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2 posts from June 2010

June 14, 2010

陶片追放型政治


 澤田典子著『アテネ民主政』(講談社、2010年)という本を、たまたま本屋で見つけて読んだ。アテネ民主政については、ソクラテス、プラトンそしてアリストテレスといった賢人たちの言説へ目が行きがちだ。それが、同書は「命をかけた8人の政治家」という副題のように、日ごろあまり関心を持たれない、アテネの政治家(ストラテゴス)の運命について詳細に記載されていることで、大変面白く読ませてもらった。
 同書で、丹念に追っているのが「陶片追放(オストラキスモス)」だ。世界史で必ず出てくるので、説明は不要だと思うが、要は「仇敵を叩き落とすための合法的人民裁判」である。同書で現れてくる名政治家たちも、この「陶片追放」で仇敵を叩き落として最高権力者となる。そして、その当の本人が新たに表れた仇敵によって「陶片追放」されることの繰り返しだったという。
「陶片」で告発された政治家は、栽判で身の潔白を訴える。しかし、仇敵による陰謀やら政策の失敗に対する悪感情などによって支配された市民が、投票で「死刑」もしくは「無罪」の投票をする。それも、わずか数時間の間の裁判だったという。だから、アテネ時代の政治家たちは、「告発」された時に備えて、命がけで政治を行ったのだった。
 さて、7月11日に参議院選挙が行われることになった。今度は、菅直人新政権への国民の信任が問われる。鳩山政権が崩壊したのは、普天間基地問題はもとより、鳩山元首相と小沢元幹事長の政治資金スキャンダルが大きな要因となった。ご両人とも身の潔白を主張していたものの、「国民世論」を語るマスコミによって告発されて支持率が急落し、そして最終的に「辞任」という形で「陶片追放」された。
 小泉政権後は、安倍、福田、麻生そして鳩山と短期政権が続いたが、いずれも鳩山政権と同様の、現代版かつ日本型「陶片追放」のプロセスを示している。政治家自身の政策の失敗そして政治的スキャンダルは、政治家にとってつきものである。それらは、政治家についてまわるというよりも、政治家の周囲によって作られる。ゆえに、「陶片」による告発に対して、いくらご自身が身の潔白を訴えたところで、追放の憂き目にあうわけである。
 こうしてみると、現代の日本の政治には、アテネ時代の「陶片追放」という方法論が現代にも脈々と生きていると考えられる。つまり、日本の政治は、アテネ時代と比較しても、何も成長していないということである。さらに、現在の日本の政治家とアテネ時代の政治家と異なるのは、日本の政治家の「命がけ」は口先だけで済むが、アテネの政治家たちは、文字通り「命がけ」だったことであろう。

June 10, 2010

タイにおける反政府運動と地方格差

 2010年3月末から、タイ国内で再び大規模なデモが発生し、5月下旬までそれは続いた。4月10日には、日本人記者を含むデモ隊や兵士などが20名ほど死亡する悲惨な状況になった。4月22日には、日本人が多く訪れるタニヤ地区の近くで爆破事件も発生して、多数の負傷者が出た。これまでになく激しい反政府デモになった。
 デモの主体はUDD(反独裁民主統一戦線)という元タクシン首相を支持するグループであり、いわゆる「赤シャツ」と呼ばれている。昨年9月にパタヤで開催されたASEAN会議に乱入したのと同じグループである。対する反タクシン派は黄色いシャツを着て、2008年11月に首相府や国際空港を占拠した事件を起こしたことは記憶に新しい。
 この両派の闘争は、タイ国内の経済格差を背景にしている。タクシン派はタイの北部そしてイサーンと呼ばれる東北部といった貧困地域を拠点にしている。対する反タクシン派は、バンコックを中心とした比較的裕福な層を支持母体としている。
 どちらも、表向きの活動は民主主義を謳うことと抗議行動の形態が似ているから、政策の区別がつきにくいのだが、彼らの置かれている背景が異なっている。タクシン元首相は、農村部への「ばらまき政策」によって、タイの貧困層の支持を集めた。そして、マスコミを傘下に置き、独裁的な統治を進めていった。そして、軍隊など既得権益組が握っていた権益を奪おうとしたために、都市部の富裕層や中間層の反発を招いたのだった。それに対して、「黄シャツ」グループは富裕層や軍隊などの支持を得て、タクシン政権とその後継政権を転覆させたのだった。
この結果、タイでは北部・東北部連合対中部・南部連合という構造が、地域的に明確にできあがってしまった。そして、所得階層的には、貧困層対中間層・富裕層の対立という構造がそれに加わった。タイの相次ぐ騒乱事件は、こうした国内の構造的格差による対立を背景として持っているために、容易には解決しない。
 この構造的な国内対立を解消するために、歴代タイ政府の政権は、地方分権を謳って国内の地域間所得格差の是正策を講じようとしてきたが、いずれも失敗に終わっている。タイでも地方分権改革(区制度や首長の直接投票など)が続けられているものの、地方制度を多少修正しただけでは国内の対立構造が解消されないのである。皮肉なことに、タクシン元首相が、地方分権と南北格差の解消を謳って農村部に手厚く「ばらまいた」結果が、タイ国内の対立構造をより強めてしまったのであった。
 このように、国内の経済格差を是正していくというのは実に困難な道である。そしてそれを解消しようとして安易に財政的な「ばらまき政策」を実行したところ、かえって政治的抗争を生んでしまう結果を導いたというのが、タイの事例から見える反省点である。
 地域間格差を是正するためには、「ばらまき政策」ではなく地域産業を興して雇用の場を確保するという、地道な政策を根気強く進めていくしかない。もちろん、そうした地道な政策で成功するとは限らない。いわゆる「バイパス現象」(肝心の貧困部を素通りするだけで恩恵がない現象)を生みがちである。しかし、個人に現金を配る政策よりは、地域の自律性や自立性を高めていくことにつながるだろう。「ばらまき政策」は、一時的なカンフル剤になったとしても、国民の政府への依存症を強めるだけである。麻薬と同じで、効果が切れればさらにそれを求めるようになる。タイの「赤シャツ」の過激な行動は、その典型的な事例とも言える。
 もっとも、タイの北部や北東部は、長年にわたってタイ国内で差別的に扱われてきたのも歴史的事実である。現在でも、イサーンというラオ(ラオス)やクメール(カンボジア)文化の伝統が残っている北東部の住民への、バンコクなどの中心部の住民による蔑視的感覚は強く残っている。経済的な南北格差に加えて、民族的差別意識がそれに輪をかけているのがタイ国内の実態なのである。
表向きでは「微笑み」や「癒し」のイメージが強いタイではあるが、国内的な地域間の紛争は実に根深いものがある。その対立と分断の拡大を防いできたのが、タイ王室の存在であった。しかし、現国王が高齢で病気となったタイは、国内の分裂の危うさを増してきているのである。つまり、歴史的に国王の権威に頼るがあまり、地方分権を進めて地域間格差を是正することを怠っていたツケが、今頃になって深刻な影響として現れてきたとも言えるのである。
 

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