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June 15, 2008

日朝実務者協議のなぞ

 今回の実務者協議の前に、「数人の拉致被害者(政府認定以外)の帰国の用意」という一部の報道があったため、私自身、何か具体的な名前が出るのではないかと半分期待しつつ、半分は「いつもと同じだろう」と期待しない気持ちが交錯した。結局は「再調査」と「よど号帰国」ということをもって、経済制裁を一部解除するという内容で日朝が「合意」したということだった。「大山鳴動ねずみ一匹」であった。

 北朝鮮を相手にしての交渉だから、斉木局長の交渉手腕を「堕落した」などと批判してもしかたない。斉木局長に福田首相が全権を委任しているわけではないし、手かせ足かせをはめられた上での交渉なのだから。この点では、結局のところ、官邸がどの程度の「覚悟」をして、斉木局長に交渉にあたらさせたのかが問題の核心部分である。今回の交渉の経過を眺めると、官邸周辺における「融和派」の勝利ということであると思う。でなければ、こんな合意内容で、あれだけの経済制裁の解除をするような「過剰サービス」をすることはないだろう。
 もっとも、今回の交渉結果にイライラするのは、それだけの「過剰サービス」をしなければ、「再調査」という北朝鮮の姿勢の転換を獲得することができなかったということである。もしそれをソン・イルボ側に提示しなければ、彼とて北朝鮮に帰れなかっただろう。

 さて、今回の日朝交渉について、いくつかのなぞがある。

 一つ目は、交渉の事前に出された多くのリーク報道である。とりわけ、前述の「拉致被害者数人の帰国準備」という報道は、誰によるリークなのか、リークは何を意味するのか、そして、その内容が真実なのか、ということである。しかも、この報道をすぐに官房長官が否定したというのはなぜなのだろうか。官房長官がこの情報を知らなかったためなのか、知らされていなかったためなのか、それとも知っていてウソをついていたのだろうか。

 二つ目。斉木局長が帰国してすぐに、「経済制裁一部解除が決定」ということが発表されたが、いつ、どこで、誰が、どのように「決定」したのかが曖昧なままである。中山首相補佐官が異例の「もっと慎重にやるべき」といった発言をされたことは重要である。本来は閣議で決定あるいは承認すべき事項であろう。この段取りの良さは、斉木局長が帰国以前に、いやその前から、このシナリオが作られていたのではないかという推測の正しさを示すのではないか。

 三つ目。その段取りのよさを示すのが、新潟ではすぐに万景峰号の寄港準備が始められたことである。経済制裁の解除の「決定」が発表される前からの動きである。つまり、この政策転換は、事前に北朝鮮側でも想定していた可能性を示すものである。すでにこの合意内容は、日朝ともにある程度「決定」していたのである。だからこそ、「拉致被害者数人の帰国」といった、日本側が飛びつくようなエサとなる情報を、米国経由で交渉の前に日本側に流したのではないだろうか。

 四つ目。今回の交渉の経過や経済制裁解除の決定にあたっては、中山首相補佐官が「はずされていた」のはなぜか、ということである。調査会はいつも「はずされている」からそんなに不思議ではないが、中山首相補佐官までもが、この重要な局面で「はずされていた」のである。それが意味するものは何か。

 五つ目。「救う会」が静かなのが不思議である。これだけ大きな政策転換に対して、「見守る」という姿勢を表明しているだけである。調査会はいつも「うるさい」から、今回も「あーでもない、こーでもない」と意見表明をしているのだが、「救う会」は静かである。なぜ?


 これらの「なぞ」も、「再調査」というものが今後どのようなものになるかによって、明らかになってくるだろう。それは、NHKの報道によれば、30日あるいは60日以内で、何らかのものが見えることになるとのことだ。