい指導者の大日本帝国との戦前の提携を活用して、ますます孤立する社会主義国との戦略的関係を経済的大規模なものに注ぎ込んだ。新しい日本とミャンマーの特別な関係は、民主主義運動から軍事クーデターに至るまで、ミャンマーの国内変革のその後の変遷を乗り越えた。このように、日本は、ミン・アウン・フライン上級将軍との個人的なつながりを含め、東南アジアの国の指導者への独占的なチャネルを一貫して維持してきた。

   対照的に、西側諸国は、ミャンマーの民主的な未来のために、政権交代という疑わしい戦略を追求してきた。そのようなアプローチは、せいぜいミャンマーの歴史に対する無責任な無視と、最悪の場合、手に負えない戦略的愚かさを反映している。実際、過去10年間のミャンマーの民主化努力は、不注意に民族間の緊張を強め、皮肉なことに、アウン・サン・スー・チーの活躍のおかげで、中国がその影響力を劇的に拡大することさえ可能にした。実際、中国はアウン・サン・スー・チーの時に本格的に中国-ミャンマー経済回廊(CMEC)を舗装し、北京がインド太平洋へ突入することを加速させた。

   皮肉なことに、21日の軍によるネピドーの政権奪取は、中国の地理経済プロジェクトの将来を危うくした。北京の意図に対するその不変の懐疑論は、増大する西側の圧力の中で新たに見出された後援者としてのロシアを、ますます活用するようにミャンマーの軍事政権を駆り立てた。ミャンマーとロシアとの求愛の拡大は、中国の地域における野心を密かにチェックしたが、新たな地政学的風景は、2011年のアラブの春のシリアの風景に不気味に似ている。政権交代の戦略は世界中でひどい実態であり、ミャンマーの危機に対する西側の現在のアプローチに対して、根本的な問題を提起している。

   このような状況を背景に、現在進行中の国家非常事態下での日本とミャンマー政府との心のこもった関係は、国の民主的な未来に対する西側の願望とはまったく正反対ではない。むしろ、それらは互いに補完し合っており、ミャンマーの民主化に対する日本の忍耐強い経済中心のアプローチは、困窮している東南アジアの国を取り巻く現在の地政学的な状況に照らして、冷静に再考するに値する。日本は安定した民主主義への究極の変革の基盤として、ミャンマーの経済発展に引き続き取り組んでいく。

   ミン・アウン・フライン上級将軍との最近の対話で、将来に文民政府に回復させるというコミットメントを個人的に再確認した。実際、21日の彼の物議を醸す行動は、2008年憲法の規定を反映しており、国家非常事態の現状を宣言することになった。言い換えれば、ミャンマーの将来に対する彼のビジョンは、軍の忍耐強い関与と最終的な民主化につながる継続的な経済発展からなる日本の伝統的な国へのアプローチと完全に一致している。

   したがって、日本は再びミャンマーの激動の歴史の岐路に立っており、インド太平洋の中心国との関わりにおいて歴史的な選択に直面している。長年にわたってミャンマーと日本の特別な関係を指揮してきた日本ミャンマー協会の事務局長として、私は、日本は、盲目的に西側諸国と連携するのではなく、ミャンマー軍と米国および他の民主主義国との間の架け橋としての地位を確立しなければならないと主張する。

   確かに、ネピドーが戦略的位置付けのためにロシアや他の独裁政権にますます軸足を移すにつれて、日本はミャンマーの軍政との歴史的なつながりを維持している唯一の民主主義国であり続けている。数十年にわたる経済協力を活用して、日本は現在、軍事政権と直接協力して、ワシントンのインド太平洋戦略にサービスを提供する港湾の建設などの戦略的インフラプロジェクトを支援することにより、中国の地理的、経済的影響を逆転させることができる。ミャンマーの現在の危機に対するそのような冷静で実用的な対応は、中国の地政学的野心によってますます挑戦されている、自由で開かれたインド太平洋に向けて地域協力を発展させる上での歓迎すべき追加となるだろう。

   ハンフォード・マッキンダー卿は、1919年の独創的な作品「民主主義の理想と現実:復興の政治学における研究」で、第一次世界大戦後の一般的なユートピアのうわ言を嘆き、戦後の戦争で荒廃したヨーロッパの復興を主導する戦略的慎重さを提案した。マッキンダーの長年の知恵が今日のミャンマーほど重要な場所はない。第二次世界大戦中に築かれた永続的な日本とミャンマーの特別な関係は、ミャンマーの究極の統治形態としての日本と民主主義に対するミャンマー軍の長年の賞賛の鮮明な証拠である。ミャンマーの現在の危機の解決策を見つけることは、外国の価値を外部から押し付けるのではなく、国の歴史と民主化を助長する政治環境の経済発展を尊重することから始まる。国際社会が1世紀前の戦争期の愚かさを繰り返さないように、日本は、平和と最終的には民主化に向けたより大きな経済協力のために、ミャンマー軍との特別な関係をさらに強化する道を歩み続けることによって、ミャンマーの現在の危機において模範的なリーダーシップを発揮しなければならない。ワシントンと東京が民主的なミャンマーへのコミットメントを更新するにつれ、日本は自由で開かれたインド太平洋に奉仕するミャンマーの軍政を導くという歴史的な使命を実現し、その行動が米国や他の民主的な同盟国の行動と異なる場合でも恐れてはならない。

 

May 25, 2021

アウン・サン・スー・チー氏らの裁判模様

5月24日のミャンマー国営放送で報道された特別法廷の模様。形式だけは整えた田舎芝居。

左、 アウン・サン・スー・チー 国家顧問

中央、U Win Myint 大統領

右、 Dr. Myo Aung ネピドー評議会議長

 

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アウン・サン・スー・チーに対する訴追内容 (読売新聞2021年5月25日 より) 仮に事実だとしても針小棒大。

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May 18, 2021

ミャンマーに対する米国財務省による新たな経済制裁対象者

米国財務省外国資産管理局(OFAC)の発表

ミャンマーに対する新たな経済制裁対象者

2021年517

今日制裁を受けた13人の個人はビルマの軍事政権の主要メンバーであり、ビルマの民主化運動を激しく抑圧しており、子供たちの殺害を含むビルマの人々に対する継続的、暴力的で致命的な攻撃の責任がある。

他の3人は、以前に指定されたビルマ軍高官の成人した子供である。

実体は国家行政評議会(SAC)であり、SACは民主的に選出された文民政府の違法な転覆を支援するために軍によって設立された組織である。

今日のこれらの指定は、大統領令(EO14014「ビルマの状況に関する財産の封鎖」に従って行われる。これらの制裁はビルマの人々に向けられるものではない。

国家行政評議会(SAC)は、202122日にビルマ軍によって結成された。これは主に軍関係者で構成され、ミン・アウン・フライン総司令官が率いている。

EO14014に従って2021211日に制裁対象として指定されている。

以下の4人は、202122日以降にビルマ政府の指導者または役人となった者である。

Mahn Nyein Maung SACのメンバー   元カレン民族同盟指導者

Thein Nyunt        SACのメンバー 元NLD

Sai Lone Saing        SACメンバー   元シャン州指導者

Khin Maung Swe     SACのメンバー  元NLD

 

軍事政権のメンバーである以下の9人は、202122日以降にビルマ政府の指導者または役人になった者としてEO14014に従って指定された。

 

Ko Ko Hlaing      国際協力大臣

Tun Aung Myint    民族問題大臣

Tun Tun Naung     国境省大臣

Than Nyein         ビルマ中央銀行総裁

Pwint San            商工大臣

Win Shein           計画、財務、および産業の大臣です。

Thein Soe           軍が任命した連邦選挙管理委員会の委員長

Thet Khaing Win   保健スポーツ大臣

Khin Maung Yi       天然資源環境保護大臣

 

以下の3人の個人は、EO 14014に従って、財産および財産への関与がブロックされている者の成人した子供として指定

 

Hein Htet

      EO14014に従って2021222日に財務省が指定したSACメンバーのMaung Maung Kyaw将軍の成人した子供。

      Paramount Events Myanmar Company Limited / Paramount Events Myanmar Company Limited / Singa Systems Company   

      Limited

Kaung Htet

      Maung Maung Kyaw将軍の成人した子供。

Yin Min Thu

      EO14014に従って2021211日に財務省が指定したSACメンバーのTin Aung San提督の成人した子供。娘。

  Global Icon General Trading Company Limited

制裁内容

   米国に滞在、または米国人の所有または管理下にある上記の人物の財産および財産に対するすべての利益はブロックされ、OFACに報告する必要がある。さらに、直接的または間接的に、合計で1人以上のブロックされた人が50%以上所有している施設もブロックされる。

   OFACによって発行された一般的または特定のライセンスによって許可されていない限り、またはその他の方法で免除されている場合を除き、指定またはその他の方法でブロックされた人物の財産または財産の利益を伴う、米国人または米国内(または米国内を通過する)によるすべての取引は禁止される。

   禁止事項には、ブロックされた人物による、またはその利益のための資金、商品、またはサービスの寄付または提供、またはそのような人物からの資金、商品、またはサービスの寄付または提供の受領が含まれる。

May 14, 2021

北角裕樹氏の解放報道の不思議

 5月13日、ミャンマー国軍系テレビ局が、「北角裕樹氏の釈放は、(日本財団会長の笹川陽平)ミャンマー国民和解担当日本政府代表からの軍事政権側への強い申し入れにより実現した」と、発表した。ところが、NHK、フジテレビ、テレビ朝日、TBS、朝日新聞、読売新聞、産経新聞といった日本のマスコミはそのような内容について触れず、日本政府の要請という曖昧な表現である。(東京新聞は笹川会長について記載)

 笹川会長は、513日のブログで「いかなる批判、中傷を浴びようとも問題解決の任を負った者として、覚悟をもって任務を全うするため、あえて”沈黙の外交”を堅持する考えでいる」と書いている。

 日本のマスコミが事実関係の報道を曖昧にしておくというのは一体どういうことなのだろうか。笹川会長自身が沈黙の外交をすると決めているのはそれはそれで本人の意思だが、笹川会長の動きをマスコミが明らかにすることに、何か不都合なことがあるのだろうか。さらに、笹川会長という民間人はともかく、日本政府が「沈黙の外交」を続けて国軍に対して曖昧な姿勢を続けていくことは、ミャンマー国民の日本への信頼が喪失していくことになるのではないだろうか。

May 12, 2021

ミャンマー カレン民族同盟議長が声明 分裂の可能性?

   下記は、カレン民族同盟議長が出した声明についての現地報道。この議長声明は、カレン民族同盟(KNU)内部での議論を経たうえでのものではなかったようで、内部で批判の声があがっている。カレン民族同盟(KNU)内部が分裂する可能性を孕んでおり、少数民族武装勢力でも有力な勢力だけに、今後の動向が注目される。

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KIC( 2021年5月10日)の報道

  KNU議長のSaw Mutu Say Poeが、すべての当事者にNCA(全国停戦合意)の枠組みを遵守し、平和を維持するよう求める声明を発表した。

「KNU-カレン民族同盟は協議を行っています。我々は引き続きこの枠組みを遵守し、すべての当事者に停戦協定(NCA)の枠組みを遵守し、平和を維持するよう要請する」とKNU議長の声明は述べた。KNU議長は、「2021年2月1日以降、政治危機を力ずくで解決しようとされており、対話を通じて政治危機の政治的解決策を見つけるつもりである」と付け加えた。

Irrawaddy (2021年5月11日)の報道

   この声明は、KNUの武装勢力であるカレン民族解放軍の第5旅団による軍事前哨基地への攻撃に対する報復として、国軍が空爆を開始した後に出された。また、Saw Mutu Say Poeは、KNUが政治交渉を継続し、全国停戦合意の原則を支持すると述べた。Saw Mutu Say Poeは、関連するすべての利害関係者に、NCAに従うことによって平和を維持するよう促した。

   KNUNCAを署名した10団体の1つであり、2021年1月まで、NLD政府との政治交渉を行っていた。そのため、Saw Mutu Sae Poeは、クーデターリーダーのMin Aung Hlaing上級将軍とも良好な関係を維持している。

   匿名を条件に発言した政治・民族問題のオブザーバーは、KNUの第7旅団(カレン州のパプン、バゴー地域のシュエキン、モン州のタトン)の半分だけが実際に参加しているため、議長の立場は現実を反映していると述べた。KNUの本部は、クーデター後の国軍との武力交戦から遠ざかっているという。

 一方で、KNU中央委員会のリーダーは、この声明はKNU議長の個人的な見解であり、組織全体を代表するものではないと述べた。

   最も活発な武装活動は、KNUのKNLA(カレン民族解放軍)の第5旅団で行われている。KNLAは、327日にカレン州のパプン地区のサルウィン川のThi Mu Htaにある軍の前哨基地を占拠し、427日にさらに2つの前哨基地を占拠し、200人近くの兵士を殺害し、さらに220人を負傷させた。

  その報復として、国軍はカレンの民間人に対する空爆と爆撃を開始し、この地域の3万人以上を追放した。国軍のスポークスマンはまた、第5旅団の指導者がNCAに違反していると非難し、NCAの実施を継続するためにKNU本部と定期的に連絡を取っていると述べた。

   カレン市民社会グループの主要メンバーであるNaw Wahkusheeは、政治交渉が、村への爆撃や空爆を含む、カレン市民に対する軍の殺害と攻撃を阻止できるかどうかという疑問が残っていると述べた。

   他の多くのカレンの若者もソーシャルメディアで、KNUが平等と自己決定のために過去70年間続けてきた武装革命を指導者が信じなくなった場合には、自分たちから辞任すべきだと述べた。

 

May 03, 2021

カレン民族解放軍(KNLA) カレン武装勢力が一緒に軍事独裁政権と戦うことを呼びかけ

カレン民族解放軍(KNLA)が、カレン武装勢力が一緒に軍事独裁政権と戦うことを呼びかけました。武装勢力の間でも国軍に対する姿勢には違いがあり、武装勢力間での小競り合いがあります。そのような中で、最も国軍と対立している武装勢力の一つであるKNLAの呼びかけには、カレン州内はもとより、カレン州以外の武装勢力にも大きな影響があると思われます。

下記は、その演説を記したKIC(Karen Information Center)の記事。

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KIC(Karen Information Center)

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カレン民族解放軍(KNLA)の副最高司令官であるSaw Baw Kyaw He中尉は、4つのカレン武装グループが今日(52日)一緒に軍事独裁政権と戦うよう呼びかけた。

民主主義のためのカレン軍-DKBA; カレン平和評議会(KNU / KNLA-PC)とカレン国境警備隊(BGF)は、本日52日にカレン語で激励の手紙を送った。

カレン州北部のパープン地区で、地上攻撃に関して、KNLA副最高司令官Lt-Gen Saw Baw Kyawが次のように述べた。

KNLA; DKBA すべてのKNU / KNLA-PCおよびBGFの同志。70年以上の間、カレン革命にはそのような機会がありませんでした。これを利用して、私たちは団結し、軍事独裁政権から次世代を解放します。私たちの世代が独立のために戦うためには、このビルマの軍事独裁政権と戦わなければなりません。現在、カレン族の再結集が重要です」。

彼は、「敵が現在カウトールの北で空爆を行っているが、我々の軍隊の士気を高め、人々を威嚇するのにも効果的ではなかった」と付け加えた。さらに、「国境警備隊(BGF)が支援するために召集され、敵の計画はカレン族にとって良いものではなく、戦闘はカレン族の間で行われた」とソーボーキョウエ中将は述べた。

 KNLA副最高司令官は、ビルマの軍事独裁政権を打ち負かすために団結と勇気を求めた。

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May 02, 2021

ミャンマー 国軍が武装勢力との停戦と和平プロセスについての声明を発表

 ミャンマーの国軍が、武装勢力との停戦と和平プロセスについての声明を発表した。この声明を文字通りに信じることはできないが、カチンやシャンそしてカレンなどの各地で、武装勢力との間で戦闘が続いていることに対して、停戦を呼び掛けざるを得なくなったということであろう。しかし、武装勢力側が国軍の声明を真に受けることはないと思われる。

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ミャンマー連邦共和国 国軍総司令官室 停戦と永遠の平和に関する声明

2021430日)

 1.国軍は国家統治評議会を結成し、5つの将来のプログラムと9つの目的を採用することにより、国家の政治、経済、社会問題などの複数のセクターの改善を力強く実施している。

 2.永遠の平和のプロセスを達成するための計画は国家にとって必須である。そのため、全国統一と平和構築のための中央委員会、国家統一と平和構築のための作業委員会、および国家統一と平和構築調整委員会は、全国停戦協定に署名したものもあれば、NCAに署名するための協議を続けているものもある民族武装組織との和平プロセスについて対話を行う。

 3.ミャンマー軍は、202151日から31日まで、国防および行政措置に加えて政府の治安および行政機構が侵害された期間を除いて、全国のすべての軍事作戦を停止する。全国停戦協定(NCA)に従った和平プロセスをさらに強化するために、NCA署名民族武装組織とさらに協議を行い、非NCA署名民族武装組織と話し合いを続け、NCAに署名するまで必要な措置について話し合う。そのため、ミャンマー軍がすべての軍事作戦を停止した期間をより有効に活用し、継続的な議論を通じて永遠の平和を回復するために、集合的な努力を払う必要がある。

 

国軍総司令官室 Myawadyニュース

April 30, 2021

ミャンマー 空軍基地2か所が攻撃される

 各報道によれば、4月27(木曜日)の早朝、ミャンマーの中央部に位置するマグウェー(Magwe)とメイティーラ(Meiktila)にある国軍の空軍基地が何者かに攻撃されたとのことである。マグウェーでこの攻撃で警戒にあたった警察によって市民一人が射殺され、一人が重傷を負ったとのことである。

 マグウェーの基地は、首都ネピトーから西に約120キロメートル。メイティーラの基地は、北に約130キロメートルのところにある。両基地は首都防衛の要。

 この攻撃による基地の機能に与えた影響はさほどない模様。しかし、首都ネピドー周辺での攻撃には、象徴的な意味が込められている。それは、これまではミャンマーと中国、インドやタイとの国境地帯で、しかも山岳地帯での国軍と武装勢力との戦闘だったが、首都に隣接する地域での攻撃は、国軍に対する強い抵抗の意思の表れであると言えよう。

 

写真はIrrawaddy(2021429)より

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Google Earthの上は、マグウェーの空軍基地。下は、メイティーラの空軍基地。

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April 29, 2021

ミャンマー サガイン州で市民的不服従に参加した軍人が国軍と戦闘

 下記は、ミャンマーのサガイン州タムで発生した、市民的不服従に参加した軍人と国軍との戦闘の模様を記した記事です。他の記事によれば、タムの住民たちは国軍の小銃を奪って抵抗している模様です。ミャンマー各地で国軍への抵抗運動と国軍による弾圧が激しくなっています。

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(Irrawaddy 2021428日)

   住民によると、27日火曜日の夜、サガイン州タムで3人の国軍兵士とミャンマー軍への反逆者が死亡した。

   ミャンマー軍への反逆者であるコ・アウン・アウンは、火曜日の午後730分頃に治安部隊が接近したとき、クンタウン橋近くの抗議キャンプで警備にあたっていた。

「銃撃が勃発し、彼は死んだ」とタムの住人は言った。

    銃撃に続いて、軍事政権に反対する民間の抵抗グループであるタム・セキュリティ・グループ(TSG)のメンバーが、インドとミャンマーの友好橋建設現場で治安部隊に対して爆弾を使用し、3人の軍人を死に至らしめた。

「治安部隊がクンタウン橋に向かう途中、民間の抵抗部隊が後方から攻撃した。攻撃した者は、3人の兵士が死亡し、他の2人が危険な状態で救助されたと述べた」とTSGメンバーは述べた。

  階級が不明なコ・アウン・アウンは、21日のクーデター直後に市民的不服従運動に加わったと伝えられている。約50人の兵士と警察官がインド国境のタムで人々の側に立ち、民間人と一緒に国軍と戦ってきた。火曜日の銃撃戦は、ミャンマー軍がタムでの反体制抗議に対して強力な力を行使した412日以来の最初のものだった。

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下のGoogle Earthは、タムのインド・ミャンマーの友好橋付近。インド側の近くには民家もある。

このタムという町は、第二次世界大戦中のインパール大作戦で、日本軍の弓第33師団が進軍した行路のうちの一つである。

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ミャンマー カチン州での違法なレアアース採取が急増

 ミャンマーは中国への最大のレアアース輸出国である。産出地域はミャンマーと中国との国境地帯のカチン州である。ミャンマーで稼働中のレアアース鉱山は、国軍の管理に置かれているが、クーデター後は、厳格には行われていない模様で、中国の業者によって違法な採取が増加しているようである。カチン州では国軍と武装勢力との紛争も相次ぎ、ミャンマーのレアアース供給に大きな影響を与える模様である。

 下記は、それを報道したIrrawddyの記事。

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(Irrawaddy  2021426日)

  違法なレアアース採掘が、国軍が支援する民兵によって支配されている地域で、21日のクーデター以降、中国国境のカチン州北部で急増した。

 環境保護団体によると、ミャンマーの政治的混乱の中で、中国人労働者の急速な流入により、パンワ(パンウォー)とチプウィ(Chipwi)の町では鉱業が少なくとも5倍に増加したとのことである。

「クーデターの前は、1日に1台か2台のトラックしか見ていませんでした。現在、10から15台で、適切な検査はありません」と、Chipwiの活動家がThe Irrawaddyに語った。

 彼は、トラックには違法鉱山で採取された硫酸アンモニウム肥料バッグが満載されていると言う。

「中国当局は、COVID-19により、ミャンマーからの輸入品の国境警備を強化しました。しかし、採掘のための材料は国境を越えて簡単に移動します」と彼は付け加えた。

 ミャンマーは中国への最大のレアアース輸出国であり、供給量の半分以上を占めている。2016年、北京が中国国内での違法採掘を取り締まったため、中国の鉱業会社が希土類を求めてパンワに参入した。

 中国の税関データによると、中国はミャンマーの中・重希土類に大きく依存している。ミャンマーは2018年に中国最大の輸入国になった。環球時報によると、2020年のミャンマーからのレアアース輸入は前年比23%増の約35,500トンで、輸入の74%を占めている。

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下のGoogle Earthは、パンワの模様。数多くの鉱山が点在しているのが見える。

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下のGoogle Erathは、パンワから北に行った中国との国境地帯にある巨大な採石場。

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下の写真は、Irrawaddy(2021.4.26)の記事より。パンワの採掘現場の模様。

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April 28, 2021

ミャンマー・タイの国境沿いで国軍とKNUが衝突

 4月27日、タイ・ミャンマー国境のサルウィン川を挟んだThaw Le Htaにあるミャンマー国軍の基地がKNUによって攻撃され、国軍側が戦闘機で反撃を試みたものの、KNU側によって占拠されたとの報道があった(読売新聞2021.4.28)。両者の戦闘による民間人の死傷者はない模様。現地のカレン族の住民は、事前に逃げていたので、無事とのこと。 下記は、現地の情勢を伝えるIrrawaddyの記事。

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Irrawaddy  2021427

 ミャンマー軍は27日火曜日の午後、タイとミャンマーの国境近くのカレン州で空襲を開始した。火曜日の早朝、カレン民族解放軍(KNLA)がサルウィン川のほとりの軍事基地を攻撃した。KNLAの旅団5のスポークスマンであるPhadoh Mahn Mahnは、ジェット戦闘機が午後130分頃にDah Gwe地域で爆弾を投下し、ロケットを発射したとIrrawaddyに語った。

 火曜日の空爆は、火曜日の午前5時頃、タイのメーホンソン省の向かいにある軍事国境ポストであるThaw Le Htaに対するKNLAの旅団5による攻撃に続いた。KNLAの政治部門であるカレン民族同盟(KNU)によると、KNLA軍は30分の戦闘の後に基地を占領した。

 下はIrrawaddyに掲載された現地の様子の写真。炎が上がっているのが、ミャンマー側。

 

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Google Earthは、現地の場所。右側がタイの国境の町メーサムレープ(Mae Sam Laep)。川を挟んだ左側に見えるのがミャンマー国軍の基地。タイからは国境を挟んで目の前になる。ここは、山岳地帯に住むカレン族への民生支援の中継地点となる地域。紛争が長引けば、彼らへの民生支援も滞ってしまう。

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タイ側から見た風景。

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下の写真はタイ軍に保護されているタイ側に逃げたカレンの住民。NNT(National News Bureau of Thailand)による(2021.4.30)

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下の写真は、KNLAがタイとの国境沿いにある国軍基地を攻撃し、占領した際の模様。上記の攻撃地域から、さらにサルウィン川を北上した地点のThi Mu Htaにある国軍基地(Irrawaddy 2021.4.30)

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April 27, 2021

ASEAN首脳級会議についてのミャンマー国家統治評議会のプレスリリース

 下記は、ASEAN首脳級会議についてのミャンマー国家統治評議会のプレスリリースです。国軍によるクーデターを正当化する意思が透けて見えます。

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ネピドー426

   2021 424日、国家統治評議会議長で軍最高司令官であるミン・アウン・ラインは、ジャカルタでのASEAN首脳会議で演説した。

   会議では、国家統治評議会議長が、「ASEANの繁栄のために一緒に働きましょう」というテーマについてブルネイのASEAN議長国への支持を表明した。国家統治評議会議長は、ASEAN議長国と緊密に協力するというミャンマーのコミットメントを繰り返した。

   会議で、国家統治評議会の議長は「21日、軍は2008年憲法に従って国家責任を引き継いだ」と発言した。国家統治評議会議長はまた、暴動の段階と国家統治評議会の構造とプロセスならびに将来の目的について説明した。

   ASEAN首脳は、ミャンマーの現状とASEAN議長国声明の内容について意見交換を行った。ASEAN首脳の提案のいくつかに応えて、ASEAN首脳の前向きな提案は真剣に受け止められた。法の支配とミャンマーのコミュニティの平和と安定が優先されるため、ASEAN首脳の勧告は、国内の安定に基づいて国の利益のためにのみ考慮される。したがって、勧告は、政府によって設定された5カ年計画の実施を支援することである。

   国家統治評議会議長は、ビルマの現在の政治情勢についてコメントする前に、会議で広められた情報を注意深く検討した後にのみコメントしたいと述べた。

 国家統治評議会  プレスリリースチーム

 

April 21, 2021

EUによるミャンマー経済制裁 第2回

4月19日、EUがミャンマーの軍事政権に対して、第2回目の経済制裁対象者を発表しました。

下記は、その対象となった10名です。英文はEUのプレスリリースより、和文はIrrawaddyの記事を参照しました。

今回の特徴は、軍事政権に協力した少数民族の幹部たちを経済制裁の対象として含んでいることです。

国軍がクーデターにともない少数民族勢力を抱え込もうとして、下記の人たちをSAC(国家統治評議会)のメンバーにしたのですが、それに反発する形で経済制裁の対象とされたようです。

事態は複雑です。

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マン・ニェイン・マウン

Mahn Nyein Maung (a.k.a. P’do, Phado Man Nyein Maung)

Member of State Administrative Council;

Date of birth: c. 1947;

Nationality: Myanmar;Gender: Male

元カレン民族同盟の指導者で元政治犯。

2020年118日の総選挙で、カレン人民党のアイヤワディ地域のパンタナウ郡下院に立候補したが落選。

 

ダウ・アエ・ヌー・スー

Daw Aye Nu Sein

Member of State Administrative Council; Vice-chair of the Arakan National Party;

Date of birth: 24 March 1957;

Place of birth: Sittwe, Rakhine State, Myanmar/Burma;

Nationality: Myanmar;

Gender: Female

ラカインの政治家。

アラカン民族党の政策委員会と党のスポークスウーマンを務めていた。

 

ソー・ダニエル

Saw Daniel

Member of State Administrative Council;

Date of birth: 25 November 1957;

Place of birth: Loikaw (Kayah State) Myanmar/Burma;

Nationality: Myanmar;

Gender: Male

カヤー州の政治家。

SACに参加したため、党から解任されるまでカヤー州民主党の副議長。

 

Dr. Banyar Aung Moe

Member of State Administrative Council;

Nationality: Myanmar;

Gender: Male

モン・ユニティ・パーティーの中央執行委員。

3月17日にSACに任命された。

 

サイ・ローン・セン

Sai Long Hseng

Member of State Administrative Council;

Date of birth: 18 April 1947;

Place of birth: Kengtung, Myanmar/Burma;

Nationality: Myanmar;

Citizenship verification card: Katana (Naing) 0052495;

NRC Number: 13/KATANA (N)-005249;

Gender: Male

シャンの政治家。連邦団結発展党を代表するシャン州の議長。

 

Jeng Phang Naw Htaung

Member of State Administrative Council;

Nationality: Myanmar;

Gender: Male

 

U Moung Har

Member of State Administrative Council;

Nationality: Myanmar;

Gender: Male

 

テイン・ニウン

Thein Nyunt

Member of State Administrative Council; Chairman of New National Democracy Party (NNDP);

Date of birth: 26 December 1944;

Place of birth: Kawkareik (Karen State) Myanmar/Burma;

Nationality: Myanmar;

ID number: 12/THAGAKA(NAING)012432;

Gender: Male

国民民主党の新議長。

 

キン・マウン・スウェ

Khin Maung Swe

Member of State Administrative Council; Chairman of National Democratic Force party (NDF);

Date of birth: 24 July 1942;

Place of birth: Ngathaingchaung, Pathein District, Myanmar/Burma;

Nationality: Myanmar;

Gender: Male

元国民民主連盟の議長

2015年まで議員を務めた。

 

U Chit Naing (a.k.a.: Sate Pyin Nyar)

Minister for Information;

Date of birth: December 1948;

Place of birth: Kyee Nee Village, Chauk Township, Magway Region, Myanmar/Burma;

Nationality: Myanmar;

Address: No. 150, Yadanar Street, Yadanar Housing (near Tine Yin Thar Village), Tharkayta Township, Yangon, Myanmar;

 

April 19, 2021

北角裕樹さんが収容されたインセイン刑務所  解放についての続報

 4月19日の早朝、ヤンゴン在住の日本人ジャーナリストの北角裕樹さんが逮捕されて、インセイン刑務所に収監された、というニュースが流れました。今日の段階では、ニュースで流れている範囲しかわかりません。とにかく、無事に釈放されることを願います。そのためには、日本政府に力を発揮してもらうことしか今のところはありません。

 そのインセイン刑務所ですが、悪名高い刑務所で多くの政治犯が収監されているとのことです。ヤンゴンの中心部から少し離れたところにあり、その形状が、これまた悪名高い、パナプティコン(一望監視施設)です。パナプティコンはイギリスの功利主義学者ベンサムが開発した刑務所です。最小の人数の監視者で、最大の収監者を監視できるというものです。それは、後にフランの哲学者ミシェル・フーコーによって、社会全体の監視システムの姿として示されたものです。

Google Earthでインセイン刑務所を見ると、確かにパナプティコンです。中央に監視者がいれば、そこから全体が見渡せることができるというものです。

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 そこに収容された人は、まず拷問にあうとのことです。ただし、刑務官による拷問ではなく、軍隊あるいは警察による拷問のようです。

 また、食事などは非常に劣悪なものしか出ないとのことです。刑務所としては収監者に一定の栄養を与えようとするのですが、軍や警察が大量に逮捕して刑務所に入れるように迫ることに対して、刑務所は拒絶できないでいるため、収容人数がはるかに許容範囲を超えているためだとのことです。そのため、よくGoogle Earthを眺めると、刑務所内に農地があって、作物が栽培されているようです。

 下記の写真は、その内部が写されたものです。畑で作物を栽培しているようです。

Photo_20210419181901 写真 Frontierより

 監房は大部屋で、エアコンはなく、床はコンクリート敷きの上に、ビニールを張っただけとのことです。大部屋に密な状態で収監されているとのことです。

Photo_20210419181801写真 Frontierより

 たたでさえ、これから気温40度にもなる猛烈な暑さを迎えるミャンマーです。北角さんをはじめとして、この刑務所に収容されている政治家や市民の人たちの一日も早い解放を願います。

 

 5月13日のNHKによれば、ミャンマー国営放送が北角さんを解放すると報道した。続いて、14日のNHKによれば、14日には日本に帰国の予定と報道。

 

April 17, 2021

ミャンマー 連邦議会代表委員会 暫定閣僚名簿

 ミャンマーの「連邦議会代表委員会」(Committee Representing Pyidaugsu Hluttaw:CRPH)が、2021.4.16に暫定閣僚名簿を発表しました。下記は、その一覧です。

大統領、国家顧問、副大統領、首相

12の省庁の11人の大臣

12人の副大臣

総閣僚26名のうち、13名は少数民族、8名は女性

 

大統領        U Win Myint             ウィン・ミン         

国家顧問       Daw Aung San Suu Kyi   アウン・サン・スー・チー   

副大統領       Duwa Lashi La                        

首相         Mahn Win Khaing Than  マン・ウィン・カウン・タン         

外務大臣         Daw Zin Mar Aung                  

   副大臣        Moe Zaw Oo

内務・移民大臣  U Lwin Ko Latt           ルウィン・コ・ラット         

 副大臣       Khu Hte Bu

国防大臣         U Yee Mon、(Maung Tin Thit)        

 副大臣       Khin Ma Ma Myo        キン・マー・マー・ミョウ

 副大臣       Nai Kao Rot           ナイ・カオ・ロット   

連邦連合大臣    Dr. Lian Hmung Sakhong                     

   副大臣       チット・トウン

 副大臣       Mai Win Htoo

企画・財政・投資大臣U Tin Tun Naing                            

 副大臣       Min Zayar Oo

人道問題・災害管理大臣Dr. Win Myat Aye                         

 副大臣       Naw Htoo Paw

国際協力大臣    Dr.Sasa                           

教育大臣         Dr. Zaw Wai Soe             ゾー・ワイ・ソー博士  

 副大臣       Ja Htoi Pan

保健大臣         Dr.Zaw Wai Soe                           

 副大臣       シュエポン博士

自然資源・環境保護大臣Dr. Too Khaung                              

 副大臣       クン・ベドゥ

女性、青年および児童大臣Naw Susanna Hla Hla Soe          

  副大臣       Ei Thinzar Maung 

 

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Irrawaddy より

April 07, 2021

複雑な状況にあるタイとミャンマーの国境の町ミャワディ その1

2021126日 Frontier の記事より

 ミャワディはタイとミャンマーとの国境にあるミャンマー側の町です。アジアンハイウェイが通る国境の町として、ミャンマーの中でも開発が進んできている町です。そのミャワディには華僑系資本によって、二つの大きなカジノが建設され、毎日、多くのタイ人や中国人観光客でにぎわっています。

 そして、今、新たにミャワディから約20キロぐらい北に行ったShwe Kokko に、新しい町の建設が進んでいます。それが、Yatai New Cityと呼ばれる町で、中国系投資家が開発をしています。その町には、カジノや貿易ゲートそして高級別荘が建設される予定です。毎年10億ドルぐらいの経済効果があるとされています。

 ところが、2月1日のクーデター前に、この新しい町を巡って、国軍、カレン民族同盟(KNU)そしてカレン民族同盟と対立したグループ(民主カレン仏教軍)によって創設されたBGF(国境警備軍)との三つ巴の抗争が起こったのでした。

  ことの経緯は複雑ですが、至極簡単に記します。

まず、この新しい町の建設を牛耳っていたのはBGFでした。国軍はBGFによるこうした「怪しい町」の建設に待ったをかけたのでした。その理由は、軍人がこうした開発ビジネスに関わることは法律違反だということで、Saw Chit Thu ら BGFの三人の責任者の辞任を求めました。

 そして、昨年の12月10日に国軍は軍隊をこの建設中の町に送り、町の封鎖と、車両などを不法に購入したといった理由で押収し、さらに保安検査所などを設置しました。その上で、この建設プロジェクトを民間ベースではなく、国家プロジェクトに置くとしたのでした。

 BGFの三人の責任者は辞任すると同時に、国軍に対して対抗する意思を示しました。それは、三人の責任者を含めたBGFのメンバーが、国軍と対立するKNUと合流することはなくとも、KNUとの対立関係を解消して接近することを意味するのです。

 この状況の中で、2月1日、国軍がクーデターを起こしました。その後、各地の武装勢力は国軍に対して共闘する声明を出していますが、その中にアラカン軍(AA)、カチン独立軍(KIA)、KNUに加えて、BGFという名前が挙がっています。もともとBGFはKNUの路線に反対したグループによって結成された民主カレン仏教軍として生まれたため、国軍との関係は良かったのですが、その後、悪化していました。そして、このYatai New Cityの建設利権をめぐる争いが、国軍との対立関係を決定的にしたのかもしれません。

 いずれにせよ、ミャンマー国内の対立と闘争の構図はとても複雑です。その対立の動機は過去の民族間の対立にあるのですが、わかりやすく一言で表せば、怪しげな経済利権を巡る争いの側面も否定できないのです。

 

15 黄色い線が、タイとミャンマーの国境線 モエイ川沿いに建設中の町。

 

P1写真はirrawaddyの記事より。

ミャンマー 3月27日夜のパーティ風景

3月27日ミャンマー国軍記念日の夜のパーティ風景の写真。(ミャンマー国営webnewsより)

この日だけで100名を超える市民が射殺された。国軍は抵抗する市民を「テロリスト」と呼んで、ほとんど無差別に殺傷している。

その一方で、国軍幹部たちは家族を交えて花火を見ながら宴会を楽しんでいるというこの奇怪さ。

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April 06, 2021

ミャンマー・マンダレー もはやキリング・フィールド

下記は、Myanmar now (2021.4.5)の記事と写真。4月4日の夜、マンダレーにてバイクに乗って帰宅途中の夫婦が、国軍に撃たれ、女性が放置されたままとなって、死亡したという。

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Myanmar now 2021.4.5

 地元筋によると、19歳の女性が日曜日の夜にマンダレーで殺害された。軍隊がバイクに乗っていたカップルに発砲した。目撃者と地元の救援隊員は、24歳のBoBoと彼の妻Htet Htet Winが、仕事の後、軍事政権が課した午後830分から午後9時まで、Mya Yi Nandar団地に帰宅途中だったと述べた。銃撃の時、二人はチャンミャタジタウンシップのマナウハリロードと54番街の交差点を通過していた。

 「(軍隊は)夫がバイクを止めずに通り抜けたとき、たった一発で女性を倒した」と目撃者は匿名を条件に言った。

 Htet Htet Winはバイクの後ろにいて、夫が運転していた。ボーボーが最初に撃たれたが、弾丸は彼の腹部を通り抜け、次に彼の妻を襲ったと、後にHtet HtetWinの遺体を回収した救援隊員は言った。Htet Htet Winの死因が、バイクから落ちた後に受けた銃創によるものなのか、頭部外傷によるものなのかわからないと述べた。銃撃後、軍隊がその地域に残っていたため、救援隊が通りから女性の体を回収するのに約1時間かかった。彼女の体を現場からすぐに取り除くことは、救助隊も軍隊に撃たれることにつながる可能性がある、と救援隊員は付け加えた。 

「それはキリングフィールドのようなものでした。私たちは彼女を救うことができませんでした。彼女の体を取り戻すことさえ非常に危険でした。彼らは救助隊員も気にせず、誰をも撃つだろう」と救援隊の別のメンバーは軍隊について言った。

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ミャンマー・シャン州 国軍による攻撃の可能性が高まる

 下記はミャンマー国軍の攻撃が迫っている、というシャン州難民委員会からの報告。  文中にあるように、ミャンマー国内にある避難民キャンプはタイ・ミャンマーの国境沿いにある山の頂上付近に露出して作られているため、攻撃にさらされる可能性があります。もしこれらの避難民キャンプが攻撃されたら、タイ国境を越えて避難するしか道はありません。

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Shan refugee organization (2021.4.1)

   シャン州難民委員会(タイ国境)は、ミャンマー国軍がシャン州/シャン州の復興評議会の国境位置を攻撃し始めると発表した後、シャン州南部とタイの国境沿いのキャンプにある6,000人近くの国内避難民の安全を深刻に懸念している。

330日、タチレク国境委員会は、メーサイにあるタイのカウンターパートナーに手紙を送り、ミャンマー国軍がタイとビルマの国境沿いのRCSS / SSA基地に対して攻撃を開始する可能性があることを通知した。

 手紙は、ミャンマー国軍が両国間の関係に影響を与えないように、国境のタイ側に弾薬が落ちないようにするだろうと述べた。RCSS / SSAの拠点は、タイのチェンライ、チェンマイ、メーホンソンの各州の向かいにある。

  攻撃の可能性があるというニュースは、シャン・タイ国境沿いの5つの国内避難民キャンプの住民を恐怖に陥れた。彼らは主に女性と子供である。IDPキャンプは、露出した山頂にあり、周囲のビルマ軍キャンプから砲撃が容易な範囲内にある。カレン州で起こっている空襲のニュースによって、国内避難民の砲撃に対する長年の恐れが高まっている。

   国内避難民はすべての収容所に掩蔽壕を用意し、攻撃の最初の兆候で避難するための避難訓練を実施している。しかし、攻撃が始まると、彼らの唯一の保証された安全は国境のタイ側にある。

  したがって、シャン州難民委員会(タイ国境)は、攻撃が始まるとすぐにこれらの国内避難民がタイに渡ることを許可し、安全な避難所、避難所、人道援助へのアクセスを提供するようタイ政府に緊急に訴える。

 

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 上の地図は、タイ・ミャンマー国境地帯。赤い三角が避難民キャンプ。

 中の写真は、攻撃に備えて塹壕を掘っている模様。

 下の写真は、国内避難民キャンプ。

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April 04, 2021

ミャンマー 子供たちを暴動に使っていると国軍が主張

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 これらの写真は、4月2日にミャンマー国営放送webニュースに掲載されたもの。掲載の趣旨は、ミャンマー国民が子供たちを暴動の最前線に送り出していると非難することにある。そして、こともあろうか、ユニセフに対して、ミャンマー国民が暴動に子供を使わせないようにさせて、子供たちを守れ、と訴えたもの。事象を異なる観点から眺めると、まったく異なる側面を見ることになると言われる。それをミャンマー国軍はプロパガンダに使って、自分たちが子供たちを射殺していることを正当化している。こんな子供だましのようなことに、世界中の人々が信じると本当に思っているのだろうか。

ミャンマー ミン・アウン・フラインの演説

  下記は、ミャンマー国営放送で流された、4月3日の会議での国家行政評議会議長、 軍最高司令官であるミン・アウン・フライン上級将軍の演説です。一言でいえば、我田引水。発言の趣旨と現実の姿が真逆であることを知っているはずなのに、自己を正当化することに恥じることがないという状況です。これでは救いようはありません。

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【MWD ミャンマー国営WEB放送】

国家行政評議会議長、 軍最高司令官であるミン・アウン・フライン上級将軍の演説

ネピドー4月3日 

 

 民主主義では選挙が不可欠であり、我が国では、有権者の77%が2010年の選挙で投票しました。2015年の選挙では、70%近くが投票しました。2010年に政権を握った政府はある程度の成功を収めることができましたが、多くの困難に直面しました。2015年の選挙で新政府が誕生し、5年間の任期を経て、政府の行動に対する多くの批判がありました。国の政治、ビジネス、 ソーシャルのあらゆる面でニーズが満たされていないという批判がありました。

 さらに、違法行為が見つかりました。したがって、国民は政府の行動に満足していません その結果、選挙に関しては、人々は不満を抱き、投票することを望まず、反対票の動きが高まっていました。2019年 ラングーン市開発委員会の選挙では、有権者のわずか14%が投票しました。 
 しかし、2020年の選挙の時点で、COVID-19が発生し、社会的距離に応じての選挙であったにもかかわらず、投票率は71%でした。有権者リストは何度か発表されています。有権者リストの結果に多くの不一致が見つかりました。マディラタウンシップには29,000以上の不正投票があり、全国で1,000万票以上あります。有権者リストの不正を可能な限り民主的に解決する試みがなされましたが、解決に失敗し、第3議会を召集して新政府を樹立しようとしました。2008年憲法により、2021年 2月1日以降、この国では緊急事態が宣言され、軍が国家行政評議会を結成しました。真の民主主義をもたらすために軍事政権は、規律ある強力な民主主義のために働きます。 

 民主主義は世界の多くの地域で実践されています。選挙プロセスは同じではありませんが、国の文化的特徴です。軍事政権は、2008年の憲法に従って、複数政党制民主主義に対する人々の願望を形成しました。また、民主主義がまだ成熟していない国でもあります。したがって、いくつかの国や組織は、彼らが望む種類の民主主義をもたらすために異なるトピックやアイデアを考え出しました。また、さまざまな取り組みが行われていることがわかりました。 

 軍事政権が国家を掌握した後の最初の週には落ち着きがありましたが、2週目に抗議が始まりました。それから暴力や 無秩序な行動による騒ぎがあります。 警察署や 司法に加えて、正直で平和に暮らしたい人のための建物があります。 工場が燃やされ、 強盗、侵入の試みなど、暴力の段階にまで広がっていることがわかっています。治安部隊は、暴力に対処するために、少なくとも法律の規定に従って配備されなければなりません。

 軍事政権は、複数政党制民主主義への道をしっかりと進んでいます。新しく設立された連合選挙委員会(UEC)は、各タウンシップの有権者リストを精査しており、以前の軍の調査結果よりも疑わしい有権者リストが多いことを発見しました。次の選挙では、国勢調査の正確さと市民の正しい登録に焦点を当てます。これは、自由で公正な選挙の最も基本的なことです。 
 軍事政権の主な任務は、国を守り、外部からの脅威を防ぐことです。しかし、国民は何世代にもわたって反乱に巻き込まれ、今日でも関わっています。私たちは、軍事政権が非常に有能であることを望んでいます。私たちは常に強い軍隊になるよう努力しなければなりません。さらに、食糧を節約するためには、軍が所有する農業と国が所有する農業が成功しなければなりません。国の発展のための知識や、熟練した教育を受けた人材が必要であり、基本原則は良い教育を受けることです。1年間の学校閉鎖のため、親と生存者 生徒たちに危害を加えたため、学校の再開に向けた取り組みが進んでいます。さらに、条件が許せば、適切な規則や規制に従って、伝統的なミャンマーのティンヤンフェスティバルが許可されます。 

 個人のパフォーマンスが良い場合にのみ、チームのパフォーマンスも向上します。私たちは自分の責任を正直に果たす必要があります。私たちの本来の使命は国を守ることなので、良心を持って働き、自分自身と軍隊の改善に努めなければなりません。私たちは国と国民の尊厳を高めるために努力しなければなりません。 

March 27, 2021

JICAの事業の中止を求める記事

  下記は、JICAが進めているヤンゴンでの事業に対して中止を求める記事です。

  民主的な環境で実施とされる事業では民生の向上に大きく貢献するプロジェクトですが、今のままでは国軍の利益にしかならないようです。

 

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Myanmar Now  2021326

日本はヤンゴンに橋を架けるために軍の会社とのプロジェクトを放棄するべきだ

 「日本はクーデターを外交的に非難しましたが、日本は国軍のMECと協力してきた」とエンジニアたちは指摘する。

   エンジニアたちは、日本のJICAに対し、21日のクーデターに対応して、324日木曜日に米国財務省によってブラックリストに載せられた軍のコングロマリットであるミャンマー経済公社(MEC)との関係を断ち切るよう要請した。

  国際協力機構(JICA)は、MECと協力して、ヤンゴン中心部とシリアム南東部の町を結ぶ新しい橋を建設する32,300万ドルのプロジェクトに取り組んでいる。

  2019年初頭に合意され、2023年に完了する予定のこのプロジェクトは、主に、JICAがミャンマーに毎年分割払いで支払う低利融資で賄われている。ミャンマーは、40.6百万ドルを提供することに合意した。

  1,928フィートの新しいヤンゴン-タンリン橋はバゴー川を渡り、交通渋滞を緩和し、市内中心部と別の日本が支援するプロジェクトであるティラワ経済特区との間の物資の流れを加速するものだ。

  日本の横河電機は、MECの子会社である第2ミャウンダガ製鉄所と協力して橋の鉄骨を製造していると、プロジェクトに携わったエンジニアがミャンマーナウに語った。

  しかし、米国と英国が軍の企業に対する制裁を発表した後でも、日本がプロジェクトを放棄することを計画している兆候はまだない、と匿名の条件でエンジニアは言う。

  「JICAはMECと直接通信している。それは1月末まで問題ではなかった。しかし、JICAがまだMECと通信していることを一般の人々に知らせたい。日本はクーデターを外交的に非難したが、日本は国軍のMECと協力してきました。」 

  日本の茂木敏充外相は、クーデターについて「深刻な懸念」を表明し、アウンサンスーチーの即時釈放を求めた。

  一方で、横河電機は、モビ郡区のミャウンダガ製鉄所に支社を置き、日本の専門家が鉄骨の製造を監督している。

  MECの子会社は、橋の建設の3分の2の鉄鋼を供給しており、このプロジェクトから多大な利益を得ているとエンジニアは語った。

  全国の公務員と労働者がストライキをしている間、会社との関係を継続することは軍独裁を支持することに等しいと彼は付け加えた。

Top既存の橋。この橋に並行して建設される。

 

 

ミャンマー 国軍とカチン族との衝突

ミャンマー国内では、特に北部のカチン州において、ミャンマー国軍と、カチン族の
武装勢力(KIA)との間で衝突が繰り返されています。ほかの地域でも散発的に国軍と少
数民族武装勢力との間で衝突があります。この衝突が全土に広まるかどうかはわかりま
せんが、注視していく必要があります。
 クーデターによる混乱が収まったとしても、日本政府が進めてきた国軍と少数民族武
装勢力との全面的和平は、また遠のいてしまいました。
 何年か前に、KIAの将軍にインタビューしたことがありますが、彼は「絶対に国軍を
信用しない」と言っていたことを思い出しています。
 下記は、カチン州の地元のニュースからまとめたものです。

 

**************************************************

 

カチン独立軍(KIA)は3月11日木曜日、カチン州のHpakant TownshipにあるSelzin村近
くのミャンマー軍の前哨基地に対して夜明け前の攻撃を行った。KIA情報官のNawBu大佐
は、「KIA大隊26の攻撃を確認した。国軍がシャン州北部の私たちの第4旅団によって管
理されている領域で作戦を実行してからほぼ2か月が経った。大隊9と36が保有する領土 では、ほぼ毎日衝突があった。おそらく木曜日の攻撃は、別の人を助けるためにKIA司 令官によって組織された。それはKIA本部から命令されたものではない」と言った。 KIA軍は、占領した前哨基地を占領せずに撤退した。KIAの襲撃に続いて、国軍はヘリコ プターでKIA大隊26本部を攻撃した。(Irrawaddy 2021.3.13)
KIAはPCGを介して北部司令部に、軍事政権に抗議する平和なカチン族を傷つけないよう
に要請した。しかし、軍が3月にミッチーナーで反体制抗議者に発砲したとき、2人の男
性が死亡した。 この銃撃の3日後、KIAはHpakantの国軍の前哨基地を攻撃した。
3月11日、KIAのリーダーであるGun Maw将軍は、住宅地と中ミャンマーの石油とガスの
パイプラインを避けながら、第4、6、10旅団に国軍を攻撃するよう命じた。
(Irrawaddy  2021.3.18)
3月8日、カチン州の州都ミッチーナーで治安部隊による弾圧で2人の民間人が射殺され
た。3人目の抗議者が3月14日にHpa kantで射殺された。ミッチーナー殺害の3日後、KIA
は3月15日、Hpa kantの軍事前哨基地を襲撃し、Injangyang Townshipの別の軍事前哨基
地を攻撃した。
(Irrawaddy 2021.3.19)
3月22日月曜日の夜、国軍はWaingmawのKIA基地を重砲で攻撃し、KIAは近くの国軍基地
を占領することを目的とした攻撃で対応した(Myanmar now 2021.3.25)。
3月24日、カチン独立軍(KIA)は、国軍がKIAのキャンプを砲撃したため、3月24日の午
後5時30分頃、マイジャヤンとライザの間の道路にある国軍のアラバム軍事基地を砲撃
した。国軍側の砲弾が中国側に届いた。
(myitkyina news journal 2021.3.24, Kachin news group 2021.3.26)

March 24, 2021

ミャンマー 7歳の少女が射殺された事件の詳細

 ミャンマーのマンダレーで、23日、国軍に7歳の少女が射殺されたとの報道がありました。この事件について、Myanmar Now が家族に取材しています。以下はその記事です。

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Myanmar Now (2021.3.24)

 火曜日(323)の午後、マンダレーのチャンミャタジ・タウンシップの近所で軍の襲撃で殺された3人のうち、7歳の少女がいたと、親戚や地元の人々がMyanmar nowに語った。

 姉のエイ・チャン・サン氏によると、キン・ミョー・チットは、アウン・ピン・ル区の自宅で父親の膝の上に座っていたときに、兵士に腹部を撃たれたという。

 軍隊は午後4時頃にバイクや他の車両でこの地域に到着したと彼女は言った。兵士と警察はそれから彼女の家族の家のドアを蹴って中に入った、と彼女は付け加えた。

 「彼らは私たちの家に横柄に突入しました」とエイ・チャン・サンは言う。「家にいた人は皆、座るように言われました。」

「彼らは家の全員がそこにいるかどうか尋ねました。父はみんなだと答えました。キン・ミョー・チットは私たちの父の膝に座っていました。兵士たちの一人は私の父が嘘をついて周りを見回していると言った」と彼女は言った。

 父親は、部屋には6人の家族だけがいると繰り返し、兵士は父が嘘をついているから父を撃った、とエイ・チャン・サンは付け加えた。しかし、弾丸は父親ではなく代わりにキン・ミョー・チットに当たった、と彼女は付け加えた。

 兵士たちはその後、19歳の兄を銃の尻で殴り、血まみれになったままで連れ去った。

「私たちは兵士たちが兄を連れて行くのを止めることができませんでした」とエイ・チャン・サンは言った。

「私の父も、子供が腕を組んでいたのでどうしたらよいかわかりませんでした…兵士たちは子供を与えるように父に言いました。しかし彼女の父は拒否しました。」

 兵士たちが去った後、家族はキン・ミョー・チットを病院に急いで連れて行ったが、医者は彼女を救うことができなかった。エイ・チャン・サンは言った。「私たちはとても苦しんでいます。私たちは子供のために悲しみ、他の子供のことを心配しています。」

March 23, 2021

ミン・アウン・フラインの息子が所有するホテルを再開

下記のニュースはMyanmar now (2021.3.23)より転記したものです。

米国の経済制裁の対象となっている、ミン・アウン・フラインの息子の経済活動がよくわかります。

 

【ミン・アウン・フラインの息子が所有するホテルを再開】

 クーデター指導者ミン・アウン・ラインの息子が所有するホテルが、政府の要請によりミャンマーの観光産業を再開する式典を開催した、と国営メディアが月曜日に報じました。

 ミラー紙によると、政権の観光大臣マウン・マウン・オーンはアズラビーチリゾートでの式典に出席しました。ホテルは、アイヤワディ地域のチャウンタールビーチで最大のリゾートの1つです。

 すでにCovid-19のパンデミックによって荒廃したミャンマーの観光産業は、21日のクーデター以来、他の多くの産業とともに完全に停止しました。

 政権に反対してストライキを行っている労働者は、銀行、工場、病院、商店を閉鎖し、列車を停止させました。

 今月初め、米国はミン・アウン・フラインの息子のアウン・ピャエ・ソネと娘のキン・ティリ・テット・モン、および6つの事業に対して制裁を課しました。制裁は、これまでに平和的に抗議した250人以上を殺害した軍の攻撃への対応でした。

 しかし、人権団体は、経済制裁措置が十分に進んでおらず、すべての軍所有企業に対する制裁と、外国の石油およびガス企業に国軍への資金提供を停止させることを求めている、と述べています。

 人権活動家のグループであるジャスティス・フォー・ミャンマーは、ホテルの予約サイトにアズラビーチリゾートをリストから削除するよう呼びかけました。

 父親が2011年に最高司令官に就任して以来、Aung Pyae Soneは貿易、医療機器、建設、娯楽の会社も設立しました。

 彼はSky One建設会社と、外国の製薬会社がミャンマーで事業を行うための許可を取得している健康と福祉の会社であるAM Maharを所有しています。 

 彼はまた、ヤンゴンの人民公園の公有地をその市場価格をはるかに下回る価格でリースする許可を与えられました。 

 彼はヤンゴンレストランとヤンゴンギャラリーを経営している土地に1平方フィートあたり17チャット未満しか支払っていませんでした。この地域での同様のリースの費用は、1平方フィートあたり約4,000チャットです。

 Aung Pyae Soneはまた、ヤンゴンのInya湖の近くでKan Tharyar病院を運営しており、ミャンマー軍とベトナム軍が所有するViettelの合弁事業である通信事業者Mytelの筆頭株主であると伝えられています。

 

 

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ミャンマー クーデターの原因はクロニーにある?

眞鍋貞樹著「ミャンマーの民主化と連邦制──統合と自治のディレンマ──

『政治行政研究』拓殖大学政治行政研究所、20182月発行より抜粋

*以下は、2018年発行の拙著からの抜粋です。執筆当時に懸念していたことが、現実になってしまいました。

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つきまとう国軍によるクーデターの可能性

 2015 8 13 日には,USDP Shwe Mann 党首が,突如党本部において軍隊に包囲され,解任を 迫られるという党内闘争が起こった。こうした密室における非民主的な解任劇は,ミャンマーが軍政か ら民政に移管されたと言っても,それは表面的にしか過ぎないことの証明であった。しかも,国軍との関係性が強い政治勢力は,いつでも与党であろうが政治家を解任できることを暗に示した事件とも言える。

 その解任劇の後,ミン・アウン・フライン(Min Aung Hlaing)国軍総司令官は,2015 11 月の総 選挙の結果を受け入れると表明した。総選挙後も,国軍側からは新政府の方針に従うとの声明を出 し続けていた。しかし,今後ともその言葉が守られるとの保証は何もない。憲法の規定で,国軍には連 邦議会の4分の1の議席が割り当てられ,しかも憲法改正の拒否権も持っているのであるから,依然として強い政治的カウンター勢力だからである。

 2016 3 月には NLD 主導によるティン・チョー新大統領が選出され,実質的にはアウン・サン・ス ー・チーによる政権運営が始まった。国民の期待感だけで誕生した新政権とも言え,その実力は未知数 であるため,国内での混乱が発生することが懸念されている。それは,新政府と国軍との間での経済利権を巡る軋轢,国軍と少数民族間との軋轢,そしてビルマ族などとイスラム系民族との軋轢などが動機となることが想定されている。

 その中でも,特に国軍のクロニー(縁故企業)が持つ経済利権に対して,新政権が手を出すとすれば,クーデターといった強硬手段を国軍の一部が画策しないでもない。隣国のタイでも,しばしば軍によるクーデターがあったように,民主政権と国軍との間では,政治的対立はもとよりのこと,政府側と国軍が持つ関連企業の経済利権を巡る闘争が,クーデターの強い動機にもなりかねないのである。

March 21, 2021

【フランス国営のフランス電力(EDF)が、ミャンマーでの15億ドルの水力発電プロジェクトの一時停止を発表】

Myanmar nowの報道より(2021.3.20)

 フランス国営のフランス電力(EDF)は、クーデターによる人権侵害のため、15億ドルの水力発電プロジェクトを一時停止したと発表しました。

 クーデターリーダーのアウン・ミン・フライン将軍は水力発電プロジェクトの継続を推進していますが、フランスの会社は大規模な水力発電プロジェクトであるShweliプロジェクトを中断しました。

 670メガワットのプロジェクトは、シャン州北部のシュウェリ川にあります。このプロジェクトは、日本の丸紅、地元のAyar HintharEDFによって実施されており、2025-26年までに850万世帯に電力を供給することを目指しています。

 フランス政府の過半数の株式を保有するEDFは、フランスのパリに拠点を置いているエネルギー会社です。軍事独裁政権への反対により、一部の国際投資家はビルマでの事業や進行中の主要プロジェクトを停止しました。 (一部、眞鍋修正)

【眞鍋の解説】

 現在、ミャンマー国内では水力発電のためのダム建設が進められています。そのほとんどが外資によるものです。そして、それらの建設プロジェクトが、ミャンマー国軍の資金源になっていると疑われています。しかも、ミャンマー国内での電力需要に備えるというよりも、中国側に電力を供給するものです。

 このニュースで示されたダムは、国軍と少数民族シャン族との紛争地域にあり、また地域住民からは環境破壊などによる懸念から建設計画反対運動があるものです。Shweli1からShweli3まで建設されており、特にshweli3ダムについて、国際的人権団体(Burma Campaign UK)などによって、建設に関わっている丸紅が「ブラックリスト」に入れられた経過があります。

 他にもミャンマーのシャン州やカレン州で数多くのダム建設計画が進められています。その建設会社のほとんどが中国の会社ですが、日本やノルウェーの会社も参加しています。いずれも、少数民族側から建設反対の運動が起こっています。

 なお、Myanmar Nowのニュース内容に一部不明の点がありますので、修正を加えています。

 

ブラックリストに入れられた建設中のダムの一覧

<シャン州>

・ダム名  The Upper Kengtawng dam and the Middle Yeywa dam

建設会社  China General Technology (Group) Holding Ltd

      China National Technical Import and Export Corporation (CNTIC)、

             Multiconsult  Norway

・ダム名    The Mong Ton dam

 建設会社  China Three Gorges Development Corporation (CTG)

・ダム名   The Upper Yeywa dam

 建設会社 Fayat Group/Razel-Bec France

      Malcom Dunstan and Associates (MD&A) United Kingdom

              Toshiba  Japan

      Zhejiang Orient Engineering Co Ltd (ZOEC) China

・ダム名   The Dee Doke dam

  建設会社 Sinohydro Corporation China

 

<カレン州>

・ダム名  The Hatgyi dam

建設会社  China Southern Power Grid Co

      Sinohydro Corporation   China

      Electricity Generation Authority of Thailand (EGAT)   Thailand

March 19, 2021

ミャワディのKNU支配地域に1000人ほどが逃げこむ

タイのメーソットからの情報 (2021.3.19)

タイ側のいくつかの場所にミャンマー避難民のための避難所がつくられました。メーソットにもあります。
KNUが支配している地域には、約1000人の避難民が来ています。
タイ側との反対の場所です。
その人たちは市民不服従運動を支持した医者やそのスタッフ、
警察官、軍人、そして政治的活動家たちとのことです。

ヤンゴンの病院の女性センターを国軍・警察官が襲撃

Irrawaddy English Version.

 

About 8:15 p.m. on March 18, soldiers and police fired shots at SSC

Hospital's women's center in Yangon. No casualties were reported at the

center, which provides maternity and newborn care. Pregnant women and women

who had just delivered babies were present on two floors of the hospital

which were hit by the gunfire. According to a doctor, those in the hospital

laid low after they heard shooting nearby.

March 18, 2021

カレンの学校の様子

ミャンマーの少数民族地域であるカレンの村の様子です。

国軍が村まで迫ってきたので、住民たちが森の中に逃げているとのことです。

子どもたちは、学校が閉鎖されたので、森の中で勉強をしているとのことです。

 

 

ヤンゴンの様子

ヤンゴンの様子の写真が送られてきました。

工場も道路も火事で、物資を運搬することもできないとのことです。

この周辺でも何十人も殺された、という報告も来ました。撮影者の安全のため具体的な場所は示せません。

 

 

 

 

March 07, 2021

Forced Self-restraint on COVID-19

Forced Self-restraint on COVID-19

Sadaki Manabe

Professor of Faculty of Political Science and Economics, Takushoku University

I would like to consider the "request for self-restraint" that is talked about as a countermeasure against the COVID-19 infection. Self-restraint originally means "voluntarily restricting one's actions", and there is no compulsion by others. However, self-restraint does not mean "voluntarily" now, and the reality is that it is almost "forced self-restraint" regardless of the person's will.

This is not just a matter of words. In fact, even "self-restraint police" have appeared to attack and intimidate people who do not restrict their actions. Japanese society rarely agrees or tolerates those who say, "Because self-restraint is not compulsory, we acted at our own discretion." On the contrary, it is regarded as a nuisance and is excluded.

Of course, COVID-19 infection requires sufficient caution and coping with individuals, and if they neglect to do so and do not restrict their actions, it is unavoidable to be criticized. However, what about a society in which people who take all possible measures and act at their own discretion are subject to criticism, exclusion, or intimidation?

*** ***

Why do the Japanese government and local governments take vague measures such as "requests for self-restraint" rather than "orders"? First of all, there is a way to escape administrative responsibility. For example, if a person suffers damage in accordance with an "order", he / she will have the right to claim damages against the government. However, if you suffer damage due to "self-restraint", you are logically at your own risk. Therefore, there is no right to claim damages against the government s. Instead, the current idea of ​​administrative responsibility is to make up for damages with a system such as "business continuity benefits" from the governments. The intention is that there is no responsibility in the administration.

Second, the Government of Japan should avoid using the administrative term "order:MEIREI" as much as possible for fear of being accused of being a powerful administrative system. For example, the word "evacuation order:HINAN KANKOKU" is used instead of "evacuation order: HINAN MEIREI" especially in an emergency. The word "direction:SHIJI" has the same meaning and coercion as "command". In an emergency, it is better to clearly state "command" than ambiguous "direction", but it is trying to hide the compulsion even in an emergency.

It and "request for self-restraint" are in the same context. Using the term "self-restraint" that seems to give "room for one's own judgment", it actually has the same meaning and coercion as "an order that does not allow one's own judgment". Therefore, the "self-restraint police" attack those who do not refrain from self-restraint, will be dismissed.

Thirdly, the "forced self-restraint" hides the excessive defense instinct of "I'm in trouble if something happens" that is prevalent in Japanese society. "I'm in trouble if something happens" is a "magic word" that discourages us from trying. This "magic word" appears in every aspect of daily life and administration. From nursery schools, kindergartens or elementary schools to universities, business owners and managers refrain from playing and events with the magic word "I'm in trouble if something goes wrong." And children and students are prohibited from acting at their own discretion because "it will be a problem if something happens", and all will act according to the instructions from the managers. As a result, children and students grow up as "SHIJI MACHI YOUKAI: ghost waiting for direction".

In this case as well, it is ambiguous who is in trouble. It is natural that children who challenged and failed are in trouble. However, the subject of this magic word is not the parties, but the managers who say, "I'm in trouble if something happens" . They are afraid that "when something happens", the responsibility of the manager or administrator will be immediately held by an unrelated third party such as the Internet, and they will be socially denounced.

Therefore, in Japanese society where the obsession that "if something happens, you will be in trouble" is widespread, self-restraint is not "self-restraint to make decisions on your own", but "self-restraint to be forced" so that we will not be in trouble even if something happens. It will be in the form of.

*** ***

The problem lies in the fact that self-restraint is not based on the original independent self-judgment, but is distorted so as to accept the judgment decided by others as it is. Japanese society is too cautious about this loss of independence. There is an obsession that it is safe and secure to follow the judgments of others rather than the judgments of oneself. And if we do not follow the judgment of others, we will be subject to social denunciation. This is the origin of Hannah Arendt's most vigilant holisticism. From Arent's point of view, the ambiguity of "forced self-restraint" is a cleverly designed totalitarian method of governance.

Therefore, the government should use the term "order" to clarify the compulsion, not "forced self-restraint", in order to clarify the responsibility. And we should literally "willingly judge" our self-restraint. To that end, we will lose the compulsion of the magic word "I'm in trouble if something happens", avoid doing nothing, and "I will deal with something appropriately and responsibly, so let's challenge”. It is necessary for us to have an attitude.

February 25, 2021

Court involvement in local council punishment

Court involvement in local council punishment

                                                                                                        Professor of Takushoku University   Sadaki Manabe

At the end of 2020, the Supreme Court presented a modest but important case. It is a judgment that a member of the local council can sue the court for revocation of the punishment of the member. It seems obvious, but until recent years, the punishment in the local council was completed within  there, and the court was not involved in the case law of 1961 (Showa era 35). The case was changed for the first time in 60 years.

The reason for the change in case law

The origin of this is that a city council member in Iwanuma City, Miyagi Prefecture, was punished by the council in September 2016 to suspend attendance for a few days over remarks at the city council. The member of the city council appealed for the punishment for cancellation of the disposition and payment of a reduced remuneration of 270,000 yen. In the first instance, the plaintiff lost the case after being judged according to the conventional case. In the second instance, the case law was changed from the conventional case, and it was decided that "even a disposition inside the parliament would be subject to trial" and ordered the trial to be remanded. For that reason, the city side, which is the defendant, appealed, but the Supreme Court approved the judgment of the second instance and the decision was finalized.

The city council member in question repeatedly criticized his colleagues on blogs, etc., and was repeatedly punished several times. Apparently, there was an emotional trouble between the members of the city council. Therefore, it is not possible to judge the pros and cons of the process leading to the punishment, but the important point is that the court changed the conventional judgment. Local council members need to understand the intent of this change.

The rationale that the court did not consider

Then, why did the court continue to judge that the disposition within the local council was not subject to trial in the first place? The reason for this is the political turmoil and social background of Japan at that time, more than 60 years ago.

Sixty years ago, from 1950 to the 1960s, the whole of Japan was running from the postwar turmoil to the reconstruction period. At that time, there was a problem that was annoying the Supreme Court. That was the rapid increase in court proceedings and appeals against the backdrop of social turmoil. The courts were under pressure to reform their organization in response to the increase in trials. It was Mr.Kotaro Tanaka, Chief Justice of the Supreme Court, who was a professor at the Faculty of Law at the University of Tokyo, who strongly promoted the structural reform of the court.

One of the trials Tanaka was in charge was a punishment case against a member of the local council in 1961. Tanaka, along with the structural reform of the court, provided a rationale for the issue of punishment within the local council. That is "autonomy of groups based on the doctrine of sub-society".

The Tanaka theory can be summarized as follows. Nation is composed of a general society and  special autonomous sub-society. As long as it is an internal issue of a special autonomous sub-society, it is not subject to the judicial decision of the court, which is a state institution. This was the theory Tanaka showed at that time. This alone seems to be a strong advocate of autonomous decision-making in the local council, but it seems that it was not.

The aim of excluding is to reduce the burden on the court

Tanaka's "The Law of Partial Society" sprouted in the "Hiraga shukugaku Incident" that occurred in 1939 when Hiraga was the Dean of the Faculty of Law at the University of Tokyo. Prof. Eijiro Kawai resigned from university due to a conflict. In this case, Tanaka tried to protect the autonomy of the sub-society of the university even at the expense of Kawai. Even after the war, Tanaka indicated that the local council also had the autonomy as a group in accordance with the "subsocial doctrine" and that the court, which is a national institution, could not intervene in the internal disposition. It was.

Tanaka's decision brought up the lofty idea of ​​State's non-intervention in group autonomy, but the aim was to reduce the burden on the Supreme Court in response to the increase in trials. In fact, in the judgment in the "Yoneuchiyama case" in 1945, Tanaka said, "If the court intervenes in each particular issue regarding legal order, (...) it will lead to the collapse of the court's administrative capacity. It cannot be kept dangerous, "he said, frankly saying that the purpose was to reduce the burden on the court.

It is surprising that Tanaka made a decision to reduce the burden of court affairs, beside the fact that the court is the arbitrator of law and order. He said, "The court is busy, so it's up to the group to decide what's inside the group. The court doesn't care." Even more surprising is the fact that, as a precedent, the court has paid in advance for allegations of disposition within the local council to this day. Some judges criticized the case, but did not overturn the majority. This may be because the judges took into consideration that Tanaka was also a minister of education and a member of the House of Councilors, and was an authority in the legal profession and academia.

Points to keep in mind in future local councils

Based on the above process, I would like to show some points to be noted in the local council.

Needless to say, be cautious about exercising disciplinary powers within council. Outbursts of punishment for the exclusion of minorities are out of the question. On the other hand, there are also local councilors called "Monster members". They can be on the side of the court because the court has stopped paying the proceedings in advance. Therefore, it is possible that the proceedings will be provoked. The accused side tends to take an attitude of "haunting the untouched god" because of the troublesomeness of the trial. As a result, it may forgive the monster councilor's jumping sword.

In any case, the punishment that had been completed within the local council will now be heard in a wider open space than in court. That would be good or bad. However, the local council is still "free speech place". Therefore, the local councilors will be required to make more modest, dignified and constant efforts to prevent punishment and proceedings against the members.

October 04, 2017

選挙互助会化した日本の政党

 日本の政党の変質、すなわち「政党の選挙互助会化」が著しい。それは、小選挙区制が始まり、いずれの候補者も、いわゆる理念や政策による選択よりも、自分の選挙区事情や政治環境から当選可能性が高い政党を選択する、ということが一般化されてきたためである。また、かつてのように、左右のイデオロギー対立が激しかった頃では、政党の理念や政策の違いというものが明確であった。だが、現在のように、イデオロギーの違いによる幅のある対立というのは影を潜め、狭い範囲での理念や政策の選択による対立の構造へと変化してきたことも、政党が「選挙互助会化」してきた背景にあろう。

 いまや理念型の政党というのを厳密に解釈すれば、現存する中では日本共産党ぐらいのものであろうか。民進党から希望の党に流れた候補者をみても、自民党との理念や政策の違いというものを前面に押し出す割には、それほどの違いも無い。ましてや民進党からの合流組が、希望の党の理念や政策に賛同したというわけではない。早い話が、東京都議会議員選挙の余波を受けて、もはや民進党では当選可能性が無く、より当選可能性が高いと思われる希望の党を選択したに過ぎない。前原氏の言った「名を捨てて、実を取る」というのは、そういうことである。

 枝野氏がしきりに「理念と政策の一致」を主張して、民進党候補者で希望の党から排除された「リベラル派」を終結した立憲民主党を立ち上げたが、それすらも一時の雨露を凌ぐための「宿り木政党」のように思われる。「リベラル派」というだけで、その中身や政策は「反安倍政権」というぐらいで後は曖昧だからである。

このように、希望の党も立憲民主党も、とりあえず目前に迫った選挙での当選を最大の目標にした「選挙互助会」であり、選挙後の野党再編成を睨んだ動きであることに変わりはない。

一方、もともと自民党は理念型政党というよりも、選挙互助会型政党の色彩が強い。しばしば指摘されるように、自民党は派閥集合型政党であり、その派閥の理念や政策は野党並みに保守からリベラルに至るまで実に幅広いからである。自民党は政権というものを求心力にして集まっている、歴史的かつ伝統的に形成された強力な「選挙互助会」なのである。

つまり、現在の日本の政界における政党というものは、もはや理念型というものは姿を消し、伝統的に基盤が強固だが古臭い選挙互助会(自民党)なのか、それに反発する目新しいものの脆弱な選挙互助会(共産党を除く野党)なのかの違いに過ぎないようである。

では、今日の国民は果たして古臭い理念型政党の復活を望んでいるのだろうか、それとも目新しい選挙互助会型政党を期待しているのだろうか。実は、そのどちらでもないようである。古臭い理念型政党は退場していてもらいたいし、選挙の度に泡のように表れたり消えたりする目新しさばかりが目立つ選挙互助会型政党も御免被りたいというところだろう。国民は政党の選択肢を広げてもらいたいというよりも、基盤のしっかりとした選挙互助会型政党の登場を期待し、それを選択枝の一つとしたいということではないのだろうか。それはつまり、ぐちゃぐちゃになっている選挙互助会化した現在の野党が、再び古臭い理念や政策を訴える理念型政党に戻ることを期待しているというよりも、自民党並みに基盤が強固であり、継続的な活動を続けていくことができる、新しい選挙互助会型政党の登場を期待しているように思われるのである。

ゆえに、小池都知事の排除の論理は、こうした期待に反するものと見れば失敗であったと言えるし、排除の論理の結果生まれてきた立憲民主党の側にしても、「理念や政策の一致」ということを声高にしていくと、それがまた排除の論理となり、自らを凝り固まった理念型政党へと向かわせていくことになりかねないだろう。


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