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November 27, 2010

暴力装置

  仙石官房長官が国会で「自衛隊は暴力装置だ」と発言したことから、参議院での問責決議案が出されて11月26日に可決した。別に仙石官房長官を擁護するつもりはないが、暴力装置という言葉の意味を改めて考えるよいきっかけを与えてくれた。
 自民党やマスコミの一部では「暴力装置とは左翼用語であり、自衛隊違憲論者がかつて使用していた言葉を、こともあろうに政府の官房長官が使用するとは何事か。自衛隊を愚弄するものである」といった趣旨の批判が繰り返された。確かに、暴力装置という用語は、戦後どちらかというと左翼陣営に属する人たちによって多用された。その言葉の本来の意味を、彼らなりにイデオロギー的に置き換えて使用したのだった。つまり、「自衛隊は暴力機関であって、国際紛争を解決する手段としての暴力を否定する憲法に違反する」というものである。そうした解釈をして政治運動的に多用したのだった。
 ところが、暴力装置という言葉は、決して左翼の専売特許ではない。本来の意味は、「国家間あるいは私人間の紛争を解決するには、暴力が必要な場合がある。その行使に当たっては、国家機構すなわち軍隊あるいは警察などがその暴力の行使を独占する」という意味である。私人間で喧嘩が発生した際に、近代以前では「果たし状」による「決闘」というものが合法的な手段として認められていた。そうした私人間での暴力の行使をやめさせ、私人間の紛争の解決のために、警察、裁判所、そして監獄といった国家機関に対して、国家の名のもとに強制力という暴力の行使を認めたということである。日本では、警察官と自衛官にのみ拳銃の所持と使用が認められているのはそのためである。このように、暴力装置という言葉の本来の意味は、左翼用語とは全然異なるのである。
 今回の「騒動」は、仙石官房長官の左翼的経歴から発生したわけである。その「騒動」について、別にコメントするつもりはないが、この「騒動」によって、暴力装置の本来の意味が、かえって左翼用語に置き換えられてしまうことになっては残念である。

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