« がんばれ!!柳澤寿男さん | Main | 「救う会的なるものの再興」続き »

May 15, 2008

「救う会的なるもの」の再興

 ご存知のように『政治的なるものの再興』は、シャンタル・ムフの名著である。それをもじって「救う会的なるものの再興」を考えてみたい。

 昨日、UIゼンセン同盟本部会議室で「今後の拉致被害者救出運動に関して」として、荒木和博特定失踪者問題調査会代表の講演と討論集会が開催された。荒木代表による大胆かつ重要な問題提起だったのだが、今後の救出運動にどのような影響をもたらしていくのかは不透明である。

 さて、「救う会的なるもの」という表現は、左翼の側から救出運動を批判するときに使われる用語である。その批判の多くはイデオロギー的な観点からであり、右翼だとか、強硬派だとかというレッテルを貼るだけのもので、たいして意味はない。私がこの用語を使う意味は、「救出活動の原点を思い興そう」ということである。

 11年前に「救う会」を立ち上げたときの「救う会的なるもの」は次のような感じだった。
・純粋に拉致被害者を助けたいという思いで集まった。
・少数の思いがある人が自主的に集まった。
・カネはなし。
・組織もなし。
・地位も名誉もなし。
・マスコミからの注目もなし。
・政府からの支援もなし。逆に、政府批判をバンバン行った。

 つまり、世間からの冷たい視線や政治家・官僚あるいはマスコミの無視にもかかわらず、何とかしなければ、という思いだけで活動を始めたのだった。
 それが、9.17でまさにパラダイム的転換が起こった。

・カネは集まる。
・人も集まる。
・組織もどんどんできる。
・名誉も与えられた。
・マスコミはスクラムしてやってくる。
・政府関係者からはフランス料理に誘われる。総理とだって電話一本でつながった!?

 この転換は、ある意味では歓迎すべきものだったのだが、結果的には、今日の悲しむべき状況を生んでしまった。

・初期のメンバーはちりちりばらばらとなり、相互不信を産んだ。
・運動に権力的な方法論が取り入れられた(除名問題がその例)。
・無理な動員による集会を求めるようになった(3000人でなければどうして失敗なのか?)。
・何よりも、「政府との一体化」というナマコとナマコの結婚のような状態(つまり何が何だか判らないというもの)を産んだ。

 この悲しむべき状況が、拉致救出運動が暗礁に乗り上げることになった一つの要因でもあると思う。

 さて、冒頭のシャタル・ムフは、政治と社会との関係性をアゴーン(言論による闘争の場)として、互いに自由で平等的関係を保つ中で、相互に建設的批判を行うことが大切だと訴えている。彼女は左翼の大御所ではあるが、イデオロギー的立場の違いは置いておいても、政治的権力と国民運動・社会運動との関係性のあるべき基本的な姿勢を示唆していると思う(これを彼女はヘゲモニー闘争と呼んだ)。
 「救う会的なるものの再興」に、関係者が互いに自由に討論を重ねていくことが必要なときになったと思う。