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40 posts from October 2007

October 31, 2007

木村かほるさんと思われる情報

下記は、本日、記者会見で発表した内容の全文。
 1982年、タイ人女性を北朝鮮に騙して連れて行ったのは、北朝鮮の工作員で日本名を「小林」「山田」と名乗った二人組である。そして、その女性たちの世話を北朝鮮でしたのが、日本の対北朝鮮貿易商社だった「日隆商事(既に倒産)。
 同会社は、合法的に北朝鮮とのビジネスをしていて、金正日の依頼を受け、北朝鮮のレストラン「安山館」の運営を手伝っていたのである。「安山館」とは、金正日の指令によって作られた、外国人向けのレストランである。そこには、寿司店やてんぷら屋があり、日本から料理人が、これも日隆商事が合法的に世話をして、働いていた。そこで、かの有名な「金正日の料理人藤本氏」も働いていたのである。そして、タイ人女性が働くことになった高級クラブも入っていた。
 彼女たちは、日本に行くつもりだったのが、着いてみればピョンヤンだった、というなんともエグイ話である。彼女たちが、ピョンヤンについて、最初に収容されたのが、ピョンヤン郊外にある招待所であった。彼女たちの証言から、それは龍岳山にある招待所と推測される。
 その招待所で、木村かほるさんと思われる女性から日本語を教えてもらったということである。
 タイ人女性たちは、その後1983年に、無事にタイに送り返された。秘密の工作活動に携わっていたわけではないし、日隆商事も合法的なビジネスとして運営をしていたのであるから、彼女たちの代替要員として新しく香港から連れてこられた女性が安山館に来たことによって、無罪放免ということだった。
 北朝鮮問題を調べていると、しばしば頭が変になりそうなことがあるが、この事件もその一つである。しかし、そのへんてこな事件の裏を調べていくと、意外なところで重要な情報を得ることができるという事例の一つでもある。

*****
 

平成19年10月31日

木村かほるさんと思われる「タイ人女性の日本語教師」についての報告

特定失踪者問題調査会

 10月1日の記者会見で、特定失踪者問題調査会が発表したように、1982年7月にタイから北朝鮮に騙されて連れて行かれ、その後の1982年2月、タイに帰国を果たしたタイ人女性たちより、北朝鮮における彼女たちの「日本語教師」は、日本人である可能性があり、しかも、特定失踪者の木村かほるさんか、荒井セツさんに似ているとの証言を得た。
調査会は、今回のタイにおける調査(10月25日より27日)で、タイ人女性の四人と面会を行った。そのうち三人から別々に証言を受けた。三人のうち二人は、前回に証言をした人たちである。今回は、前回と異なり、多くの特定失踪者の写真と木村かほるさん、荒井セツさんの別の写真を照合してもらった上で、新たに詳細な証言を得た。
その結果、三人の女性は、いずれも特定失踪者の写真のうち「木村かほるさんが、最も似ている」と指摘した。
また、三人のいずれの証言でも「日本語教師」の人物像は、木村かほるさんとほぼ一致し、矛盾点はない。唯一、異なるのが「日本語の教師はメガネをしていた」という点だが、木村かほるさんの家系の状況や、本人の加齢を考慮しても、別人であるという証明にはならない。
以上のことから、今回の証言だけでは断定はできないものの、タイ人女性に日本語を教えた女性は、木村かほるさんの可能性が高いと判断できる。
尚、荒井セツさんである可能性については、今回、三人のタイ人女性に新たな別の荒井セツさんの写真をみせたところ、いずれも「似ているが、木村かおるさんの方が似ている」と証言をし、人物像についても類似性が少ないことから、可能性は低いと判断する。

 ついては、日本政府に対して、木村かほるさんの失踪について、これまで以上に失踪の真相究明を鋭意行い、拉致被害者である可能性が高い失踪者であることから、北朝鮮当局に対して、強く帰国を求めることを要請する。


<日本語の先生についての三人の証言>

Aさんの証言 2007.10.25

先生の名前は記憶がない。
先生の夫や子どもの数、性別もわからない。
先生は、毎日キャンディを配っていた。一人に五、六個ずつ配っていた。
キャンディは、梅干、チョコ、コーヒー味、ナッツといったものだった。
キャンディは、ビニール袋にくるまれていた。
ビニール袋に、何語かわからないが、大きな赤い文字が書かれていたものがあった。
(注:梅干のキャンディということから、日本製のものと推測される)

先生は、毎日「おはようございます。お元気ですか」と声をかけてくれた。
(注:看護師という職業を推測させる)

先生は、毎日運転手つきの、黒い車で招待所に来ていた。
(注:招待所は、ピョンヤンからほど近いところにあると推測される)

先生は、いつもにこにこしていて、怒った顔をみたことがない。
ヒラガナとカタカナを教えてくれた。
言葉としては「いらっしゃいませ」とか「何を飲みますか」といったものだった。
(注:安山館でのホステスのためだったと推測される)

授業は、ノートだけで、教科書はなかった。
別のタイ人女性が最初は、日本語とタイ語の通訳をしていた。
日本の会社(注:日隆商事)から、給料、服、化粧品を送ってもらった。ママさん(注:日隆商事が派遣した女性)が、一ヶ月に一度来ていたので、彼女に頼んだ。キャンディを頼んだ覚えはない。
先生の特徴は、次のようなもの。
顔は丸い。髪の毛は短い。背は小さい。鼻が高くない。目が細い。色が白い。ホクロはない。
細い声で、優しく語り掛けるような感じだった。
先生は、大きなハンカチ(注:風呂敷と思われる)に教材を包み、小脇に抱えて、持って歩いていた。
(注:当時の北朝鮮で風呂敷が使われたかどうかは定かではないが、日本人の特徴と一致する)

Bさんの証言 2007.10.26

先生は、キャンディの袋をゴミとしないように回収していた。
(注:木村かほるさんの几帳面な性格を物語る)

先生は、たまにメガネをかけていた。
(注:木村かほるさんは、若いうちはかけていなかったが、家系的に乱視がある)

先生は、化粧をしていなかった。
(注:天内さんによれば、化粧は好きではなかった)

普通の服装だった。
服を着た全体の感じはこの人(木村かほるさん)に似ている。
(注:天内さんによれば、服装のおしゃれに気遣うようなことはなかった)

鼻の形がこの女性(木村かほるさん)に似ている。
いつもニコニコしていた。
(天内さんの写真を見て)笑顔がよく似ている。顔の形や、太り具合も似ている。

先生は英語が上手だったので、英語でよく話をした。
(注:天内さんによれば、英語の能力は記憶がない)

キャンディやクッキーを配っていた。たまに、砂糖でできた小さなパン(四角や丸)も配ってくれた。キャンディは甘かった。(「梅干のキャンディがあった?」と聞かれたら)、あった。
キャンディは赤や黄色のプラスティック(ビニールの間違い?)でくるまれていた。
私が「チョコレートを欲しい」と頼んだら、チョコレートをくれた。そのチョコの箱をまだ持っている。
(注:チョコレートの箱はブリキで、中国の「幸福(Lucky)製)

先生は「お元気ですか。ご飯を食べましたか。お父さん、お母さんに会いたいですか。料理は食べられますか。何か欲しいものはありますか」とよく言っていた。

笑うと少し歯が出た。

155センチぐらいの身長だった。
(注:木村かほるさんの身長は、失踪当時150センチを少し越えるぐらいだった)

腰と太ももにかけてのあたりが太かった。
足も、腕も太かった。
(注:天内さんによれば、家系的には、若いときは全体的にはスラッとした感じだが、中年になると腰が張ってくるような、がっしりとした感じになる)

「乾杯」という言葉を教えてくれた。
「外に出ないで下さい。道に迷うと危ないです」といわれた。
日本語のテキストのようなものもあった。プリントして配っていた。そのプリントには男女の写真が載ってあり、その横に「おとこ」「おんな」と書かれていた。
先生は絵を描いて、教えてくれた。
一日に一時間の授業だった。
子どもは「(17歳か18歳の)女の子がいる」と言っていた。複数なのかどうかはわからない。
「皆さんは私の娘よりも少し大きいから、私の娘みたいなものです」と言っていた。
夫の話は出なかった。

先生は「ずっと日本語の先生をしている」と言っていた。
(注:木村かほるさんの家系では、母が国語の教師、兄、姉も教師である)

「北朝鮮のえらい人に知り合いがいないとピョンヤンに住めない。私は偉い人を知っている」と言っていたので、ピョンヤンに住んでいるのだと思う。
先生から北朝鮮の言葉は聴いたことがない。日本語と英語だった。

日本の童謡を2、3曲教えてくれた。私たちが居眠りをしていた時などだ。曲名は覚えていない。(真鍋がいくつか歌うと)「さくら」だと思う。
(注:天内さんによれば、子どもの頃、母親や姉から童謡を聴かされて育った。本人も童謡が好きだったとのこと)


Cさんの証言 2007.10.27

日本語の先生は、あまりよく覚えていない。
背は高くない。
太り気味で、肌が白かった。
笑顔が、この人(木村かほるさん)によく似ている。
(注:荒井セツさんや他の女性については、ほとんど反応はなかった)

40歳を超えるぐらいの人だった。
ニコニコしていた。
日本人女性が和服を着たときの特有の歩き方のような、タッタッタッという感じで歩いていた。
(注:AさんもBさんも同様に「手を膝にあてて、腰を少し曲げ、内股で歩いていた」と証言。天内さんによれば、本人の友人は、「木村かほるさんは内股で歩いていた」とのこと)

おしゃれな感じではなかった。
化粧もしていなかった。
髪型がこの人(木村かほるさん)に似ている。

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October 30, 2007

いったい、「一体」とは何?

 タイに行っている間の26日に福田総理と家族会が面会され、総理は下記のように述べられたとのこと。

「政府も一体となって」、「皆さんとも一体となって」と中山さんが今、いいことを言われた。そうなんです。必ず皆様から信頼されなくてはならない。話し合い派とか圧力派とか分類されたこともあったが、当時も本当はそうではなかった。今は政府は本当に一体だ。

 この「一体」発言は、タイでもインターネットでニュースで見ることはできた。最初の印象は、総理をはじめとする政治家も、官僚も、そして救う会さらには家族会も、そろって「一体となって」という言葉が好きだなぁ、というものだった。よくよくニュースを見ると、中山補佐官の言葉だったようである。拉致問題について、安倍政権から福田政権への橋渡し役となっている中山補佐官ならではの発言という事であろう。
 しかし、その「一体となって」の中に入っていない人のことは、いったい、この方々はどのようにお感じになっているのだろうか。
 唯一、松本京子さんのお兄さんが「特定失踪者の問題を含めて」と発言していただいたようである。松本京子さんという「特定失踪者出身」のご家族ならではの言葉だろう。
 嫌味の一つでも言えば、「一体となって」とは、どうも福田総理と家族会が一体となることの意味に感じてならないのは私だけだろうか。

 ある困難な問題を解決する際に、政策決定者と当事者が意思を同じくして、解決にあたることは必要不可欠である。しかし、それは「一体」とか、「信頼」といった言葉に還元するようなものではない。「一体」となったと同時に、政策決定者の掌に当事者がのぼらされることになる。「信頼」をしたと同時に、その裏で真実が隠蔽されるのである。それが、政治の現場である。
 「ワタシに任せてください。ワタシを信頼してください」と、選挙の度に絶叫するのが政治家である。有権者は、その絶叫を間に受けて、投票する。そして、選挙のあと、有権者がどれだけ裏切られてきた事であるか。C型肝炎問題しかり。年金問題しかり。相次ぐ閣僚や高級官僚の腐敗しかり。
 「一体」となったり、「信頼」したりすることで、問題が解決するのならそれはそれで素晴らしいことである。大いにやってもらいたいものである。しかし、そこには「落とし穴」があることに常に注意をはらい、そして政治家とか高級官僚という政策決定者の仕事を常に監視しておく義務を負うのも、当事者の役割りである。政治家や高級官僚という政策決定者による「一体となって」とか「信頼して」とかという言葉には、要注意なのである。

 そもそも、私のようなひねくれた時代遅れの批判的合理主義者は、「一体」とか「信頼」とかを「怪しげなるもの」として懐疑的にみるクセがある。そして、もし興味があれば、ニクラス・ルーマンの『信頼』をお読みいただければ幸いである。わたしなんかよりはるかにひねくれておられる偉大なる社会学者の名著である。

日朝非公式協議 早い日経新聞!!

 日朝作業部会のための非公式協議の開催を報道した日経新聞。ずいぶん日経は早い。先日も、同趣旨の報道を唯一流したのが日経新聞である。いずれにせよ、公式・非公式の日朝協議が進められていることだけは間違いない。
 ただし、相手がソン・イルホ閣下では、あまり「進展」は期待できないが。ソン閣下の名誉のためだが、ソン閣下に権限があるのではないからである。いいとこ、福田総理からの「メッセージ」を、偉大なる金正日指導者に取り次ぐことぐらいだろう。まぁ、封建国家においては、偉大なる首領様にお手紙を取り次ぐだけでも「偉いお方」になる。タイへの飛行機の中で映画「女帝」を観てそう思った次第。

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日経新聞

日朝非公式協議、週内にも再開

 日本と北朝鮮の国交正常化交渉作業部会の実務担当者が週内にも非公式協議を再開する方向で調整していることが29日、明らかになった。6カ国協議の一環として開く同作業部会に向けた2回目の準備会合となる。日本側は拉致問題の進展に合わせ、段階的な制裁解除や支援に応じる新方針を再度提示する方針で、北朝鮮がどう応じるか注目される。
 非公式協議には外務省の佐々江賢一郎アジア大洋州局長と宋日昊(ソン・イルホ)朝日国交正常化交渉担当大使が出席する見込み。佐々江局長は、ヒル米国務次官補に必要に応じて北朝鮮と非公式協議を実施する方針をすでに伝えている。(07:02)

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木村かほるさん?

 一昨日まで、タイで拉致問題の調査を行なってきました。
 9月の北朝鮮人権問題の国際会議にあわせて、調査をしてきた続きでした。1982年から1983年まで北朝鮮の「安山館」で働いていたタイ人女性たちへのインタビューが目的でした。10月1日に記者会見で発表したように、彼女たちが北朝鮮に行った際に、ピョンヤン近郊の招待所で日本語の教育を受けました。その日本語教師が誰なのかを確認することが最大の主眼でした。
 結論から言えば、その日本語教師は、1960年に秋田市内から失踪した木村かほるさんに酷似しているということです。詳細は明日の記者会見で報告しますが、彼女たちの証言と、木村かほるさんの人物像を照合したところ、木村かほるさんと考えても矛盾はありませんでした。
 写真では「似ている」「似ていない」ということで終わってしまいますが、人物像だと逆に、本人のクセだとか、特徴などといったものではっきりと知ることができます。しかも、今回は別々に3人の女性にインタビューしましたが、いずれの証言も、木村かほるさんと一致していました。
 明日の記者会見では、木村かほるさんの姉・天内みどりさんも同席し、合わせて内閣府拉致問題対策本部に要請に行く予定です。
 さて、ここまでは先に判明した「日高信夫さん」のケースと同じです。日高信夫さんの件について、当時の漆間警察庁長官は「重要な情報だが、これだけでは拉致認定できない」とコメントされ、お終いになってしまいました。まぁ、「お疲れ様でした」ということでしょうか。
 もちろん、犯罪捜査的にはそうでしょうが、拉致問題のような、いわば人質救出に対して「お疲れ様でした」では済まないと思います。
 米朝や日朝の公式・非公式協議が断続的に行なわれている中、拉致問題の解決とは、特定失踪者を含めた全員の拉致被害者の救出であり、日朝国交正常化の大前提であることを改めて訴えたいと思います。

 

October 23, 2007

<米朝協議>ニューヨークで開催 「2国間の問題」を協議

 下記は、米朝協議の模様を伝える毎日新聞の配信。
 不思議な事に、どのメディアにも、北朝鮮側は誰が協議に出席しているのか伝えていない。わからないのか、それともわかっていても出さないのか、わからない。
 おそらくは、北朝鮮の国連代表部が対応していると思われるが、彼らには決定権はないし、本国からの指令どおりの発言しかできない。もしかすると、本国からそれなりの人物が訪米してるのかもしれないが。
 一方、日本側も外務次官が訪米したとのこと。非公式で水面下の「日朝協議」が行なわれる模様である。それにしても、このところ外務省の高級官僚による「水面下」の交渉が相次いでいる。「交渉」は大いに結構であるが、何を、どのように交渉しているのか、さっぱり知らされることがない。
  拉致問題について当然のように「交渉」しているのだろうが、心配なのは日朝間の「大枠」が交渉され、「中味(すなわち拉致被害者)」の検討が不十分なまま、「交渉」が進んでしまうことである。もちろん、「大枠」を創ることは、外交のプロとしての仕事である。ゆえに、「中味」の情報を十分に把握して、外交的に「交渉」していると信じている。だがもし、外務省が把握している「中味」が政府認定拉致被害者のことだけであり、彼らだけを「交渉」の俎上に登らせているのだとしたら由々しき事である。そういうことは絶対にないと、交渉にあたっている外務官僚からの明言が欲しいのだが、そうした明言を一連の「交渉」のプロセスで聞いた記憶はない。

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<米朝協議>ニューヨークで開催 「2国間の問題」を協議
10月23日14時48分配信 毎日新聞

 【ニューヨーク小倉孝保】北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議での合意を受けた米朝の実務者協議が22日、ニューヨークで開かれた。米国からはアルビズ国務副次官補(日本・南北朝鮮担当)が出席。詳しい協議内容は明らかになっていないが、米国務省のマコーマック報道官は「合意で示された2国間の問題についての協議」としている。
 一方、6カ国協議の米首席代表、ヒル国務次官補は実務者協議の目的について、米朝国交正常化作業部会の下に金融問題などの個別問題を扱う小委員会を設置するための話し合いを行うためだと説明していた。

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October 22, 2007

封印される拉致11:ある元主体思想研究会会員の沈黙


 1985年8月29日、千葉県旭町の自宅付近で失踪した伊藤克さんの高校時代の恩師の一人は、北朝鮮の主体思想を研究する主体思想研究会のメンバーであった。恩師はその伊藤克さんが所属していたクラブの顧問であった。伊藤克さんの高校時代の卒業アルバムに一緒に写った写真がご家族の元に残っている。
 私は、伊藤克さんの息子さんと一緒にその元高校教師に面会に行った。
彼は「伊藤克さんという人物は全く知らない。覚えていない」と言うのだった。普通の教師であれば、教え子の顔や名前は覚えているはずである。しかも自分が顧問をしていたクラブのレギュラー選手であれば、覚えていないはずがない。息子さんも「私が伊藤克の息子です」と言っても、「知らない」と顔色一つ変えることがなかった。
 私が「主体思想研究会で何をされていたのですか」と問うと、その人物は「ただ集会があって、たまにそこに参加していただけだ」という。それはそうかもしれない。主体思想研究会のメンバーが非合法的な活動に従事していたと言う証拠は何もない。だとしても、自分の教え子を「知らない。覚えていない」というこの先生は、主体思想研究会のことも忘れてしまったのだろうか。
 伊藤克さんの失踪の経過は全く不思議なものだった。農協の仕事仲間の二人と東京での仕事をすませ、東京から電車で帰り、最寄の駅で別れた後、一人でタクシーに乗って自宅の近くまで行った。そのタクシーの運転手は、たまたま伊藤克さんの中学校の同級生であった。その同級生のタクシー運転手の証言によれば「本人は家の近くで、ここで良いから、と言って降りた」ということだった。その降りた場所とは、自宅からは400メートルは離れている寺がある寂しい場所である。「本人はそこから歩いて帰っていった」という運転手の証言だが、普通に考えて近くに墓場があるような寂しい場所でタクシーを降りるとは考えられない。だが、その近くに住む人が、その時間と場所で、確かに車から降りて、歩いて帰る男性の姿を目撃しているのである。その目撃証言を最後に、伊藤克さんについては何らの消息がない。
 伊藤克さんの失踪が拉致かどうかは判明していない。しかし、旭町周辺には拉致に関係する事例が存在する。加瀬テル子さんの事件である。伊藤克さんの失踪場所は1969年に拉致された加瀬テル子さんの失踪場所とはほんのわずかな距離である。加瀬テル子さんが家事手伝いをしていた親戚の家と、伊藤克さんの自宅ともほんの目と鼻の先である。
 伊藤克さんは千葉県でも有名なメロン農家であった。ハウス栽培の先駆けとして千葉でメロンを作り始め、千葉県でも優秀賞をとるなど、その栽培技術には定評があった。
 そして、1970年のよど号ハイジャック事件で人質の身代わりとなった山村新治郎代議士の地元であり、しかも、伊藤克さんの父親は山村後援会の会員でもあった。山村新治郎代議士は、よど号事件の後しばしば訪朝し、よど号の犯人とは奇妙な信頼関係で結ばれていたのであった。
 山村新治郎代議士が訪朝する際に、金正日に何をお土産に持って行ったかは想像するしかない。金正日は大のメロン好きであることは有名である。山村新治郎代議士は、伊藤克さんの署名入りメロンをお土産に持参したのだろうか。山村新治郎代議士本人が娘さんに刺殺されてしまっては、その真偽のほどは誰も確かめようがない。

October 19, 2007

金正日がベトナム訪問へ

金正日がベトナムを訪問するのだそうだ。ベトナムのノン・ドク・マイン書記長の訪朝への答礼とのこと。韓国には答礼するつもりはないようだ。
 さて、このベトナム訪問の意義は、下記の中央日報に書かれているようなものだろうが、本当の目的は何だろうか。もしかするとそのまま米国に亡命、といったことになればいいものを。

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中央日報

金総書記、ベトナムを答礼訪問

北朝鮮・金正日(キム・ジョンイル)国防委員長が「ベトナム答礼訪問」の要請を受け入れた。国営ベトナム通信が18日に報じた。
ベトナム共産党トップとしては50年ぶりに北朝鮮を公式訪問したノン・ドク・マイン書記長が17日、金総書記との会談で金総書記のベトナム訪問を正式に要請したという。94年に金日成(キム・イルソン)主席が死去した後政権を取った金委員長が、中国とロシア以外の国家を訪問したことはない。
そのため専門家らは、ベトナム訪問が実現する場合、北朝鮮の外交パラダイムの変化を意味するもの、と分析している。故金日成主席や金委員長は、独特の志向とセキュリティー上の問題を理由に鉄道旅行を固守してきた。金委員長がベトナムへ向かう際、飛行機に乗ることも可能だが、中国大陸の鉄道・高速道路を利用することもできる。
50年間も相互訪問がなかった「未知の国家」を訪れる特別な目標があるのでは、という見方も出ている。これに対し、高麗(コリョ)大のキム・ソンハン教授は「ソウルを経由しようがベトナム・ハノイを経由しようが、金委員長の最終の目的地は米ワシントンだろう」とし「米国も訪問できるという暗示」と述べた。
金委員長にとってベトナムはどんな国だろうか。北朝鮮とベトナムには、国土分断以降米国との戦争を経験した、という歴史的な共通点がある。ベトナムは「過去は忘れないものの、こだわらない」という実用主義に基づき、終戦から約20年後に米国との国交正常化を実現した。「ドイムイ(Doi Moi、刷新)」と呼ばれる包括的な改革政策と、対米関係の改善という政治的決断を通じ、高度成長・対外開放の道を開いたのだ。
86年に採択したドイモイが即時経済成長につながったわけではない。同じ社会主義国家の中国との関係が冷え込み、社会主義の宗主国・旧ソ連も解体した状況で、ベトナムには資本導入に向けた新たなパートナーが必要とされた。ベトナムのリーダーらは米国を選んだ。米国との国交正常化を通じ体制安定が立証付けられれば、様々な国から資本が入ってくるだろう、と判断したのだ。
韓国労働研究院・裵圭植(ペ・ギュシク)研究委員は「米国と国交正常化した後ベトナムには日本・台湾・シンガポール・韓国などアジアの資本が入り、成長に弾みがついた」とし「北朝鮮もそうしたベトナムの道を選ぶのが現実的だ」と指摘した。したがって、朝・米国交正常化に努める金委員長の視線は「ベトナムモデル」に向けられている可能性がある。
ベトナムも「反米情緒」を体制維持の軸にしていたことから、敵対関係をやめ和解に至った「関係転換のノウハウ」に金委員長が注目するだろうとのこと。金委員長は、南北(韓国・北朝鮮)首脳会談で盧(ノ)大統領に「米国の態度を前向きに評価する。今回は米国も誠意を見せているようだ」と述べた。金委員長の究極的関心を示す部分であり、ベトナム訪問に結びつけられる発言でもある。

鄭鏞桓(チョン・ヨンファン)記者

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2007.10.19 14:47:35

韓国の法廷見学

 安明進氏の裁判を傍聴したことで、図らずも初めて韓国での法廷を見学することができた。やはり、お国柄が裁判にも表れていて面白い。
 法廷の広さは、日本とも変らないぐらいの部屋だった。裁判官の雰囲気も日本と同じ。被告人に対して、切々と「二度とやるな」といった説教をしている感じで判決文を朗読しているような印象を受けた。
 異なるのは、警務官が小銃を所持していたこと。弁護士が姿を現していないこと(安氏以外の判決時も同じ)。被告人が縄で縛られていること(大長今の世界だ!!)。内容はわからないが、一時間にわたって幾つかの判決が続けざまに、一人の裁判官から出された(日本ではどうなっているのだろうか)。その交代の度に、隣室に待機している被告人が代わる代わる出廷する、というやりかただった。いくつかの判決では、傍聴席からいきなり被告人が現れて、裁判官から数分の「判決?」を聞いた後、退席するというようなことが数件あった。あれは一体何なのかよくわからない。
 なによりも、驚いたのは、安明進氏の第一審での判決は、検察側からの3年の求刑よりも重い、4年半の実刑判決だったのが、一転して3年の刑で執行猶予がついたこと。こんなに極端な違いがでるのもお国柄なのだろうか。
 さて、安明進氏の上告を検察側がするかどうかはまだはっきりとしていない。一週間以内に決定されるとのことである。
 いずれにせよ、横田ご夫妻からの「嘆願書」が、裁判官の心証を良くしたことは間違いないだろう。安明進氏には、悪いことをしてしまったことは事実だから、それははっきりと反省し、一日も早く立ち直ってもらいたい。そして、一緒に再び北朝鮮問題に取り組んでいってもらいたいと切に期待している。

安明進氏、三年の刑で執行猶予五年に

 本日、午前10時から、ソウル地方高等裁判所302号法廷で、安明進氏の麻薬取締法違反の控訴審が行われた。判決は、三年の刑で、執行猶予が五年というものだった。
 裁判官による判決文の朗読は約5分ぐらいの短いもので、概要は以下のようなものだった。
 「麻薬犯罪は重要な犯罪であり、社会的にも許される行為ではない。しかし、被告は、脱北した後には韓国政府に協力し、さらに日本の拉致問題についても勇気ある証言と活動をしてきた。今回のヒロポンも国情院に手渡している。これらは情状酌量されるべき貢献である。また、北朝鮮ではヒロポンは一般的にも使用されるなど、罪の意識が弱かったこともある。被告は強く反省し、二度と犯罪を起こさないと誓っている。これらのことから、情状を酌量する」
 安明進氏は、その後刑務所に戻された後、韓国の伝統である「豆腐」を食べてから出獄するという。「豆腐」を食べることの意味は「二度とここに戻ってくるな」ということを表しているとのことである。
 安明進氏とは面会できなかったが、法廷での様子は、神妙な面持ちであった。彼が「シャバ」に出てきたら、とりあえず慰労会という名の「反省させる会」を開いてあげたいものである。

October 17, 2007

カンボジアと北朝鮮

 共同通信によれば、11月4日から、北朝鮮の金英逸(キム・ヨンイル)首相が、カンボジアを訪問し、フン・セン首相と会談した際に、投資協定を結ぶという。
 それは、どうぞお好きなように、という話ではあるが、カンボジアと北朝鮮との深い関係を物語るものではある。カンボジアは歴史的に北朝鮮と友好を表向きも裏も保っている数少ない国の一つである。
 なにせ、シアヌーク国王が、ポル・ポト政権によって幽閉状態にあったのを、金日成が助けてピャンヤンに招いたぐらいである。別に、金日成がシアヌークを好きだったわけではない。中国の後押しを受けたポル・ポト政権への牽制と、第三世界での知名度を上げるためだった。そういった小国の元首が苦境に陥ったときの、金日成の「大盤振る舞い」は、すさまじいぐらいだったという。当時も実に、巧みな外交を繰り広げていたわけである。
 シアヌークは、ピョンヤンで私邸をあてがわれ、私邸の料理人も警備員も配置してもらった。その後、カンボジア内戦が終わって、プノンペンの王宮に戻った後も、シアヌークの料理人や警備員は、北朝鮮から送られたのであった。そして、何かしらカンボジア国内で問題が発生すると、シアヌークは中国や北朝鮮に「静養」に行っていた。
 さて、現在では、数少ない北朝鮮国営焼肉店「平壌館」がカンボジアのシェムリアップにオープンしている。また、よど号犯の一人、田中義三がタイからの追っ手を逃れて、カンボジアに逃げようとしたのも有名なことである。カンホジアが彼らの活動拠点の一つだったのである。
 このように、カンボジアと北朝鮮は切ってもきれないような関係にある。もちろん、シアヌークも外交にかけては金日成なみの手腕を発揮したことで有名である。いずれも、アジアの「小国」が生き残る上で、外交というものを最大限に利用したのであった。しかし、外交だけで生き残ったとしたら、中身が伴わないのも道理である。カンボジアも北朝鮮も、ともに本当は裕福な土地柄であり、かつて栄光を放っていた国である。特に、カンボジアのクメール王朝はアンコール・ワット文化と芸術を花開かせたのだった。それが、いまや世界の最貧国の一つに数えられている。
 北朝鮮も「瀬戸際外交」ばかりに精を出さず、せめて、カンボジアを見習って改革・開放に進み、地道に真っ当な商売の道を歩むべきだろうに。

注:北朝鮮のレストランがカンボジアに出店したのは、プノンペンではなく、シェムリアップでした。修正いたしますので、あしからずご了承下さい。(2007.11.1)
 

日朝、月内にも国交正常化作業部会・非公式協議で合意(?)


 下記は、日朝協議の行方について16日の早朝に日本経済新聞が配信したもの。
 不思議なことに、後にこれを「外務省首脳によれば日程は決まらなかった」と否定的に報道したのが17日の午後1時の朝日新聞。
 最初の記事は信頼度の高い日経の配信だけに、誤りではないだろうと思うのだが。とすれば、どちらかが「誤報」になるのだが、実際はどうなっているのだろうか。
 もちろん、日朝の間の「非公式協議」あるいは「水面下の協議」というのはあって当然だし、高村大臣の発言のように「どんどんやってもらいたい」。だが、それが必ずしもよい方向になるとは限らないのが、国際政治の常識。一般論だが、よい方向に進ませるためにも、ある程度の情報公開は必要不可欠なものであろう。情報を隠せば痛くないハラまで勘ぐられるのがオチである。それとも、やはり「痛いこと」を協議しているということなのだろうか。

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日本経済新聞

 日本と北朝鮮の国交正常化交渉の実務者が14日、中国・瀋陽で開いた非公式協議で、6カ国協議の一環として開く国交正常化作業部会の次回会合を月内にも開催する方向で合意したことがわかった。必要に応じて年内に作業部会を複数回開いて対話を加速することでも一致。ただ、焦点の拉致問題では目立った進展はなかったもようだ。
 非公式協議には外務省の山田重夫北東アジア課長、宋日昊(ソン・イルホ)朝日国交正常化交渉担当大使が出席。山田氏は15日に帰国した。 (08:33)

10月16日の政治ニュース

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October 16, 2007

封印される拉致10:拉致実行犯らの沈黙


 某週刊誌の取材に協力して、韓国のソウルに住んでいる拉致実行犯の一人として疑われている方元正に面会を試みたことがあった。方元正は、原ただあきさんの拉致に協力した人物だとされているが、不思議と何も処罰されていない人物である。その方元正に会おうとしたのは、本人が生きている間に少しでも拉致に関わる証言をしてもらいたいと思ったからである。家族会副会長の飯塚繁雄さんにも同行していただいた。田口八重子さんの情報を少しでも得ようと同行をお願いしたのだった。ご家族が同席すれば、証言することを拒否しにくいだろうという読みがあった。
 彼のアパートはソウル東部の、アパートが数多く並んでいる住宅街にあった(現在はもういないとのことである)。最寄の駅から徒歩で15分ぐらいだったろうか。私たちは、彼が自宅から出勤する時間を見計らって、アパートの前に待機した。しばらくすると、本人が現れたので、さっそく面会を申し入れた。彼は小柄で、身なりは中小企業の社長という感じだった。彼は、私たちに囲まれて一瞬ビックリした様子だったが、そんなに慌てるような素振りは見せなかった。
 彼からは「話すことはなにもない」と繰り返すばかりだった。家の前で口論になるのは近所迷惑なので、後日改めての面会を求めたが、「忙しいから」とだけいって、車で出かけていったのだ。
 私たちは、再び彼がアパートに帰ってくるのを待っていた。夜もふけた頃、彼がアパートに戻ってきたので、再び「話をしてくれないか」と頼んだ。飯塚繁雄さんの姿をみて、さすがに良心の呵責を覚えたのか、彼は、仕方なさそうに「日本のマスコミが一杯やってきて迷惑しているんだ。拉致は辛ガンスが全てやったことなのだ。私も被害者なのだ。日本の警察には全てを話してある。田口八重子さんの店にも行ったことはあるが、会ったことも話したこともない。金セホもその店に行っていた」と繰り返すのだった。
 私も「全てを話してください。家族の人たちは待っているんです」と、特定失踪者のポスターを見せながら懇願した。すると彼からは「その情報はインターネットで知っている。私は今自伝を書いている。それを発表できれば、私の知っていることは明らかになる」とだけ返事をした。
 結局のところ、彼から新しい情報を得ることはできなかった。彼もまた、墓場まで拉致問題の情報を持っていくつもりなのだろうか。自伝を本当に出してもらいたいものである。
 もう一人、拉致実行犯として日本の警察が国際手配している辛ガンスに、ソウルで面会を求めたことがあった。1999年、拉致問題が顕在化し、家族会や救う会などの活動が徐々に広がりつつあった頃である。現在の荒木調査会代表を先頭にして、私を含めて数人の地方議員や支援者と一緒に、韓国の拉致被害者家族と初めてソウルで接触するため訪韓した際のことである。
 チェ・ユヨン氏やチェ・ソンリョン氏ら韓国の拉致被害者家族の面々と食事をしながら懇談し、翌日には韓国で初めて合同記者会見を行なった。記事として取り上げてくれたのは朝鮮日報ぐらいだったと記憶している。
 そうした日程が終わりかけた頃、荒木代表から「これから辛ガンスの潜伏先に行く。一緒に行こう」ということになった。
辛ガンスの潜伏先は、漢江の南側にある住宅街の一角にあった。地下鉄駅から徒歩10分程度で、丘の中腹にある立派な赤レンガ造りの建物だった。そこには、同じような非転向元北朝鮮工作員が10名程度共同生活を営んでいるとのことだった。荒木代表は、その家をみつけるとすぐに、ドアのインタフォンを押し、外に出てきた人物に向かって韓国語で辛ガンスへの面会を求めた。その人物がもちろん応じるはずはない。押し問答の様子を後で荒木代表から日本語に訳してもらうと「そんなに騒ぐなら、警察を呼ぶぞ」ということだったらしい。荒木代表は「工作員が警察を呼ぶのは面白い。やってみるならやれ」となったとのことである。 
しばらくすると、隣の家からアジュマ(おばさん)が出てきて、荒木代表に何事かと尋ねたようだった。荒木代表は「ここに日本人を拉致した北朝鮮の工作員が住んでいる」と言ったそうである。すると、そのアジュマは、一緒になってドアを叩きながら大声で「出てきなさい」と叫んでくれた。私たちはしばし呆然としたが、韓国のアジュマの心意気は素晴らしい。私たちも彼女につられて、一緒になって日本語で「辛ガンス、出て来い。話をしよう」と叫んだのだった。
そうこうしているうちに、本当に私服の警察官が二人やってきた。北朝鮮工作員が保護を求めて韓国の警察を呼んだということになる。警察官は私にも身分証明書を見せろ、という。適当な証明書を見せながら、どのように対応するのか見ていると、荒木代表に「とにかく、ここは帰りなさい」という。彼らは、私たちを逮捕するでもなく(もちろん逮捕される理由はないが)、しばらくその場所で私たちが去るのを見届けていた。
結局、辛ガンスとの面会もかなわず、その場を去るだけで終わった。もちろん、最初から彼が面会に応じるとは思っていない。しかし、彼の口から拉致事件の真実を少しでもよいから聞いてみたいという気持ちもあった。残念ながら、彼はその後英雄として北朝鮮に帰国凱旋を果たした。彼が関わった拉致事件については、彼自身の裁判記録(これも全てを語っているものではないが)しか残されていない。彼もまた沈黙したままこの世を去るのであろう。

ぶらさがり

 韓国のマスコミを賑やかしている「政府記者室の閉鎖問題」について、日本側との比較をした記事の配信である。
 比較の内容はともかく、面白いのは、韓国のメディアが、日本に対して建前として批判的であるにもかかわらず、本音の部分では手本としていることである。かつ韓国に対して自省的なものであることだ。つまり、「日本はこうだが、韓国は○○である」という論説である。日本に対する韓国の新聞系メディアの屈折した思いが出てきて、これが面白い。これは、何も韓国だけの傾向ではなく、日本でも「日本ではこうだが、米国では○○である」という論調や言説はどこにでもある。いずこも、他者を鏡にして自己を批判的に検証する、ということだろうか。しかし、米国のメディアが「米国はこうだが、某国は○○だ」という論調はないと思う。米国の一国主義の反映であろうか。
 さて、この記事でも日本のメディアの「ぶらさがり」を積極的に肯定し、評価しているのだが、日本のメディアの皆さんは、ご自身が汗をかいている「ぶらさがり」をどのように評価しているのだろうか。


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中央日報

<取材日記>日本はくっつき、韓国は突き離し

日本新聞協会が数日前、東京の中央日報日本支局に電話をかけてきた。韓国政府で記者室を閉鎖するというが、いつどのように施行されるのかと聞いてきた。国民の目と耳の役割をする記者たちを官庁から追い出して、公務員のインタビューを困難にさせることは日本では想像もできないことだ。他国のことだが関心をもたざるを得なかったのだ。
そんなとんでもないことが12日、とうとう韓国で現実として現れた。政府のメディア弾圧政策がどれだけ非難を浴びることかは日本の報道システムと比べてもひと目で確認することができる。先進国の中で日本の報道機関は政府批判・監視機能が相対的に弱い方だ。
日本の首相は1日2度、マスコミと“ぶらさがり”ブリーフィングをする。首相が直接カメラの前に立って記者たちの質問を受け、即席であらゆる国政懸案に対して虚心坦懐にわかりやすく説明する。昼休み前に1回、午後の日課が終わるときに1回実施される。ぶらさがりとは、記者たちがまるで首相を取り巻きぶら下がって動いているかのように密着した取材をしているという意味から付けられた名前だ。
こうして取材された首相の発言は直ちに全国の主要新聞と放送を通じて1億2700万あまりの国民に隠さず報道される。福田康夫首相はこのごろも敏感で、ストレートな質問には汗をかきかき答えている。韓国のように大統領が主義・主張を一方的に広げるインタビューや報道はない。
長・次官級は言うまでもないが、韓国では数カ月、半年以上、マスコミブリーフィングを1回もしない長官が少なくない。マスコミを敵視する青瓦台と国政広報処の承認を受け、機嫌を伺わなければならないからだ。
日本では国会と官庁周辺で長官が記者たちと出くわせば、通例即席で懸案に対して質問を受け、詳しく構想を明らかにする。個別報道機関のインタビューにももちろん拒否することはない。国民に国政を「報告」するということに時と場所はないということだ。こうした即席ぶらさがりインタビューが頻繁なので、日本国民は長官の名前はもちろん政策まで詳しく知っている。長官の名前さえよく知らない韓国では見られない状況だ。
結局、国民に知らせて牽制されることをいとわない「言論民主主義」が日本を強い国に作った源泉だ。記者室を無くしてブリーフィングを行わないのは、政府と国民の間の“言路”をふさいで、国民の目や耳を遠ざけるだけだ。

金東鎬(キム・ドンホ)東京特派員


2007.10.15 12:05:17

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October 15, 2007

金永南に共同通信がインタビュー

 金永南に共同通信が12日にインタビューを行った。中身はほとんど伝えられていないが、「福田政権の姿勢を見る」ということだそうである。中身の報道はないのだが、北朝鮮政権の基本的姿勢がより明確となってきたことを示している。

October 14, 2007

日朝当局者が中国・瀋陽入りし非公式接触

 日朝の水面下(?)の交渉が始まった。要は「拉致問題の落としどころ」という名目の「幕引き」に向けての駆け引きである。
 たびたび指摘してきたが、「落としどころ」で、何人かの拉致被害者が帰国したり、消息が明らかになることは歓迎するが、「それだけではない」ということを強く言いたい。「とりあえず」の進展があり、それが日朝国交正常化にすぐに結び付けられてはならない。「とりあえず」の進展により、「交渉」の段階に進むのは良いとしても、すぐに「正常化」となれば、「とりあえず」の進展で隠されてしまう拉致被害者が、数多く残されるのである。
 詳細の記述は避けるとして、政府認定されていない拉致被害者(すなわち特定失踪者)に関する生存情報や逆に死亡情報ももたらされている。ある特定失踪者の方について、脱北者から「その人は逃げようとしてつかまった。政治犯収容所にいれられた。そこで、殺害された」という情報もある。それが正しいかどうかを検証するためにも、「とりあえず」の進展で、「幕引き」にされては困るどころの騒ぎではない。
 いかに福田首相が北朝鮮の「受け」が良いからといって、政府未認定の拉致被害者を置き去りにすることはないと信じたい。いや、「置き去り」ではなく「見殺し」である。
 
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日本テレビニュース

日朝当局者が中国・瀋陽入りし非公式接触
<10/13 22:52>

 日本と北朝鮮の政府当局者が13日から中国・瀋陽に入り、交渉を行っていることが明らかになった。
 日本からは外務省・山田北東アジア課長、北朝鮮からは宋日昊日朝交渉担当大使が出席している。福田政権が発足し、北朝鮮との対話の機運が高まる中、安倍政権の間に進展がなかった国交正常化交渉の再開に向けて、拉致問題の落とし所などについて話し合っているものとみられる。

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October 13, 2007

ノ・ムヒョンの金正日賛美発言 続報

 ノ・ムヒョンの金正日に対する「評価」の詳細が、本日の中央日報で配信された。
 詳細な言葉が明らかになればなるほど「韓国は大丈夫か」と、心配になる。
 権威主義的な政治が根強い韓国では、絶対的権力者への批判も強いものの、一種の「憧れ」のようなものがあると聞く。政治家は中身がなくても偉そうにしていなければならないのだそうだ。
 もちろん、日本でも権威主義は根強いが、ここまで独裁者を持ち上げる政治的陣営というのはもはや正当性を持たないだろう。
 民主化闘争の闘志が、蓋を開けてみたら独裁者が大好きな人間だった、という過去の不幸な歴史を再び韓国で見ようとは。独裁者とパートナーになってはならないことを、歴史が証明しているではないか。
現在でも多くの脱北者が韓国を目指して命がけの逃亡を試みている。彼らは、無事に韓国についてみると、大統領が金正日を賛美している、という現実を知ったらどう思うだろうか。

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◆金正日(キム・ジョンイル)委員長の評価=「金委員長が自分の国政状況をはっきり突き通していてかなり驚いた。私が思っても、あのレベルは相当記憶するのが難しいことだと思うのに、非常にはっきり、国政の隅々に対して一貫していた。

そして自分たちの体制に対する明らかな意思があった上、それに対して確固たる自信をもっているようだった。できる、できない、良い、悪い、そんな意思表現が非常に明確だった。それがとても印象的で、本当に権力者らしい、そんなふうに思ったりした。

北朝鮮全体の印象は我々が第三世界の多くの国、1人当たりの国民所得が500ドルから1000ドルの間にある国々から見る姿と、平壌の姿は非常に違う。発展戦略さえきちんと採択すれば、他のどの国にも見られない、非常に速いスピードの発展が可能な国だと思った。ただ、金委員長以外の他の指導層の硬直性がちょっと息苦しく感じられる、そんな点があった。

北朝鮮に対する認識を深く思いやってみる必要がある。打倒することができるか。憎くもかわいくも一緒に進むしかないパートナーだ。言うこともちょっと我慢して、したくないこともちょっとして、争う日をテーマに話し合うことは、できるだけ後に延ばす戦略的対応が必要だ」

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October 12, 2007

駐米韓国大使、ライス長官の訪朝促す…米紙報道

 下記は、読売新聞の報道。
 韓国の駐米大使からの要請という形式にはなっているが、これはいわゆる「誘い水」であろう。ライスとしては、自ら行く意思があっても、米国内の反対論をかわすためにも、こうした「誘い水」が必要であろう。ライス長官の「訪朝」があるかもしれない。
 この報道で注意すべき点は、発信元がワシントン・タイムズであること。同紙は、よく知られていることではあるが、韓国の某新興宗教団体の経営であり、同宗教団体は北朝鮮でもホテル事業など様々な活動を行っている。

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駐米韓国大使、ライス長官の訪朝促す…米紙報道

10月12日19時2分配信 読売新聞

 【ワシントン=坂元隆】11日付の米ワシントン・タイムズ紙によると、韓国の李泰植(イ・テシク)駐米大使は同紙との会見で、6か国協議が北朝鮮の核計画申告や核施設無能力化で合意したのを受け、ライス国務長官が訪朝するよう促した。
 李大使は、6か国協議の合意について「極めて技術的なものだ」と指摘した上で、「政治的手段により後押ししない限り、合意が不安定化してしまう」と述べ、合意履行を確実にするためライス長官の訪朝が必要だと主張した。
 これに対し、国務省のケーシー副報道官は11日の記者会見で、将来の訪朝の可能性は否定しなかったものの、「何も予定されていない」と、現時点では検討されていないことを強調した。

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嫌な言葉 続報

 下記は、小沢民主党党首の「嫌な言葉」の続報。
 民主党が本当に民主的な政党かどうかが問われる問題になっている。
 私としては、テロ特措法の延長とか「給油新法?」には賛成だが、ISAFの問題はもう少し議論をする必要があると思っている。当然、日本の自衛隊の役割として、こうした海外での治安活動にもあたっていく必要があるとの意見だが、そのためには自衛隊をがんじがらめにしたまま派遣すべきではない。派遣したけれども「これをしてはダメ。アレをしてはダメ」ということになっては、何にもならない。
 いずれにせよ、民主党内でもっと議論をしてからの話ではないだろうか。その議論を封じて「嫌なら離党せよ」というのは、やはりおかしい。
 
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前原氏「党内に違和感」小沢代表のISAF論で不協和音

ANNニュース

 民主党の小沢代表が、アフガニスタンで活動するISAF=国際治安支援部隊への参加を主張していることについて、前原副代表は「党内には違和感がある」という認識を示しました。

 民主党・前原副代表:「(ISAFへの参加は)小沢さんが代表になって、自由党党首としておっしゃっていたことを、そのままおっしゃっている。旧民主党の議員からすると、小沢さんの考え方は違和感を感じる人間がかなりいるのでは」
 前原氏は、小沢代表が主張するISAFへの自衛隊派遣について「若干早い」と、民主党としての見解ではないことを強調しました。同じシンポジウムに出席した自民党の山崎前副総裁は「民主党の今後の対応に、ほのかな期待と言ったらまずいが、望みを抱かせて頂いた」と述べて、政府・与党が提出する「給油新法」への民主党の歩み寄りに期待感をあらわにしました。

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韓国政府が中国政府に抗議 続報

 下記は、本日の朝鮮日報。
 中国側は「学校の安全のため」といっているが、こんなのはウソであることは判りきったことである。
 「嘘つきは泥棒の始まり」と子どもの頃から教えられたものだが、外交関係になれば「ウソ」も正当化されるというのも国際政治の常識ではある。
 そういえば、金正日は「核兵器を持つ意思は無い。これは金日成の教訓である」と、ノ・ムヒョンに対して「大嘘」をついたとのことである。その「大嘘つき」を「本物の権力者を見た思いがする」と絶賛したノ・ムヒョンも「大嘘つき」ということであろう。
 しかし、「ウソ」もいいがげんにお終いにしてもらいたいものである。「ウソ」は必ずばれるのだし、「ウソ」から生まれるものは、虚構でしかない。
 拉致被害者である可能性が濃厚な日高信夫さんは、後に脱北した知人に対して「日本では幽霊が多い。北朝鮮はドロボーが多い。そして、中国には詐欺師が多い」と言ったとのことである。この話は、私が直接脱北者から聞いた話しである。この話はもちろん「ウソ」ではない。

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脱北者連行過程で外交官暴行、韓中の外交摩擦拡大
中国外務省「身分忘れた行為」と非難

 中国北京市の韓国国際学校で9日、構内に侵入した脱北者の男女4人を中国の公安当局が連行する過程で、これを阻止しようとした韓国側の外交官が暴行を受けた事件で、韓国と中国の外交摩擦が拡大している。

 中国外務省の劉建超報道局長は11日の定例記者会見で、「中国の公安当局による(正当な)公務執行を妨害した韓国の外交官の行為は、自らの身分を忘れたものだった。中国はこれに不満を表明する」と述べた。その上で、「公安当局は身元不明者が学校に突然飛び込んできたという通報を受け、学校の安全のために出動したものだ。逮捕した4人は法律に従って取り扱われることになる」と説明した。

北京=李明振(イ・ミョンジン)特派員

朝鮮日報/朝鮮日報JNS

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October 11, 2007

嫌な言葉

下記は産経新聞の配信。
 実に嫌な言葉である。「多数で決めたことは党の方針に従って行動しなければ党人ではない。イヤなら離党する以外ない」
 党人とは党首に絶対的な忠誠を誓うものでもないし、党首に対して自分の信念を自由にぶつけることができるのが本当に自由で民主的な政党である。それに対して、「イヤなら離党せよ」というのはファシズム政党への道である。産経新聞のコメントのような「政党政治の正論」では決してない。
 私が生きてきた旧民社党でも左右の派閥の対立があったし、大物政治家同士のケンカもあった。しかし、それでも、党首に対して自由に意見を言える雰囲気があった。私の先輩の某氏などは「委員長お言葉ですが」というのを口癖に、ズバズバ委員長に対して意見を言っていた。先輩もまだ30歳代の若かりしころのことである。私も今から思えば赤面するようなことを委員長に言った覚えもある。若気の至りであった。それでも当時の歴代委員長から「イヤなら離党しろ」といった言葉を聴いたことはない。
いずれにせよ、たとえ同じ政党であっても、個人個人で意見が異なるのは当たり前である。それを「イヤなら辞めろ」と言い放つのは、どこかの国の独裁者と同じである。もっとも、強制収容所に入れられないだけマシであるが。

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異論続々も“剛腕”小沢「イヤなら離党」波紋(夕刊フジ)


 民主党の小沢一郎代表は10日、党機関誌などで提唱したアフガニスタンの国際治安支援部隊(ISAF)への参加について党内若手などから異論が出ていることについて、「イヤなら離党する以外にない」と断言した。小沢氏としては政党政治における“正論”を述べた形のようだが、今後の党内対立の火種にもなりそうだ。

 「多数で決めたことは党の方針に従って行動しなければ党人ではない。イヤなら離党する以外ない」。小沢氏は10日の記者会見で、きっぱりと言い放った。

 問題となっているのは、小沢氏が今月に入って党機関誌や月刊誌で、海上自衛隊へのインド洋での給油活動に反対する一方、ISAFへ武力行使も含めて参加する考えを示したことだ。

 政府・与党から「武力行使は憲法からして認められない」(石破茂防衛相)と批判が出る一方、民主党内からも「党内で決めた事実は確認していない」(枝野幸男元政調会長)などと反対の声が起きていた。

 民主党の前原誠司元代表は同日夜、都内のホテルで開かれた公開討論会で「正直、小沢代表と私の認識は違う。党内で意見集約はまだだ」としたうえで、「旧民主党の議員には小沢代表の考え方に違和感を覚える人間はかなりいる」と公然と異論を唱えた。

 社民党の福島瑞穂党首も同日の会見で「小沢氏の見解は違憲だ」と批判した。

 ただ、小沢氏も「ISAFの主力の治安維持には非常に疑問を持っている。何より生活が安定することが大切だ」と軍事部門への直接参加には慎重な姿勢を示すなど、今後の議論の余地は残している。

 それだけに、前原氏も「党として決まったときにはみんなで従うべきだ」とも発言、福島氏も「インド洋での給油新法反対や格差是正などやることはたくさんある。そのことは変わらない」と野党共闘への影響はないとの認識を示した。

 民主党有力筋は「小沢氏の方針に反対の議員はいるだろうが、小沢氏としても手順を踏んで党内議論をしていくはず。参院選で大勝し政権交代が間近なだけに、党を割るような議員はでないだろう」というが、枝野氏らの動きが注目される。


[産経新聞社:2007年10月11日 19時25分]

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コメントする必要のないノ・ムヒョンの発言

 下記は、本日の時事通信。
 あえてコメントする必要もないぐらいのノ・ムヒョン大統領の発言である。
 独裁者にここまで媚を売る必要がどうしてあるのだろうか。ここまで来たら、もう漫画どころの騒ぎではない。他国の大統領を悪くは言いたくないし、私にも長幼の序の倫理観があるのだが、「アホちゃいんまんねん。パァーでんねん」である。

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2007/10/11-20:49 「金総書記は国政に精通」=北朝鮮の潜在力を評価-韓国大統領

 【ソウル11日時事】韓国の盧武鉉大統領は11日、青瓦台(大統領府)担当の自国メディア記者と懇談し、第2回南北首脳会談での金正日労働党総書記の印象について「国政の隅々にまで精通している」と述べ、高く評価した。また、北朝鮮住民を称賛し、早期の経済発展が可能との見方を示した。
 盧大統領は「(金総書記は)自分の体制に確固たる自信を持っているようだ」と指摘。意思表示が明確なことが印象的で、盧大統領は「いかにも本当の権力者らしい」との感想を持ったという。一方で、「金総書記以外の他の指導層の硬直性が気になった」との感想を漏らした。

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宋日昊:福田政権の対話姿勢評価 拉致、協議継続の用意

 宋日昊・朝日国交正常化交渉担当大使が、共同通信のインタビューで語ったとのこと。
 中身は下記に記したとおりであるが、英文ニュースの方には、次のような言葉がある。
 宋日昊曰く、「われわれの誠実さや正直さが批判をうけてきた」だそうである。共同通信の日本文では省略されている。まんまりにもあんまりな言葉だからだろう。他国の無垢の国民を拉致しておいて「誠実さ」や「正直さ」のへったくれもないだろうに。ニセ遺骨や怪情報を流してきて「誠実さ」とは。
 まぁ、ここでは一言半句に拘ってもつまらない。早いところ、宋日昊閣下の実力をもってして、拉致被害者の全員を日本に帰国させて、「誠実さと正直さ」を実際に見せてもらいたいものである。

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福田政権の対話姿勢評価 拉致、協議継続の用意


 【平壌11日共同】北朝鮮の宋日昊・朝日国交正常化交渉担当大使は11日、平壌で共同通信と会見し、福田康夫首相が日朝関係で「圧力より対話を重視する姿勢を明確にしている」とし、「われわれは注目に値すると思っている」と評価。日本人拉致問題については「見解と立場の違いを埋めるための協議が必要」と述べ、今後の日朝協議で拉致問題も過去清算問題とともに継続して取り上げる構えを示した。

 福田政権発足後、北朝鮮の日本担当の高官が、福田政権に対する評価や今後の日朝協議について立場を表明するのは初めて。圧力を重視した安倍晋三前政権と異なり、対話路線を打ち出す福田政権の方針を、北朝鮮が肯定的に受け止めていることを示したとみられる。

 宋大使は「相手(日本)が対話をしようとしているのに、われわれがこれを避けるつもりはない」と話し、関係改善に向けた日本との対話への意欲を明らかにした。また「個人的見解」とした上で、福田首相に対し「隣国との関係を良くすることが両国民の期待でもある。それにふさわしいことをしてくれればと思う」と話した。


2007/10/11 17:24 【共同通信】

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10月10日が終わったが

 10月10日の北朝鮮労働党設立記念日が終わったが、何もない。北朝鮮ウォッチャーは何度も経験しているが、今回も「肩すかし」をくったようだ。今回は、かすかな期待をしていたのだが。金正日の健康不安説も、南北会談で表れたご当人の姿(初日と二日目とは別人のような違いだが)で、これまた「肩すかし」をくった。金正男の昇格説も、これまた「肩すかし」のようだ。逆に、金正男は北朝鮮に戻っていない、という説まで出てきている。
 むしろ、何にも情報がこないのが奇妙なぐらいである。あるいは、金正日に投与している「強力ユンケル」の効用が切れてしまったのだろうか。狼少年になってはいけないが、もう少し様子をみることにしたい。

強引な手法…市長が不快感!元市職員を社保庁告発に

 下記のニュースは、社保庁が、年金を着服した地方自治体の職員を刑事告発したことに対する、当該市長のコメントである。市長の「不快感」というものに対して、どのように考えるべきだろうか。
 そもそも市長の「不快感」というのは、自治体で処分が既に終わっているものに対して、さらに社保庁が刑事告発という法的手段を採用したことに対する批判である。「地方自治体で主体的に判断したことに対して、お上がなんだかんだと言ってくるのはおかしい」ということだろう。
 確かに、地方分権の時代であれば、こと細かく「お上」がご沙汰をしてくるのはおかしいことである。「お上」は地方自治体の主体的な判断を尊重すべきであろう。しかしながら、それは通常の正常な政策判断の場合である。今回の事例は、自治体の職員の不法行為に対する法的措置である限り、それをもって「不快」というように認識するのはいかがなものであろうか。今回の事例のように、自治体職員の不法行為に対する措置が曖昧な形で処置されてしまっていたものを、法的に厳格に措置するということは当然のことではないだろうか。その当然のことを市長が「不快」と感じるのは、他にまだ理由があろのだろうか。
 もとより、「目くそ鼻くそを笑う」ではないが、社保庁自身が国家的詐欺を行っていたのであるから、地方自治体の地域的詐欺にとやかく言って「ご指導」するのは、泥棒が泥棒をつかまえて「おまえはけしからん」と説教しているのに等しい。市長の「不快感」というのはそういうことかもしれない。
 
 

 

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強引な手法…市長が不快感!元市職員を社保庁告発に
ANNニュース
 
社会保険庁が年金保険料を着服した宮城県大崎市の元職員を刑事告発する方針を固めたことについて、大崎市長は「強権的な手法だ」と強い不快感を示しました。

 宮城県大崎市・伊藤康志市長:「強権的なそういう手法(刑事告発)については、地方自治体を預かる者として、いかがなものか。非常に、今回の措置については疑念を抱いている」
 年金着服については、舛添厚生労働大臣が、時効が成立していない9つの市町村に対して刑事告発をするよう要求していましたが、東京・日野市以外は告発を見送る方針を表明していました。社会保険庁は、このうち28万円の年金保険料を着服していた宮城県大崎市の元職員について、証拠資料がほぼそろったとして、一両日中にも宮城県警に告発する方針です。

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韓国政府が中国政府に抗議

 今日のAPの配信に小さな記事だが、結構重要なものが載っていた。
 APによれば、北京で北朝鮮の難民と見られるグループが逮捕された時に、中国の公安が韓国の外交官に暴力を行使したという。韓国外交部では、中国外交当局者を呼び、外交上好ましくない行為であると遺憾の意を表明し、さらに中国政府に対してこれらの人物が脱北者であると確認されれば解放するように求めるという。
 韓国政府は、表向きはともかくとして、脱北者については「しぶしぶながら」結構保護してきている。その保護のプロセスでは、中国の主権と軋轢を来たすスレスレまでに至ることがママあるのである。そうでなければ、脱北者を安全に保護することはできないものである。脱北者支援NGOも含めて、皆んなスレスレのことをして保護しているのが実態である。
 さて、今回の小さな記事で重要な点は、スレスレのきわどい保護をしていたので、こうした中国政府との軋轢が表立つことを避けていたのが、今回は韓国政府が表立って中国政府に抗議をすることである。これは結構重要なことである。
 脱北者保護ではいつもそうだが、韓国や日本などの政府は、中国政府との軋轢を避けるために、表立って抗議やら何やらをしない。「脱北者の保護の安全性を確保する」というのが建前だが、実際は中国政府との軋轢を避けるのが目的である。
 そろそろ、脱北者の保護について、韓国や日本は中国政府と真剣な「取り決め」をする時期に来ているのではないだろうか。それは中国との軋轢を生むことかもしれないが、長い目で見れば、中国にとっても利益になるはずである。中国にとって経済的利益は、明らかに北朝鮮ではなく韓国と日本の側にあるからである。

October 09, 2007

文正仁延世大学教授によれば「金正日が、日本人拉致被害者はもういないと発言」

 文正仁延世大学教授によると、南北会談の席で金正日が「日本人拉致被害者はもういない」と語ったそうだ。それが、昨日から盛んに報道されている。その発言は本当なのだろうか。
 8日付けの朝日新聞の同氏へのインタビューでは、その件については一言も触れていない。その後、同教授が別のマスコミや政府関係者に対してそうした趣旨の発言をしたということなのだろうか。いずれの報道も、同教授は首脳会談に同席はしていなかったと書かれているので、同教授は同席した誰かからその旨を聞いたことになる。日本政府側はこの件について曖昧なままである。日本政府が韓国政府側から同趣旨のことを聞いたのなら、聞いたとして明らかにすべきだろう。
 当初、韓国側は日本人拉致問題について北朝鮮側に言及する、という話だった。ところが、その言及とは「福田総理からのメッセージ」の代読だったということだ。これも終わってみて初めてその「メッセージ」が明らかになった。最初からそうするといえばよいものを。そのメッセージの代読に対する回答が「拉致被害者はもういない」ということだったようだ。
 なんだか、平安・室町時代の「短歌」みたいなやりとりである。「七重八重花は咲けども山吹の実の(蓑)ひとつだになきぞかなしき」流に、金正日は「拉致被害者はもういない」と風流に答えたわけではあるまいし。
 さて、今回の「主人公」の文正仁教授は、ノ・ムヒョン大統領の外交ブレーンとのことである。ということは、最も拉致問題について関心を持たない知識人の一人ということだろう。事実、下記の産経新聞に、同教授の過去のコメントが記載されているが、同教授のもっぱらの関心は「南北関係改善、軍事的緊張緩和、同胞の救済」ということで、その同胞にはもちろん韓国拉致被害者は含まれていない。とすれば、なおさら日本人拉致被害者のことについて念頭にあるはずもなかろう。そういう立場と思考の持ち主からのリークとなれば、その発言の内容と趣旨については、まず疑ってかかるべきものだろう。

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産経新聞 2005年10月10日 (月) 03:08

 対北朝鮮外交でかろうじて「協調」を保っていた米韓関係の亀裂が目立ってきた。六カ国協議の米代表ヒル国務次官補が非公開セミナーで、韓国の北寄り姿勢に強い不快感を示したのをはじめ、米国は北朝鮮が世界食糧計画(WFP)の来年以降の人道的支援を拒否したことでも、「韓国の増加し続ける直接支援が“抜け道”になっている」と疑惑の目を向けている。韓国政府はこうした批判に神経をとがらせているが、「米国」対「南北」の構図が見え始めている。

 増え続ける韓国の対北支援に対して、米国の警戒の目は厳しさを増している。北朝鮮は九月下旬、崔守憲外務次官が国連アナン事務総長に人道支援打ち切りと職員の引き揚げを要求したが、米国からは「韓国の監視なしの食糧供給のせいだ」「南北の共謀だ」との非難さえ出た。

 韓国の今年の直接支援はコメ五十万トン、肥料三十五万トンで一兆ウォン(約一千億円)超。民間支援は薬品から農機具まで六千万ドル(約六十六億円)で、盧武鉉政権の二年半で二兆三千五百億ウォン(約二千三百五十億円)、これは金大中前政権の一兆二千六百億ウォン(約千二百六十億円)をはるかにしのぐ。

 最近は、朝鮮労働党創建六十周年(十日)の芸術公演「アリラン」に韓国から約一万人が訪朝。北朝鮮に落とす外貨収入は一千万ドル(約十一億円)が見込まれるなど、有形無形の支援は拡大の一途だ。

 韓国統一省は「同胞への当然の支援であり国際支援とは立場が違う。また北朝鮮が人道支援を断ったのは緊急支援の時代は終わったからで、いまは開発支援を希望しているのだ。韓国は農業や畜産など技術支援を行う」と主張している。

 韓国側がこうした対北支援に傾くなか、六カ国協議で米首席代表を務めるヒル国務次官補がセミナーで「韓国は米国にとりあまり助けにならなかった」と述べ、韓国の北寄り姿勢を批判していたことは、韓国内でも大きく報じられた。韓国政府は事実関係を否定したものの、外交当局には米国の厳しい空気を認める官僚も少なくなく、米韓のきしみは顕在化してきた。

 韓国では、九月中旬の六カ国協議で共同声明を「韓国の外交的勝利」「朝鮮半島の歴史的転換点」などと評価した。合意は軽水炉問題はじめ実際には核廃棄の道筋さえみえていない。だが韓国では「北が核廃棄を宣言した」との点を重視し、「(合意は)五十五兆ウォン(約五兆五千億円)の経済効果」などと祝賀ムードさえ見られた。

 こうした楽観一色の韓国に米国はいらだちを隠さなくなったわけだ。厳しい指摘や批判を前に、韓国では「米朝対立より米韓関係が心配」などの声もきかれる。

 韓国の文正仁・延世大教授(政治学)は、インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙に「非難は見当違いである。韓国の食糧支援は南北関係改善、軍事的緊張緩和、同胞の救済という複雑かつ困難な努力の一部だ」と、米側に反論している。(ソウル 久保田るり子)

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October 08, 2007

米国の「圧力」による拉致問題の部分的解決と「封印」

いよいよ、米国主導による「拉致問題の部分的解決と封印」が始まるようである。
 米国は、拉致問題については横田めぐみちゃんら、いわゆる「政府認定拉致被害者」の問題で、北朝鮮が一定の進展を見せたところで、「拉致問題の部分的解決と幕切れ」を演出し、日朝国交正常化交渉に進ませようとする勢いである。ライス国務長官も、自ら北朝鮮に乗り込んで、核開発問題、テロ支援国家解除、米朝関係正常化、北朝鮮への経済援助、そして拉致問題の「一定の進展」について、ケリをつけるつもりであるらしい。
 これは日本側では「痛し痒し」である。米国の圧力によって、「政府認定拉致被害者」の問題が解決することはよい。早いところ解決してもらいたい。しかし、そのことで後に続く「特定失踪者」の問題が「封印」されることになりかねない。今の流れで特定失踪者問題」を持ち出すと、「政府認定拉致被害者」の問題が片付かないというジレンマにもいたることになる。北朝鮮側の狙いはそこにある。
 一気に拉致問題の全てが解決することが望ましいことはわかりきっている。しかし、北朝鮮側にとって「交渉カード」である拉致被害者を、そう易々と一気に帰国させることはしない。とすれば、嫌な話だが、「段階的解決」という方法しかない。ただし、日本側から「段階的解決」を北朝鮮に求める必要はない。常に、「拉致問題の全面的解決」を求めていくべきである。それに痺れを切らして、米国やら何やらが動いて、結果的に、全面的解決に至る、という誠に気の重くなるようなシナリオになるのではないだろうか。全面的解決のその日まで、日本の国民世論が支持し続けてくれることを期待するのみである。

 

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米、拉致解決に固執せず 北朝鮮の追加説明で判断


 【ワシントン8日共同】米国による北朝鮮のテロ支援国家指定解除に当たり、日本が拉致問題解決まで解除しないよう求めている問題で、米側が問題が解決されたかどうか判断する上で、横田めぐみさん=失跡当時(13)=ら北朝鮮が「死亡」したと主張している8人に焦点を絞り、日本への追加説明など「北朝鮮の協力姿勢」の有無を重視していることが8日、分かった。米政府の立場について説明を受けた外交筋が明らかにした。

 指定解除の「条件」を6カ国協議で合意した北朝鮮の核施設無能力化と核計画申告にとどめ、拉致問題の「解決」を解除の前提とはみなさない米政府の姿勢が明確になる一方、日本との立場の違いが浮き彫りとなった。

 北朝鮮は8人について「自殺、病死、交通事故死、中毒死、水死」したと日本政府に説明し「1995年の大洪水で墓は流出した」などと回答。米側はこれに対し「到底信じられない」(米政府高官)と認識している。


2007/10/08 18:12 【共同通信】

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封印される拉致9: 在日朝鮮人アパート経営者の沈黙 

 布施範行さんは、東京の亜細亜大学を卒業後、名古屋で就職をした。その名古屋から妹に「これから沖縄に旅に出る。心配しないでくれ」という手紙を送ったのを最後に、忽然と姿を消した。1977年3月のことである。
 布施範行さんについては、調査会が発足してまもなく、謎の人物から「布施さんに似た日本人が、ピョンヤンで働いているのを見た。何かを作っている仕事だ。物静かで、関西方面のなまりがあった」という情報がもたらされた。私は布施さんの情報を求めて、山形、東京、愛知そして沖縄と、調査に赴いた。沖縄では関係者の協力を得て、地元新聞で情報提供の呼びかけなどをしていただいたが、何も得ることができなかった。
 ところが、その名古屋での下宿先が、朝鮮総連の幹部が経営するアパートだったことが判明した。その幹部のAさんは、若い頃熱心な総連活動家であり、分会長として朝鮮大学校の学生を学習のために受け入れていたほどだった。 
そのアパートに布施さんがなぜ住むようになったのかは判らない。名古屋といっても中心部から電車で30分は乗らなくてはならないような場所である。当時そのアパートを斡旋したはずの不動産屋もどこだかは全く判らない。
 その幹部の奥さんは、何度となく北朝鮮に帰国したことがあるという。娘さんが在日朝鮮人と結婚し、その男性と一緒に北朝鮮への帰国事業に乗ってしまったのである。それがこの母親の人生最大の後悔となった。当初、その母親は「北朝鮮はすばらしい国だ。一緒に行かないか」と周囲に言って憚らなかった。当然、布施さんを含めてそのアパートの住民にもそのようなことを言っていたことは容易に想像がつく。
 ところが、母親が北朝鮮に最後に行ってから、母親の弁は変わっていったという。周囲の人に北朝鮮のことを話すことが次第になくなっていった。
 その母親が亡くなる前、周囲の人に漏らした言葉は「私は北朝鮮に騙された」だったという。なぜ、どのように騙されたのか、それは誰にも判らない。しかし、それが娘さんに関係することだったろう。その娘さんの動向は誰も判らない。
 さて、A氏は、老後を一人でつつましやかに暮らしている。かつての朝鮮総連の幹部という強面の面影はない。私が布施さんの写真を見せても「覚えていない。私は何も知らない」と繰り返すのみである。その目は沈んでいて、精気を全く感じさせないものだった。奥さんの訪朝のことを尋ねても同様に「知らない」を繰り返すのみだ。ただ「北朝鮮にいる娘さんはお元気ですか」と尋ねたとき、驚いたような反応を一瞬示した。しかし、その後は伏目がちに「私は何も知らない。本当に何も知らないんだ」とつぶやくだけだった。
 こうして布施さんの拉致も封印された。
 在日朝鮮人で拉致問題に何らかの形で関わった人物は、現在でも多数存在するはずである。彼らは、周りの人に「墓場まで持っていく」といっているとのことである。それは、自分が証言すれば、自分たちの家族に危害が及ぶのを恐れてのことだという。その気持ちはわからないでもない。しかし、墓場まで持っていって成仏するだろうか。自分の意思で関わったかどうかはともかく、拉致被害者とそのご家族が健在のうちに証言をし、一人でも多くの拉致被害者を助け出してこそ成仏できるのではないだろうか。彼らの家族もそれを願ってはいないだろうか。全てを話してもらいたい。

ふるさと納税

 「ふるさと納税」は、三位一体改革の議論の流れで、地方交付税改革の方法論の一つとして提起されたものである。
 こうした国税の一部の納付先を国民の選択によるものにしてはどうかというアイデアは、30年前からあった。最初に提案したのが民社党時代の米沢委員長(当時)だったが、その時は特段の話題にもならずに消えてしまった。このたび、類似したアイデアとして自民党などから提起されたものである。
 「ふるさと納税」には、賛否両論がある。
 賛成意見は、国民の選択権の拡大、地方自治体の財政再建への貢献、といったものである。
 反対意見は、税は居住地に納められるべきだという原則論、そして、特に東京をはじめとする都市部の自治体からは、都市部の財政悪化につながるとして根強い反対論がある。
 このたび、10月5日に、総務省の「ふるさと納税研究会」から増田総務大臣に提出された「ふるさと納税検討案」の概略は以下のようなものである。

個人住民税の寄付金控除制度を拡充し、5000円を超える寄付をした場合、控除の適用対象とする。
 居住地の納税額が大幅に減ることを防ぐため、控除の上限を住民税納税額の1割にする。
個人住民税は5000円を超過した分を住民税額から差し引く税額控除とする
所得税は現行の寄付金控除制度を活用し、5000円を超える分を所得控除する。

 当初のアイデアとは基本的に同じであるが、寄付金控除制度を活用したこと、「ふるさと納税」の対象となる自治体は出身地などに限定せず、すべての都道府県と市区町村としたことが変った。
 「ふるさと納税」には、賛否両論があり、今後、国会内で議論が進むものと考えられるが、基本的には「納税者の選択権の拡大」という点では画期的なものであると評価できる。徴税と納税という国家権力の執行と国民の義務に関する非常に厳格な部分に、国民の「選択権」という柔らかな制度を注入することの意味は大きい。
 また、地方自治体の側も、自分たちの自治体の出身者に対するアピールも変ってこよう。それが、間接的に自治体の活性化にもつながることが期待できる。
そして、近代化が超スピードで進んできた日本において、「デラシネ(根無し草)」的存在になりつつある個人が、自分たちのアイデンティティを見直すきっかけにもなるのではないだろうか。それは、日本の社会を善き共同体的なものに改めていく端緒にもなるのではないだろうか。

October 05, 2007

二瓶絵夢逮捕 続

 二瓶絵夢の詐欺容疑逮捕事件で、5億500万円の詐欺総額のうち2億5000万円の行方が問題になっているという。
 噂では、その一部が北朝鮮サイドにも渡っている可能性があるという。北朝鮮のある幹部の家族に渡されたとのことだ。その目的は、日本側から北朝鮮の幹部との人脈作りだったようだ。ただし、あまりにも「怪しげな筋」だったので、さすがに北朝鮮側から切られたようである。ちなみに、実際その北朝鮮の幹部はしばらくの間公式の場から姿を消していた。今は無事のようである。
 詐欺で騙し取った資金で、北朝鮮とのバイプを作る、というような話も俄かに信じがたいものではあるが、有りえない話でもなさそうである。本当かどうかは判らないが。

 

韓国拉致被害者家族の嘆き

 下記は、韓国側の拉致被害者家族の皆さんの嘆きについての配信。
 一方で、今日のHerald Tribuneには、「南北和解」をにらんで、韓国側企業がDMZ沿いの土地を買い占めているという記事があった。将来ゴルフ場を建設するのだそうだ。いくら気の早い韓国人気質とはいえ、「やれやれ」である。韓国での拉致問題はほとんど国民の関心や支持を得られていないのだが、あんまりと言えばあんまりである。全てがゼニ勘定という古典的資本主義の模範的スタイルが韓国のDMZで現存するわけだ。
 また、本日の読売新聞によれば、今回ノ・ムヒョンとくっついていった韓国側企業が、膨大な投資計画を北朝鮮側に提示したという。その規模は数兆円?
 大いにビジネスをしてもらい、韓国経済を発展してもらうことは結構である。また、投資のプロセスで、北朝鮮側に古典的資本主義を学習しておいてもらうことも結構だろう。
 しかし、そのゼニ儲けの影で涙を流すしかない立場の人たちがいることについて、せめて憐憫の情や、支援をすることぐらいは、企業家としての道徳的義務というものだろう。それが、拝金主義的古典的資本主義と道徳的な近代的資本主義の根本的な違いである。もちろん、それは米国や日本でも言える。そして、なによりも現在最も拝金主義に陥っている中国や北朝鮮も例外ではない。


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中央日報 2007.10.5

<南北首脳会談>「拉致被害者・国軍捕虜の解決がない‘平和’なんて…」

拉致被害者・国軍捕虜の家族は4日午後、共同宣言文の内容を聞いて虚脱感を表した。安否確認と送還問題の解決を期待したが、進展がなかったからだ。宣言文には「人道主義的協力事業を推進する」「離散家族の再会および映像手紙交換を拡大する」としか書かれていなかった。 会談前、関連団体は「首脳会談の公式議題に拉致被害者問題を含めてほしい」と訴えた。

拉致被害者家族会の崔成竜(チェ・ソンヨン)代表は「宣言文には国軍捕虜と拉致被害者の安否確認に関する言葉が見られない」とし「国軍捕虜・拉致被害者の送還なしに南北間の平和が可能なのか盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領に尋ねたい」と述べた。拉致被害者家族30人余は午後4時、ソウル青瓦台(チョンワデ、大統領府)付近に集まり、共同宣言に反対する集会を開いた。

被拉脱北人権連帯のド・ヒユン代表は「今後も南北は離散家族の安否確認と再会に拉致被害者と国軍捕虜の一部を‘組み入れる’という従来の方法を繰り返すようだ」と憂慮を表した。 ド代表は「00年首脳会談以後の7年間に安否が確認された拉致被害者と国軍捕虜は10人余にすぎない」とし「北朝鮮が‘安否確認ができない’と通報してきても、家族としてはどうしようもない」と述べた。

一部では「韓国政府が北朝鮮の立場を考慮し、会談で取り上げなかったのでは」と政府への不信感を表した。 6・25戦争拉北人事家族協議会の李美一(イ・ミイル)理事長は「拉致被害者家族の悲しみを無視したまま大統領だけが軍事分界線を越えたからといって平和がくるのか」と述べた。 国軍捕虜家族協議会のキム・ソヒョン総務は、北朝鮮から拉致被害者の安否確認および生存者送還を引き出した日本政府の例を挙げながら「盧大統領と政府の堂々とした態度が残念だ」と指摘した。

保守性向の非左派大連合はソウル光化門(クァンファムン)米国大使館前で記者会見を行い、「北朝鮮人権、拉致被害者と国軍捕虜送還問題が議題に含まれない第2回南北首脳会談を糾弾する」とし、「北朝鮮の顔色をうかがって与えるばかりで、人権問題に顔を背けてはならない」と強調した。

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October 04, 2007

南北関係の発展と平和繁栄のための宣言

特別なサプライズもなく、政治的ショーは終わった。
 下記は、南北の共同宣言。読むのもアホらしいが、一応掲載しておきたい。
 この会談の意義を一言で表せば、「領導芸術の勝利」ということだろう。金正日からは「ご苦労様」ということだけで終わったのに対して、ノ・ムヒョンは「北朝鮮の体制を尊重する。経済援助をする。金正日の長寿を祈念する。アリランは素晴らしい。一緒に北京オリンピックを応援しましょう」という具合だ。
 統一も平和も大変結構なことだが、北朝鮮の体制を尊重しながら南北統一したら、韓国がどういうことになるのかぐらいは判っているだろうに。しかも、報道でもあるように、拉致問題については一言も無い。これでは、韓国の拉致被害者家族も浮かばれない。
 まぁ、もう終わりの大統領と糖尿病患者の偉大なる首領様との共同宣言だから、じきに「お蔵入り」になるだろう。

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出典:Daily NK

南北関係の発展と平和繁栄のための宣言


大韓民国の盧武鉉大統領と朝鮮民主主義人民共和国の金正日国防委員長の合意により、盧武鉉大統領が2007年10月2日から4日まで平壌を訪問した。

訪問期間中、歴史的な再会と会談があった。

再会と会談では、6.15共同宣言の精神を再確認して、南北関係の発展と朝鮮半島の平和、民族共同の繁栄と統一を実現することに伴う諸般の問題を虚心坦懐に協議した。

双方は我が民族どうしの意志と力を合わせれば、民族繁栄の時代、自主統一の新時代を開いて行くことができるという確信を表明し、6.15共同宣言に基づいて、南北関係を拡大、発展させて行くために、以下のように宣言する。

1. 南と北は6.15共同宣言を固守し、積極的に具現して行く。

南と北は我が民族どうしの精神によって、統一問題を自主的に解決し、民族の尊厳と利益を重視して、あらゆるものをこれに志向させて行くことにした。

南と北は6.15共同宣言を変わることなく履行する意志を反映し、6月15日を記念する方案を講ずることにした。

2. 南と北は思想と制度の差を越えて、南北関係を相互の尊重と信頼関係で、確固として転換させて行くことにした。

南と北は内部の問題に干渉せず、南北関係の問題を和解と協力、統一にかなうように解決して行くことにした。

南と北は南北関係を統一志向的に発展させて行くために、それぞれ法律的・制度的装置を整備して行くことにした。

南と北は南北関係の拡大と発展のための問題を民族の念願にそって解決するために、両側の議会など、各分野の対話と接触を積極的に推進して行くことにした。

3. 南と北は軍事的敵対関係を終息させ、朝鮮半島で緊張緩和と平和を保障するために緊密に協力することにした。

南と北は互いに敵視せず、軍事的緊張を緩和して、紛争問題を対話と交渉を通じて解決することにした。

南と北は朝鮮半島でいかなる戦争にも反対し、不可侵の義務を確固として守ることにした。

南と北は西海での偶発的衝突の防止のために、共同漁労の水域を指定して、この水域を平和水域に作るための方案と、各種の協力事業に対する軍事的保障措置の問題など、軍事的信頼を構築する措置を協議するために、南側の国防部長官と北側の人民武力部部長間の会談を今年11月に平壌で開催することにした。

4. 南と北は現停戦体制を終息させ、恒久的な平和体制を構築して行かなければならないという点で認識を共にし、直接関連する3者または4者の首脳が、朝鮮半島地域で会い、終戦を宣言する問題を推進するために協力して行くことにした。

南と北は朝鮮半島の核問題の解決のために、6者会談の「9.19共同声明」と「2.13合意」が順調に履行されるように共同で努力することにした。

5. 南と北は民族経済の均衡のとれた発展と共同の繁栄のために、経済協力事業を公利公営と有無相通の原則で、積極的に活性化して、持続的に拡大発展させて行くことにした。

南と北は経済協力のための投資を奨励して、基盤施設の拡充と資源開発を積極的に推進して、民族内部の協力事業の特殊性に合うように、各種の優待条件と特恵を優先的に付与することにした。

南と北は海州地域と周辺の海域を包括する「西海平和協力特別地帯」を設置して、共同漁労区域と平和水域の設定、経済特区の建設と海州港の活用、民間船舶の海州直航路の通過、漢江河口の共同利用などを積極的に推進して行くことにした。

南と北は開城工業地区の、第1段階の建設を早急に完工して、第2段階の開発に着手し、ムンサン-ボンドン間の鉄道貨物輸送を始めて、通行・通信・通関問題を含めた諸般の制度的保障措置を速やかに完備して行くことにした。

南と北は開城-新義州鉄道と、開城-平壌高速道路を共同で利用するために、改善補修の問題を協議・推進して行くことにした。

南と北はアンビョンと南浦に朝鮮協力団地を建設して、農業や保健医療、環境保護など多くの分野での協力事業を行うことにした。

南と北は南北経済協力事業の円滑な推進のために、現在の「南北経済協力推進委員会」を副総理級の「南北経済協力共同委員会」に格上げすることにした。

6. 南と北は民族の悠久の歴史と優秀な文化を輝かすために、歴史、言語、教育、科学技術、文化芸術、体育など社会文化分野の交流と協力を発展させて行くことにした。

南と北は白頭山観光を実施して、このために白頭山-ソウル直航路を開設することにした。

南と北は2008年北京オリンピック競技大会に、南北の応援団が京義線の列車を初めて利用して参加することにした。

7. 南と北は人道主義協力事業を積極的に推進して行くことにした。

南と北は離散家族と親戚の再会を拡大して、映像による手紙の交換事業を推進することにした。

このために金剛山面会所が完工されることによって、双方の代表を常住させて、離散家族と親戚の再会を常時進行することにした。

南と北は自然災害を含めて、災難が発生した場合、同胞愛と人道主義、相互の助け合いの原則によって、積極的に協力して行くことにした。

8. 南と北は国際舞台で、民族の利益と海外同胞の権利と利益のための協力を強化して行くことにした。

南と北はこの宣言の履行のために、南北の総理会談を開催することにし、第1回会議を今年11月中にソウルで開くことにした。

南と北は南北関係の発展のために首脳が随時会い、懸案問題を協議することにした。


2007年10月4日

平壌

大韓民国
大統領
盧武鉉

朝鮮民主主義人民共和国
国防委員長
金正日

失そう者2人が北朝鮮に拉致された可能性

 木村かほるさんと荒井セツさんに似た女性に日本語を教わったと証言したタイ人女性たちの模様が、日本テレビのホームページで放送されています。まだ観れますので、ご参考にしてください。わずか1分程度ですが。
 尚、木村かほるさんについては、既に他の北朝鮮での目撃証言から「拉致濃厚」というように発表しています。荒井セツさんについては、これまで全く情報がありません。

 タイ人女性たちの件は「そんなことがあったのか」で済まされてしまいそうですが、彼女たちの「拉致」の背景には、日本の企業も絡んで複雑なものがあります。もちろん、日本人の拉致問題と関連するものもあります。とりあえず、ご関心をお持ちの方は、金正日の料理人藤本健二氏の『金正日の料理人』(扶桑社)をお読みください。安山館での模様も少し記述されています。ほんの少しですが、とても重要です。
 
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日本テレビ

失そう者2人が北朝鮮に拉致された可能性
<10/1 21:09>

 「特定失踪(しっそう)者問題調査会」は1日、1960年に失踪した秋田県出身の木村かをるさん(当時21)か、1954年に失踪した東京都出身の荒井セツさん(当時18)のいずれかが、北朝鮮に拉致された可能性が高いとの見解を明らかにした。
 1982年に北朝鮮に滞在していたタイ人女性が、2人の写真を見て「日本語教師だった女性に似ている」と証言したことが根拠だという。

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金正日の容態 続

 報道のように、南北首脳会談の二日目に表れた金正日は、前日とは別人のような姿だった。
 会談に向かう足取りもしっかりしていたし、午前中二時間、そして午後にも及ぶ首脳会談をこなした。一体どっちが本当の金正日の容態なのか、ホンマによくわからない。高麗人参のエキスを大量に投与でもしたのだろうか。ただ、アリラン公演も晩餐会も欠席したのだから、夜には高麗人参の効用が切れたのかもしれない。
 金正日はサプライズが大好きといわれる。相手をすかしたり喜ばせたりするのがお好きとのことだ。しかし、それは個人的な趣味であって、一国の大統領を相手にするようなものではないのは国際的常識だが、彼は頓着しない。今回のサプライズは、会談の一日延長を提案したことだった。普通はありえない。しかし、ありえないことを「普通」にするのが金正日のお好みである。事務方はメチャクチャ大変なことだろう。
 さて、アリラン公演でサプライズがあるかと「期待」していたが、結局のところ金永南がノ・ムヒョンに同席しただけで終わったようだ。次にサプライズがあるとすれば、10日前後ということだろうか。

北朝鮮の重油貯蔵施設

 下記は、ヒル米国務次官補の発言の報道。
 北朝鮮への95万トンの重油の支援が決まったものの、北朝鮮にはそれだけの石油貯蔵施設がないとのこと。
 重油を送っても、貯蔵施設がなければどうするのだろう?

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2007.10.4
北朝鮮に発電所などのインフラ支援=米国務次官補(ロイター)

 10月3日、ヒル米国務次官補(写真)は、6カ国協議の暫定合意に基づき、北朝鮮が発電所および重油貯蔵設備についてインフラの強化支援を受ける見通しであることを明らかにした。写真は9月、ジュネーブで撮影(2007年 ロイター/Denis Balibouse)[拡大]
 [ワシントン 3日 ロイター] ヒル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は3日、6カ国協議の暫定合意に基づき、北朝鮮が発電所および重油貯蔵設備についてインフラの強化支援を受ける見通しであることを明らかにした。

 同次官補は、記者団に対し、北朝鮮が核開発プログラムを断念する見返りとして提供される重油95万トン相当の支援のうち半分は、重油に加えて「工場および発電所の刷新と重油の貯蔵能力拡大」といった形になる、と述べた。

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October 02, 2007

ジェットミルについて情報を

下記は古いニュースですが、結構今でも深刻な話です。
 後日談など、なんでも結構ですから情報をお持ちの方は、提供下さい。

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2003/6/12(読売新聞)
「セイシン」社長らに逮捕状

イランに不正輸出容疑 北朝鮮ルートも解明へ

 工学機器メーカー「セイシン企業」(本社・東京都渋谷区)が、ミサイル開発に
転用できる粉砕機「ジェットミル」をイランに不正輸出していた事件で、警視庁公安部は12日午前、同社の植田玄彦社長(68)と同社役員ら計5人が組織的に関与していたとして、外国為替及び外国貿易法違反(無許可輸出)の疑いで5人の逮捕状を取った。午後にも逮捕する。同社は1994年、北朝鮮にジェットミルを無許可輸出していたことも判明しており、公安部は逮捕を機に、米国が「悪の枢軸」と名指しした2国への不正輸出の実態解明に全力を挙げる。

 調べによると、植田社長らは99年5月と2000年11月の2回、国際的なガイドライン「ミサイル関連技術輸出規制」(MTCR)で輸出が規制されている粉砕機「ジェットミル」2機と付属機器を、通産大臣(当時)の許可を得ずに、イランの軍需企業と工科大学の軍事研究機関に輸出した疑い。1台約2000万円で輸出されていた。
 同社は輸出の際、外為法が一定の性能以下の民生用ジェットミルを規制対象外としていることに目を付け、税関に「性能が低く規制対象のものではない」と申告し、虚偽の性能評価書も一緒に提出していた。

 輸出先のイラン企業は、イランのミサイル開発に関与している疑いが持たれ、経済産業省が懸念先企業をリスト化した「外国ユーザーリスト」に入っている軍需企業グループの一つ。工科大学は西側情報機関からミサイル開発疑惑を指摘されていた。

 セイシン企業は、植田社長が68年に創業。ジェットミル開発の分野ではトップの実績を持ち、従業員数は約250人。公安部は昨年12月と今年2月の2回にわたって、同社の本社などをイランへの不正輸出の容疑で捜索していた。

 この捜索で見つかった資料を分析した公安部は、北朝鮮の核問題で朝鮮半島の緊張が強まっていた94年春、同社が北朝鮮にジェットミルを不正輸出していたことを突き止めた。すでに時効を迎えているが、この不正輸出の際、ジェットミルは、貨客船「万景峰(マンギョンボン)’92」号で北朝鮮に運ばれたことも確認されており、公安部は、取引の経緯などについて詳しく調べている。

ジェットミル
 ノズルから噴射される高圧気流で固体をミクロンレベルにまで粉砕することができる機械。医薬品やコピー機のトナー製造など民生用として使われる一方、ミサイル推進薬の原料「過塩素酸アンモニウム」を粉砕することで、ミサイルの飛距離を延ばすこともできる。国際的なガイドライン「ミサイル関連技術輸出規制」(MTCR)の対象で、輸出には経済産業省の許可が必要。

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金正日の容態は?

 皆さんもごらんになったと思うが、金正日の容態はどうなのだろうか。私は医学の専門家ではないので、良くはわからないが、やはり金大中訪朝の時とは、全く雰囲気が違うことは確かである。
 まず、笑顔が硬い。わざと硬くしているのではなく、そのまま硬いようである。北朝鮮住民に対しても笑顔がなかった。
 頬がこけている。テレビの映像でもはっきり見える。
 首に皺が多く見える(老化現象にしてはまだ若いはずだが)。
 左手をほとんど動かさない。拍手の時に、左手を少しあげた程度である。ノ・ムヒョンとの握手も右手だけであった。これは、金大中の時には、両手で力強く握手していたものと全く違う。
 ノ・ムヒョンを迎えた時の立ち姿が、右肩が下がっていた。ぎこちない動きである。
 さらに、立ち姿の時の両足の幅が異常に広い。体を支えるためにふんばっている様子である。
 ノ・ムヒョンを迎えたときに、一歩も前に出なかった。それは、金大中の時と全く違う。
 腹の出方が異常である。ビール腹というようなものではなく、胃の辺りの上腹が病的に突き出ている。
 まぁ、ざっと素人で判るのはこの程度だろうか。専門家が見ればもっとわかるだろう。早く見解を聞いてみたい。今晩の歓迎晩餐会も欠席である。次に出てくるのは、明日の首脳会談、アリラン祭とノ・ムヒョン大統領主催の晩餐会のようである。今から楽しみである。(いうまでもなく、南北和解のエセ・セレモニーを歓迎しているわけではなく、もっぱら金正日の容態と後継者問題への関心から、金正日が生で出てくる映像が実に貴重だからである)

若宮清逮捕

 二瓶女史に続いて、若宮清も逮捕とは。。。若宮清も、拉致問題で怪しげな動きをした人物。なんで、同じように拉致問題を取材をしていたフリー・ジャーナリストが、相次いで逮捕されたのだろうか。それもなんだか、詐偽とかストーカーといったつまらない犯罪で。
 この調子だと、近々真鍋も荒木も逮捕されるかなぁ。それも軽犯罪法違反とかの微罪で。ストーカーはカッコ悪い。どうせつかまるなら、治安維持法とか国家転覆罪とかでつかまればまだ良いが。。。


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サンスポ 

知人女性宅の玄関に汚物…“ナゾ”のフリージャーナリスト逮捕

 フリージャーナリストの若宮清氏(61)=写真=が、30歳の知人女性が住む都内マンションに無断で立ち入ったとして住居侵入の疑いで警視庁に逮捕されていたことが1日、分かった。若宮氏は1983年にフィリピンで起きたアキノ氏暗殺事件の目撃者で知られ、北朝鮮の拉致問題でも一時暗躍するなど“ナゾ”の人物。知人女性の玄関先に汚物をまくなど、ナゾのストーカー行為をしていた疑いがあるという。

 フィリピンや台湾、韓国などの要人たちとの怪人脈を誇り、日朝の非公式折衝のパイプ役にもなった。衆院選の出馬歴やラジオパーソナリティーを務めたこともある奇々怪々の若宮容疑者。だが現代史とはおよそ無関係な“奇行”がもとで、逮捕されてしまった。

 世田谷署の調べでは、若宮容疑者は7月20日午前5時ごろ、世田谷区内の女性会社員(30)が住むマンションに無断で侵入した疑い。女性が同日、玄関の郵便受けに汚物が入ったポリ袋が入っているのを発見。同署に被害届を出した。

 同署は9月25日、成田空港にいた若宮容疑者を逮捕した。若宮容疑者はこの女性に交際を申し込んで断られており、ストーカー行為の疑いもあるとみて調べている。

 若宮容疑者は調べに対し「何も言いたくない」と黙秘しているという。

 若宮容疑者が初めて世間で脚光を浴びたのは1983(昭和58)年8月。フィリピンのマルコス独裁政権時代に国民的人気を誇った反体制派指導者、ベニグノ・アキノ元上院議員が米国から帰国した直後にマニラ空港で射殺された。若宮容疑者は同じ便で同行取材しており、暗殺現場に居合わせた。

 トレードマークのヒゲ面にパーマ頭でテレビに出まくり、翌年からはニッポン放送のレギュラー番組も。昭和61年の参院選ではサラリーマン新党の公認候補となりながら取り消された。その後、平成5年に日本新党、8年には民主党から衆院選に立候補したが、いずれも落選した。

 次に名前が取りざたされたのは2003(平成15)年12月。自民党の平沢勝栄衆院議員(62)と北朝鮮高官との非公式交渉が北京で行われた。北朝鮮の拉致問題解決に向けた会談だが、この仲介者として若宮容疑者が登場。交渉にも同席した。当時、平沢氏の事務所の名刺を持って行動していたという。

 その次の“お騒がせ”がストーカー疑惑とは…。

★公式HPに記された肩書、平沢事務所などが否定

 若宮容疑者の公式ホームページでは「衆議院議員中川秀直海外担当顧問、平沢勝栄事務所顧問」などと記されているが、両氏事務所は1日、これを否定。平沢氏の事務所顧問、荒井昭氏(75)は「本人が名乗っているだけだろう」としたが、出入りがあったことは認め「平沢氏と二言三言話す程度だった」と説明。中川氏の事務所でも秘書が「そういう事実はない。非常に迷惑な話」と不快感を示した。

 先月26日には都内不動産売却をめぐる詐欺未遂事件で、東京地検特捜部が女性フリージャーナリストの二瓶絵夢容疑者(31)を逮捕。この二瓶容疑者も04年4月に平沢氏と山崎拓前自民党副総裁が北朝鮮高官と接触した際、現地で取材していた。平沢氏の北朝鮮交渉に関わったジャーナリスト2人がくしくも相次いで逮捕された形だ。

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October 01, 2007

金正日の後継者は金正男?

 本日の『週刊現代』に、金正日の後継者が金正男になるという記事が出た。記事の中での日本の公安関係者の弁によれば「金正男を支えている5人の有力者によって、新体制が発足する」ということだそうだ。5人の名前は記されていない。
 現在の実力者は、統一宣伝部長の金養建や金己男中央委員会秘書、カン・サンチュン書記室長などの名前が挙げられているが、実際にどうなのかは判らない(判ったら奇跡!!)。
 さて、肝心の金正男が後継者として指名されるかどうか。未だに「される」「されない」の両方が飛び交っている。いずれにせよ、明日からの南北首脳会談とりわけアリラン祭の時に、どのような人物がノ・ムヒョン大統領を接待するかが当面のポイントである。

タイ人女性たちによる北朝鮮における日本人の目撃情報について

 下記は、タイ人ホステスがピョンヤンで日本人らしき人物を目撃したとの証言について、本日の調査会での記者会見で発表したもの。
 記者会見でも述べたが、特に木村かほるさんについては、ご家族の記憶によると「本人は子どもの頃からキャンディが好きで、看護師になっても、子どもやお年寄りにキャンディを配っていた」ということである。タイ人ホステスの証言と一致する人物像である。
 残念ながら、この証言をもって、タイ人が目撃した女性が拉致された被害者であると断定はできないものの、今後ともさらに調査を進めていく価値は大いにあると思う。
 いずれにせよ、こうした証言を集めていくことによって、少しでも特定失踪者の手がかりが掴めていくことを期待している。
 ちなみにタイ人ホステスの拉致事件についての詳細は、『週刊文春』の2006年6月29日号に掲載されているので、是非参考にしていただきたい。

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北朝鮮における日本人の目撃情報について
平成19年10月1日
特定失踪者問題調査会

 1982年7月、タイのバンコックにおいて、10名のタイ人女性が、「山田」そして「小林」という日本人名を名乗るいずれも40歳代の男性で、北朝鮮工作員と思われる複数の人物により、騙されて北朝鮮に拉致された。その女性たちは、ピョンヤンの普通河ホテルの近くにあるレストラン「安山館(もしくは、安山閣、鞍山館、鞍山閣とも記述される)」において、同レストラン内のクラブのホステスとして従事させられた。その7か月後の1983年2月頃までに,全員無事にタイに帰国した。
今回、タイにおいて調査を進めた過程で、そのタイ人女性10人のうちの2人と面会が可能となり、彼らから北朝鮮における新たな日本人の目撃証言が得られた。その概要は次のようなものである。

 「私たちがタイのバンコックから騙されて北朝鮮に連れていかれた時、最初の二ヶ月間は海岸沿いにある招待所に軟禁された。そこで、毎日午前中の二時間は日本語の教育を受けた。日本語以外の授業はなかった。日本語の他に、日本の文化や風習も教えてくれた。日本語などを教えてくれたのは40歳から50歳ぐらいの中年の女性で、顔つきも日本人のようだった。身長は150センチ台で、色白、丸顔で、髪の毛が短かった。非常に日本語がうまく、日本語も漢字やひらがなをスラスラと黒板に書いていたので、日本人であると思う。彼女は『結婚して20歳ぐらいの子ども(性別不明)がいる』と言っていた。性格は優しい方で、キャンディなどをもらったことを覚えている。名前は記憶がない」

 この面会の際、特定失踪者の写真を見せたところ、「木村かほるさんか、荒井セツさんに似た感じである」との証言を得たが、これ以上の確証を得られるものではなかった。
 しかしながら、当該の日本語を教えた女性が、日本語のみならず、日本の文化や風習も含めて知識を持っており、しかも、特定失踪者の女性と類似しているとの証言からすれば、彼女たちの教育係として、拉致された日本人女性が従事させられていた可能性は否定できないと認識するものである。

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