My Photo
無料ブログはココログ

« January 2005 | Main | April 2005 »

4 posts from February 2005

February 08, 2005

地方自治とは何か 5

「ローカル」の意味


 日本語の地方政府あるいは地方自治体を英語に翻訳すると、local government(ローカル・ガバメント)またはlocal autonomy(ローカル・オートノミー)とされる。このときローカルという単語は、日本語では「地方」と訳される。中央に対する地方という意味だ。ところが、実は全く異なる意味を持っている。その意味を知ることが、日本の地方自治を考える上で重要だ。今回は、このローカルの意味について示してみたい。

ローカルとは何か
 
 英語のローカルとは「地方」という意味だけではない。「馴染みの」「各自の」「私たちの」という意味を含んでいる。例えば、ローカル鉄道のローカルとは、こうした意味を含んでいる。地方鉄道ではなく、各駅停車をローカル列車と呼ぶのはそのためだ。したがって、地方政府(ローカル・ガバメント)を直訳すると、「馴染みの政府」「各自の政府」あるいは「私たちの政府」という意味になる。つまり、ローカルとは、単純に「中央に対する地方」という意味ではなく、住民にとって「馴染みのものであり、私たちのもの」という意味を持つのだ。この「馴染みの」「各自の」あるいは「私たちの」という意味が地方自治を考える上で大切だ。
 英語のローカルにこうした意味があることで、英語圏での地方自治とは、住民が自分たちのものとして捉えられていることが判る。何か他人事のように語られる日本の地方自治とは根本的に異なる。日本において地方自治とは、中央政府があるから地方政府があり、そこに首長がいて、官僚がいて、そして議員がいることによって成立しているように考えられがちだ。そこには、住民たちの「私たちの政府」という意識は無い。日本において、地方自治体の運営に住民自らが参画し担っていく、という意識が薄いのはこうした言葉からも伺えよう。

日本におけるローカルの崩壊

 「ローカル=私たちの」政府というものが日本の地方自治から消えた判りやすい例を示そう。
 日本でも地域の住民が地域を担っていく、という意識と行動は活発だった。実際、自治会、町内会あるいは消防団といった組織が古くから存在した。これらは、「私たちの政府」という意識に基づいた日本でのローカル・ガバメントの象徴だったとも言えよう。
 ところが、都市部において顕著なように、町内会・自治会あるいは消防団といった組織は、徐々に姿を消しつつある。それらが姿を消していく背景には、その全てが官僚機構によって代替可能という面がある。実際、コミュニティ・センターや公民館といった施設のほとんど全てが官僚機構によって運営されてしまっている。「私たちの施設」というよりも、「官僚によって制御されている施設」といった方が良い。
 それは、戦後のある時期に、左翼勢力を中心にそうした施設の住民による自主管理が主張されていたことがあったからだ。それは、公民館や地域コミュニティ・センターを、官僚ではなく地域住民が管理・運営しよう、というものだった。その結果、住民による自主管理の名目のもとでそうした施設は左翼勢力による政治活動の拠点となってしまった。彼らは「私たちの政府」という意味を、「私たちが自分勝手に使う政府」と誤訳したのだ。それを嫌がった首長が、施設の住民の自主管理を止め、逆に官僚による管理を徹底させた。その結果、地方自治の拠点となる施設は官僚によってのみコントロールされるものへと変質してしまった。
 こうした例を挙げるまでもなく、左翼の教条主義と、官僚主義の両方によって、日本における地方自治の意義である「ローカル=私たちの」政府という理想は姿を消してしまったのだ。

日本において「ローカル」の意味を取り戻すには

 日本の地方自治体を、「官僚に担われる政府」から、住民による「私たちの政府」というものへと変えていくためには何が必要なのだろうか。官僚を駆逐すればそれで済むというものではない。官僚の存在なくして、地方自治は成り立たないからだ。しかし、官僚だけに委ねていては、本当の意味の地方自治は実現しない。一方で、左翼教条主義を排した「住民の手による地方自治」というものを目指さなくてはならない。それは、日本に伝統的に存在した互助・共助の精神を地域社会で住民自らが取り戻すことに他ならない。「地方自治とは私たちのもの」だから、自分たちが協力して担わなくてならないはずだからだ。
このように、「ローカル=私たちの」政府という意味が理解されることがなければ、もともと地方自治は成立しないものなのだ。

地方自治とは何か 4

地方自治と官僚統治のジレンマ


 地方自治を進めていく上で官僚機構は不可欠である。事実、税金の徴収からはじまり、教育、環境、福祉といった地方自治体が実施する事業は官僚機構によってほぼ全面的に担われている。住民が快適な日常生活をおくることができるのも、煩わしい作業を官僚機構が担っているからに他ならない。しかし、この煩わしい作業から解放された住民は、逆に官僚機構による統治を全面的に受け入れざるを得なくなった。それは、官僚機構が形成されたのは、他ならぬ住民の代表者(首長・議員)によって決定された法によるものであり、法がある限り、住民はそれを受け入れなくてはならないからだ。しかも、やっかいなことに、官僚機構はそれ自体で自律性を持ち、住民の意思とは無関係に自らの意思によって、法と秩序を作り出していく。その結果、地方自治とは官僚機構なくして成り立たない一方で、住民意思とは異なる官僚機構の意思によって地方自治が全面的に進められていくというジレンマに陥ってしまったのだ。

官僚機構への統治の委任

 近代的な国家あるいは地方自治体を整備することの意味は、官僚機構をいかに民主的に制御するか、ということと同意義のように考えられてきた。それは、近代以降、議会制民主主義の形態を採用したことから始まる。議会制民主主義とは、言うまでも無く代表者が住民によって選出され、統治の委任がなされ、そして代表者が統治の責任を負うものだ。それは、近代以前の専制国家時代から脈々と築かれてきた官僚機構を制御するしくみを根本的に変えるものだった。しかし、制御のしくみは変っても、官僚機構の重要性が変る事は無かった。近代以前からそして今日まで、官僚は、ほぼ人生の大半を官僚機構の中で生き、法律や制度を誰よりも知った存在だからだ。
 しかも、議会制民主主義では、いかに住民の代表者であっても統治の専門的な知識を持つわけではない。近代化が進むにつれて、より高度で複雑な法律や制度が整備されたことにより、代表者と言えども統治の手法の全てに明るい者ばかりではない。そこで、代表者は自らの手で統治するのではなく、統治の具体的な執行は、やはり官僚機構に委任せざるを得なかった。ここに、議会制民主主義とは言えども統治の委任の二重性が発生せざるを得なかったのである。住民は代表者に統治の委任をし、代表者は官僚機構に具体的な執行を委任したのだ。

官僚統治の問題点

 こうした官僚に統治を委任する官僚政治の最大の問題点は、官僚の自律的な意思と住民意思との乖離である。委任の二重性によって、住民の意思が理論的には官僚による統治に反映されるはずである。しかし、実際は官僚自らが統治への意思を持つことによって、地方自治を進めていくことになる。その結果、「地方自治とは住民が自ら治めるもの」という理想を持ちながら、実際は代表者へ、さらに官僚へと統治の委任行為が行われることによって、地方自治は住民の手から離れてしまったのだ。このように、「住民が自ら治める」という地方自治の本旨は、この統治のジレンマによって、住民の手から地方自治が切り離され、常に官僚による自律的な統治の危険性を孕んだものと言えるのだ。
 今日、地方分権の時代と呼ばれても、統治の手法としての官僚機構への依存は終わりそうに無い。むしろ、合併が進み、地方自治体の規模が拡大すればするほど、規模に比例して官僚機構が肥大化していく。今後、道州制などの議論が進み、都道府県の合併といったものが進めば、益々官僚機構が肥大化した地方自治体が出来上がっていくことにもなる。

官僚統治からの脱却の方法論はあるのか

こうしたジレンマをどのようにすれば解決できるのだろうか。官僚から権限を奪えばそれで済むというものでもない。ましてや、官僚機構を全面的に廃棄すればそれで済む、という単純なものではない。
 現在のところ、議会制民主主義において、このジレンマの解決方法は依然として見出されていない。選挙で選ばれる代表者にはリ・コールといった解任の方法論はあるが、官僚を解任する方法論は持っていない。法律に反しない限り、官僚機構の自律的な動きを止めることは不可能だ。
したがって、曖昧な方法論ではあるが、議会制民主主義の原則に則り、住民が選挙を通じて知識と経験が豊かな代表者をいかに選出していくか、代表者がその見識によって、官僚機構をいかに制御していくか、といったものしかない。特に議員はそれだけの見識が必要な重要な役職だ。まちがっても、官僚機構に依存する、あるいは官僚統治を助長するような意識と行動を議員が採ることは、議会制民主主義を自滅させ、地方自治を後退させる以外の何ものでもないのだ。

February 07, 2005

「巨大議会」をどう考えるか

 下記は「平成17年1月31日の朝日新聞のニュース」より抜粋した「巨大議会」の問題である。
 
****
 合併時に在任特例で九州最多の議員数91を抱えた長崎県五島市で30日、議会の解散を問う住民投票があった。「巨大議会は支出の無駄」として解散を求めていた市民団体の直接請求について、賛成2万3269票、反対2627票と、賛成が圧倒的多数を占め、議会は即日解散した。40日以内に、特例が外された定数26で出直し市議選が行われる。当日有権者数は3万7832人、投票率は69.46%だった。  五島市は昨年8月、五島列島の福江島や奈留島などにあった1市5町が合併して発足。在任特例(06年4月まで)を適用して旧市町の議員91人がそのまま市議になった。また、議員報酬を最高の旧福江市に合わせたため旧町議69人の報酬は月額で1人10万5000~12万5000円引き上げられた。  これに対して「苦しい市財政なのに議員報酬だけで約6億3000万円の支出増になる」と市民団体が反発。議会側は昨年10月、「05年秋に自主解散する」と申し合わせた。だが、市民団体は議会の解散を求め、有権者の半数を上回る約2万2千人の署名を集めて昨年12月に住民投票を請求した。  危機感を強めた市議約70人は「新市の道筋をつける時期に議会が解散すると、旧5町の意見が反映されなくなる」と訴えていた。  同市議会では今月14日、「市民の過半数が署名したことで審判は下った」として市議12人が一斉に辞職するなど辞職者が続き、現在では77人に減った。

****

 以上が、典型的な「巨大議会」の問題の顛末だ。住民の怒りの声が伝わってくるような記事だ。合併時の特例とはいえ、特権化した議員に対する住民の「反乱」が発生した事例といえよう。ただし、ここで、合併に基づいてできてしまった「巨大議会」の財政的な問題をおいておき、そもそも論として本当に「巨大議会」がケシカランものかどうかは、考察しておかなくてはならない。
 日本の地方議会は、一般的には「小さな議会」を志向している。新自由主義的な行革の流れを受けて、議会もスリムにしていこう、とする掛け声にのって1990年代頃から、徐々に議員定数を減らしていく議会が増えている(このままの削減ペースで行けば、そのうち地方議員の数がいずれゼロになってしまうかもしれない!!)。
 そもそも、日本の地方議会の議員定数は地方自治法で厳格に規定されている。議員定数を自治体自らが自由に決定できないしくみになっている。しかも、「小さな議会」を想定した規定となっている。
 しかし、議員定数の問題、すなわち地方議会の規模の問題は、世界中の地方議会では様々な考え方がある。大きく分ければ三通りだ。それは、日本のように、小数精鋭(?)の議員を選出し、ほとんど常勤議員のようにして、議員歳費を支払うのがより住民の声を政治に反映させることができるという考え方のもの。もう一つは、議員歳費をほとんど支払わず、より多くの議員を選出した方が良い、というもの。そして、米国の地方議会のように、少数の議員で、なおかつ歳費は支払わずにほとんどボランティアに近い議員で構成する議会を選択している場合もある。
 こうした様々な考え方と方法論がある地方議会であるが、ではどうするべきか、という問題については、それぞれの国や地域での地方議会の役割から考えるべきだろう。
 日本の地方自治における地方議会の役割は、実はそんなに大きいものでも、多いものでもない。年四回の定例議会で、提出された議案を審査することでほとんど費やされる。皮肉を込めて言えば、議員は、定例会議で質問することと(それでもほとんどの議員は質問もしないが・・・)、議案に対して賛否の挙手または起立をするかどうかの役割だけしかないとも言える。つまり、それら以外の地方自治の業務は、実はほとんど首長と官僚が実質的に担っているのだ。
 議員の定数とはどれだけが最適なのか、という課題は、実は学問的にもまだ結論が出ていないことなのだ。現状では、実態を踏まえた上で経験則から最適な数を探していくしかない、と言えよう。しかし、日本のように地方自治法で、全ての地方議会の議員の定数を、単純に人口割で決めているのは決して良いことではない。というのは、北海道のように広大な面積の自治体と、東京都とでは、当然のように住民のニーズは異なるし、住民と地方議員との関係も異なるはずだからだ。
 そして、当然問題となるのが地方議員に支払う歳費だ。現行の日本では、常勤職に近くなっているために、自治体の課長クラスの歳費が議員に支払われているのが一般的だ。もし「巨大議会」になれば、その歳費の規模も相当大きなものになる。したがって、日本では「小さな議会」を志向するのも当然といえば当然だ。
 しかし、前述のように、そうした常勤職ばかり集まる「小さな地方議会」ではなく、完全な非常勤として多くの議員が活動を行うような「巨大議会」があってもおかしくないはずだ。実際に、そんなに四六時中議会を開催しているわけではないからだ。常勤職に近い議員を集めて、それなりに歳費を支払わなくては議員のなり手がないような自治体と、非常勤職員と同じように、必要に応じて「出勤」してくるより多くの議員によって構成される自治体があっても良いはずだ。この後者の場合には、議員定数というのは、「巨大」なものでも財政的にはそんなに負担はない。要は、議員の全員が入って議論を行えるだけの場所があれば良いのだ。
 この「巨大議会」のよさの第一点目は、議員の特権化やエリート集団化を防ぐことができることだ。議員が少数である限り、特権化していくのは自然の流れだ。多数であれば、少数ほどの特権を享受できなくなるという具合だ。
そして、第二点目は、何よりも地域住民と地方議員との接点が広がることだ。選挙戦でも、より地域に密着した議員というものを選出できる。考えても見れば、人口が100万人もいる政令指定都市で、議員が50人とすれば、人口2万人に一人の割合だ。これで、どうやって住民の声を政治に反映できるのだろうか。おそらく、ほとんどの住民は、自分たちが選んだ議員と会ったことも話したことも無いだろう。この住民と代表者との距離感の遠さは、議会制民主主義のアキレス腱とも言えるものだ。
 もっとも、「巨大議会」にも問題があるのは事実だ。議会運営や実際に議員全員が集まる本会議ともなれば、悪くすれば収拾がとれなくなるような場合や、より形式的な議会となってしまうこと、あるいは特権化した議員の数が増えることも容易に想定できる。しかし、そうした欠陥があったとしても、「小さな議会」があっても良いし、「巨大議会」があっても良い、という判断を覆すほどのものでもないだろう。要は、その国、その地域にあった方法論を作り出していけばよいのだ。
さて、今回の事例で見る「巨大議会」であるが、このケースは合併の過程での暫定的措置であるから、こうした「巨大議会」が一時的に形成されることは仕方が無いことだ。問題のポイントは、財政問題に絞られる。議員の歳費が一番高い議会に合わしているから、こうした歳費の膨張が現れるのだ。そして、住民感情を逆撫でするのは、財政問題が厳しいから合併するというのに、合併後の次の選挙でいずれは必ず退任していく議員に高額の歳費を支払っていることだろう。
 これは、実際、もっともな話だが、ではどうすれば良いのか。同じ議会の中で、歳費の低い議員と高い議員が一時的にも同居することは、好ましいとは言えまい。また低い歳費に全てを並ばせるのは、議員と言えども生活があるのだから、これも辛い。
 結局のところ、暫定措置なのであるから、旧来の議会での歳費をそのまま継続しておき、新しい議会になった段階で一律に揃える、という方法論しかないのではないか。一時的にせよ、一議会の中に異なる歳費の議員が存在することに心苦しく思っているのは、実は首長や官僚だけなのだ。政治家である地方議員がそんなことに拘っては議員などは続けられない。議員は政治家である限り、常に「解任」されることを念頭にして活動していかなくてはならない存在なのだから。


February 06, 2005

陪審員制度は自由で民主的な国家の証明

 私自身かつては米国の陪審制度に多くの疑問を持っていた。それらは、法律の知識も無い一般の国民が、人の犯罪を裁くことができるのか、共産主義国家の人民裁判とどう異なるのか、というものだった。
 ところが、もう20年も前のある日のことだ。米国の外交官と陪審制度について議論する機会があった。私は前述の疑問を彼にぶつけた。その疑問へ彼は「陪審制度は米国が自由で民主国家であることの証明だ」と回答したのだ。その回答の意味を私はにわかに理解し得なかった。なぜなら、私は、自由には参加しない自由があり、民主主義とは手続き的なもので、政党や政治家に国民が選挙を通じて統治を委任する制度だ、と思っていたからだ。私は、裁判制度が民主的でなければならない、という意味を当時理解できなかったのだ。
 彼の自由で民主的な国家の定義は私のものとは全く異なるものだったのだ。彼の自由で民主的な国家の定義は、そうした制度にいかに国民が広く参加するのか、ということがバロメーターだというのだ。そして、人を裁くという究極の行為、すなわち他者の自由を奪うという行為について、国民が等しく深く考察するような制度がある国家が最も自由で民主的なものと言うのだ。裁判という究極の「公」の場に、法律の知識の無い究極の「私」を持ち込むことによって、米国を自由で民主的な国家として成立せしめる、という高度な政治的判断がそこに存在するというわけだ。
 確かに、人が人を裁く、という行為について、日本では裁判官に一任している。日本の裁判官は高度な専門的知識を持ち、法に基づいて公平で公正な判断を下すもの、という一般的認識が強い。それはそれで重要なことだ。陪審制度には、常に素人の判断の「危うさ」が伴うが、専門家の判断にはその「危うさ」が回避できる。しかし、それは本当に民主的な国家における制度なのか、ということになれば判断は異なるものになる。
 ここまでの彼との議論によって、私は米国の民主主義の伝統に深く敬意を払う認識を持たざるを得なかった。米国の力強さは、こうした裁判制度までにも国民を参加させ、自由と民主主義の意味を広く国民に理解させることからも生まれるのだ。翻って、日本において民主主義を実践しているものといえば何だろうか。それは、年々投票率が下がるばかりの選挙だけだ。しかも、選挙の時だけ国民が主権者・神様として崇められるが、選挙が終われば再び元の「奴隷」に戻る。行政に至っては、ほとんど国民の参加は無い。行政の執行のほとんど全てが官僚によって独占されている。司法においては全く介在する余地すら無かった。こうした日本の三権に対する国民の参加の実態と、米国の実態とは多くの差異が存在する。もちろん、国家の伝統や歴史が異なるのであるから、制度が異なって当然だろう。保安官や検察官をも選挙で選ぶ米国とは、本質的に社会が異なるのも事実だ。しかし、国家の力強さの源泉が、国家の三権力に対して広く国民が参加することによる、という認識は日本が学ぶべき重要なポイントだ。
 立法・行政・司法への国民の参加は、「危うさ」を常に孕んでいる。しかし、日本社会が米国社会並のダイナミクスを持ち、そしてより自由で民主的な国家へと踏み出そうとするならば、そうした「危うさ」をリスクとして背負っていくことが不可欠なことなのだと思う。

« January 2005 | Main | April 2005 »