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12 posts from January 2011

January 29, 2011

今日の格言

「哲学の旨とするところは、自分の本来の限界を誤認する理性のまやかしを発見し、我々の概念を十分に解明して、思弁の自負を控えめにでしかも根本的な自己認識へ引き戻すにある」

イマニュエル・カント 『純粋理性批判』(下)岩波新書、p.36より

January 12, 2011

地方議員の定数削減は正しい選択か

 公明党が12日、地方議員の削減を求めた「地方議会改革案」というものを発表したそうだ。選挙前になると、こうした有権者にウケの良いことを提言するわけである。
 もうそろそろ地方議員の定数削減というものを見直すべきではないだろうか。なぜならば、ただでさえ合併で地方議員の数が減っているのに、現状以上にさらに地方議員の定数を削減すると、かえって住民に不利益をもたらすことにつながりかねないからである。
 住民の不利益というのは、議員の数が減れば、それだけ住民との関係性が薄くなることである。多種多様な住民要望を、少数の地方議員でこなしきれるのかという問題がある。議会とは、様々に異なる価値観を持った議員が、議会で議論をしていきながら政策を決定していくということが大切なのである。
 議員の数が減ると、議会に設置される委員会などでは、数人の委員だけになってしまい、議論する余地も無いような決まりきった委員会の討議になってしまうのである。議会での政策決定には、異論、反論というものが飛び交う中で、一定の合意をみていくことが大切なのに、異論も無い、反論も無いような議会になっては、議会改革に反するのである。
 議員が減れば、議員一人当たりの住民が当然増加していく。地方議員もスーパーマンではないから、一人の議員が把握できる住民の数には限界がある。農村部にいけば行くほど、農村部を代表する議員の数が減っているのが現状だから、都市部の住民の要望ばかりが議会に反映されるという深刻な状況も各地で発生している。こうした意味での、市町村内格差というものが広がっているのである。
 「地方議員は税金ドロボー」といった住民の地方議会への不信が、議員定数の削減や報酬の削減要求というものにつながっているのだが、その勢いに押されるままに、議員定数を減らしていったり、闇雲に報酬を減らしていくと、本当に有能な人物が、地方議員になろうという意欲すらなくなってしまうだろう。
 そうなれば、公明党のような巨大な宗教団体をバックに持つ候補者、労働組合をバックに持つ候補者、そして、ヒマな資産家しか議員にならないし、なれなくなるだろう。これはほんのわずかな者だけで政策を決定する「少数決民主主義」と呼ばれているものになるし、特定の団体の意向しか反映されない擬制民主主義になる。これは、議会制民主政にとって好ましいものでは決してない。
 本当に、住民はそれでいいと思っているのだろうか?

道州制に反対する

 経済同友会が、道州制の導入を提言したという。私は、ことあるごとに道州制の導入には反対してきた。ますます経済界を中心に、道州制の導入を求める大合唱が発生しそうなので、改めて反対の意見を記しておきたい。
 今回の、同友会の提言は下記のようなものだ。

 「地域主権による経済活性化を実現するため、明治維新から150年になる2018年に道州制を導入し、国は
外交・国防や通商などに専念する。」

 このように、経済界の視点は、もっぱら地方分権というよりも、経済合理性を追求しての経済活性化である。もちろん、疲弊した地域経済を立て直すことは重要な課題だが、それを道州制とリンクしたものにすることに、私は反対するのである。
 第一の理由は、道州制は地方分権という観点からは幻想に終わるということである。道州という巨大な自治体ができれば、その傘下に組み込まれる市町村にとっては、現行の都道府県よりもさらに巨大な政府が上にのっかることになる。地方分権は市町村の力を増すことが大切なのに、それに逆行するのである。
 地方分権とは、いかにその「権限」というものを末端が担うか、ということで成立するものである。つまり、現行の制度で言えば市町村である。市町村の力を阻害してしまうような「道州制」は本末転倒である。
 第二の理由は、道州内の集権化が進むということである。例えば、東北州となれば、州都は仙台になるだろう。仙台は東北州の州都としてさらに発展をするかもしれない。しかし、他の青森、秋田、山形、岩手、福島といった各県は、その州都に政治的にも経済的にも依存することになる。州都の仙台は栄えても、ますます他の地域は疲弊していくことだろう。
 第三の理由は、地方自治の実現のためには、住民と地方政府がより「身近」なものでなくてはならないということである。道州制を採用したならば、これまでの都道府県以上に、住民にとっては「縁遠い」政府になってしまうだろう。州知事や州議会議員に会ったことも、話したことも、果ては名前も顔もしらない人たちを選挙していくことになりかねない。ますます、地方自治が住民から離れていってしまいかねないのである。
 以上のような理由で反対する。
 もちろん、国政と地方政治との役割分担の明確化という点は賛同できるが、それだけであるならば、現行の都道府県でも十分に担えるのである。
 一歩譲ったとして、現行の都道府県の権限や役割が弱いというのであれば、もっと権限の移譲を進めたり、あるいは都道府県の合併を考慮すればよいのではないかと思う。
 付言すれば、地方自治の新しい形をつくっていくならば、住民の側からその「形」についての賛否を問うべきだろう。新しい仕組みを作ること、すなわち立憲段階においては、住民の合意すなわち意思というものを確認すべきなのである。間違っても、地方分権を中央集権的に造っていくような矛盾した方法論を採用すべきではないと思う。そんなことをしていると、いつまでたっても中央依存型の実質的な地方自治の姿は変わらないのである。
 また、経済界の道州制を提言する本当の思惑は、新しい州都などの建設にともなう公共事業の拡大を望んでいるのではないかと思う。それはそれで、地域経済の活性化へのカンフル剤にはなると思うが、一過性のものになってはしまわないだろうか。他の「光の道」建設やエコの観点からの都市環境整備など、新しい公共事業の開発に経済界としては力を入れたほうがより現実的なのではないだろうか。
 少なくとも、道州制を導入すれば地域経済が活性化する、といった「風が吹けば桶屋が儲かる」式の幻想を持ったり、ばら撒いたりしないほうが得策だと考える。

不登校児への対応策 タイの事例

 タイを旅する中で、在タイ邦人の方から興味深い話を聞くことができた。それは、不登校になっていた日本の高校生が、タイのチェンライにあるインターナショナル・スクールに「転校」したところ、非常に溌剌とした生活を取り戻し、将来タイの大学に入学するようにまで前向きの人生を取り戻している、という内容のものだった。
 幸いその高校生の親戚がチェンライに滞在していたので、その家に身を寄せながら、学校に通っているとのことである。
 タイというノンビリとした環境が当該の高校生に、かなりフィットしたのだろう。窮屈な日本の高校生活から解放されて、自分自身を取り戻すことができたのだろう。
 こうしたケースが全ての日本の不登校児童に適応できるかどうかは疑問である。それに、小学生や中学生の場合だと、少々難しいことだろう。だが、高校生や大学生であるならば、可能な方法論であろう。
 もしそうしたことができる環境にあり、また経済的にも余裕がある家庭であるならば、大いに推奨したい方法論ではないかと思う。幸いなところ、タイのチェンマイやチェンライには多くの日本人がロングスティしているし、その中には教育関係の仕事に就いていた方も多い。そうした方々の協力を得ながら、日本で不登校になってしまった児童や学生に、タイで生活してもらうことで自分自身を取り戻してもらうことは可能だろう。
 私自身は、今、日本・タイ児童支援の事業をタイで細々進めているが、こうした事業も始めてみたいと思う。

なぜタイ人はタイ人の拉致問題に関心を持たないのか

 タイにしばらくぶりに滞在して、改めて、なぜタイ人はアノーチャさんの拉致問題に関心を持たないのか、ということについて考えさせられた。それにはいくつかの理由が考えられる。

・北朝鮮はタイ人にとって、遠い国の話であり、リアリティがない。多くの国民は北朝鮮と韓国の違いもよくわからない。
・タイ国内には、多くの悲惨な状況がある。実際に悲惨な状況は田舎に行けば行くほど存在する。
・人権という概念への認識が弱い。「温情」という言葉を政府関係者はしばしば使うが・・・。
・政府、ジャーナリスト、研究者はそれぞれの持分に忙しい。彼らのもっぱらの関心事項は、次の総選挙の行方であることは、日本とあまり変わらない。
・タイは階層社会(門閥、学歴、職業など)であり、階層の低いアノーチャさんの問題に、エリート層の関心は弱い。
・アノーチャさんの事件は、失踪と家族との別離という点では悲惨だが、タイよりも北朝鮮で良い生活をおくっていたとされることで、国民の間にあまり共感ゆ同情を呼ばない。
・マカオでの事件だけに、タイ国の主権侵害も微妙な問題である。
・タイ人の刹那的人生観(今日一日生きていければよい)が反映している。
・北朝鮮の親分の中国の影響がタイでも増大している。

 このように、理由をあげればきりが無いが、ではアノーチャさんの問題解決にはどうすれば良いのか?嘆いても仕方ないので、現状でできる方法論を検討することが大切であろう。
 その時に、考慮すべきことは、タイにはタイの方法論があるはずだという点である。そのためには、まず上記のような日本との環境の違いを配慮することが大切である。日本と同じ考え方と方法論で、問題が解決するかといえば、大いに疑問である。タイ人であるアノーチャさんの拉致問題を解決するためには、日本と同じ方法論は避けることを考えるべきではないだろうか。
 日本と同じ方法論とは、国民を啓蒙して運動を盛り上げ、政府を動かして、なおかつ経済制裁で北朝鮮を追い詰めていくということを意味するが、それはタイにおいて行うとしても時間の無駄で終わる可能性が大である。タイ政府へ期待をしても、日本政府以上に無駄に終わるだろう。
 そうだとすれば、『裏技』を考えることが大切である。『裏技』といっても、下手に裏ルートで金銭トレードをしても北朝鮮を利するだけに終わる可能性は大だろう。さらに、軍事的かつ強制的に『奪還』ということを考えても、とてもタイ政府では無理である。
 そうなれば、『柔らかな帰国作戦』しか残されないことになる。それは、結局のところ金銭を使う方法であろうし、メンツに拘る北朝鮮をスルーさせる方法を考えることになろう。しかも、『帰国』のプロセスには、本人の安全が確保されて、無事にタイに戻れる方法を考えることである。
 つまるところ、残された方法は限られている。その方法論を実行するためには、北朝鮮国内の情報をどれだけ正確に集められるかが最も重要な課題である。

January 10, 2011

タイの難民政策

 タイには周辺国から難民が経済的な理由と政治的理由と渾然一体となって流入してきた経過がある。
 ミャンマーからの難民は、主にミャンマー山岳部の少数民族である。ミャンマーの軍事政権からの攻撃を避けるために、タイに流入してくる。昨年も、タイのメーソットに大量にミャンマーから難民として逃げてきた。彼らは一時的に攻撃を避けるためにタイに入るのだが、攻撃が終わればまた再びミャンマーに戻っていく。その間は、タイ政府も「政治難民」に準じた扱いをしている。互いにもう慣れたものである。
 同じような「政治難民」は、ラオスの共産党政権からの弾圧を恐れてタイに入ってきたケース、カンボジア内戦によってタイに逃げていたケースもある。彼らも順次、それぞれ帰国している。
 タイで深刻なのは、ミャンマーやラオスからの大量の「経済難民」である。難民というよりも「不法入国者」である。不法入国者はタイ国内で逮捕され、本国に強制送還されたとしても、しばらくすれば再びタイに仕事を求めて入国してくる。キリの無い話である。
 タイ国内の道路やビルの建設現場では、こうした「経済難民」が働いている姿をしばしば見かける。合法的滞在なのか、非合法なのかはわからないが、タイ国内の3Kを担っているのが、ミャンマーやラオスからの「入国者」である。タイ人の所得水準が上がるとともに、こうした3Kは敬遠され、隣国の貧困層によってそれが担われるというわけである。いわば、タイにおける「経済難民」は、互いに持ちつ持たれつという関係性になっているというわけである。
 そのためか、バンコックにある移民局の収容所の姿は、日本で想像するのとまったく異なる。都合、10回ぐらい訪問したが、そのたびに、ミャンマー人やラオス人の大量の「不法入国者」がトラックに乗って連れてこられる姿を見ることができる。彼らは手錠をはめられるでもなく、深刻な顔つきの人は稀である。係官もいたってノンビリとしている。
 あるとき、移民局の収容所でたまたま北朝鮮の脱北者がトラックで運ばれてきたときに遭遇した。つたないハングルで彼らに聞いてみたところ、タイに入ってすぐ、ここに連れられてきたといっていた。女性と子どもばかりで、緊張しているようだったが、いたってノンビリであった。旅行者が普通に「不法入国者」にインタビューできるということは、日本では考えられないことだろうが、それができるのである(いつもそうだというわけではないが)。
 「難民慣れ」していない日本では考えられない状況だが、タイでは恒常的に対応をしているし、特別なことでもなんでもないのである。その延長線上に、北朝鮮からの脱北者への対応というものがある。北朝鮮人だからといって特別な対応をするわけでもなく、簡単な取調べをして一定の刑罰に服させた後は、脱北者の望む第三国に送り出すというわけである。
 もし、北朝鮮の崩壊とともに大量の難民が日本に船で押し寄せるといった事態が発生したら、日本政府や国民はどのような対応をするのだろうか。慌てふためいたり、極度に神経質な対応をしたり、果ては排斥運度につながったりとしないように、今のうちに、タイの「難民政策」をよく研究しておくのが良いのではないだろうか。


January 09, 2011

トラブル続きの新年のタイ旅行

 現在、新年のタイを旅行中でチェンマイに滞在中。
 目的は、日本・タイ子女支援活動のため。
 ところが、新年ということもあってか、頭はボケボケで、トラブル続き。
 ・正月に寝すぎたせいか、首筋を痛めて辛い・・・。
 ・成田空港に向かう電車にスイカを落としたまま下車。その回収に冷や汗・・・。
 ・成田空港を出発するときも、コードシェア便ということもあって、カウンターを間違えて並ぶ。係員のお姉さんより、別のカウンターに行くようにと言われたものの、そのカウンターは200メートルはあると思われるぐらいの長蛇の列。
 ・飛行機の中で、キャビンアテンダントのお姉さんに、コップの水をこぼされて、冷たい羽目に・・・。
 ・バンコックの飛行場は大混雑。イミグレを通るだけで2時間。周囲の人たちはブーブー言うものの、係官はノンビリしたもの。
 ・渡航目的である支援金を、銀行からおろすのを忘れたままタイへ。クレジットで出金したところ、手数料が莫大に・・・。
 ・バンコックでうまいマッサージ店に行こうとしたら、新年で休暇中・・・。
 ・バンコックからピサヌローク向けの汽車に乗ろうとしたところ、二時間の遅延・・・。
 ・チェンマイにて美味しいレストランに行こうとしたら、また新年で休み?あるいは倒産?

 トラブル続きの旅ですが、それも旅の味付けかも。
 ともあれ、チェンマイの気候は涼しくて快適です。
 今年の夏には、ピサヌロークのナレースワン大学で、ちょっとした講義をすることになるかもしれません。
 
 

January 05, 2011

ある脱北者の証言

 昨年末、ソウルにてある脱北者と面会しました。その方は、政府職員だった方で、自分の置かれている立場が非常に悪くなったので、脱北したとのことです。いずこの国の官僚組織にもある話ですが、北朝鮮では地位を追い落とされると、文字通り「収容所行き」を意味するのですから、非常に深刻な話です。
 その方は、拉致問題についてはほとんど知らなかったと言われました。北朝鮮では官僚組織が完全に縦割りなので、他の官庁が何をしているのかはまったく情報が入らなかったとのことです。特に『拉致』といった犯罪行為は、秘密の世界なので例え政府職員であっても知る由はなかったとのことです。
 ただし、「聞いた話だが」との前置きの上で、興味深い話をされました。それは、平壌郊外のヨンアクサンという山に連絡所があり、そこで複数の日本人女性(おそらくは拉致被害者)が、工作員に対して日本人化教育を行っていた、というものです。おそらく、そこは例のタイ人女性たちが木村かほるさんと思われる日本人女性に日本語の教育を受けていた場所だと思われます。
 おまけに、その方は、タイ人女性たちが働いていた安山館にもしょっちゅう行っていたとのことです。そこで、確かにタイ人女性と思われる人が働いていたと言われました。
 決定的な話ではないですが、これまでの情報と色々とつながります。

付記
 久しぶりのソウルでしたが、雪も降って寒かったです。北朝鮮の砲撃事件もものかわ、明洞はいつもと変わらぬにぎやかな風景でした。馴染みのお粥店もいつもと同じ。日本人相手のポン引きおじさんも、いつもと変わらずがんばってました。残念だったのは、お気に入りだった喫茶店が閉店していたことでした。
 北朝鮮との関係が難しい時にもかかわらず、こうしたソウルの市民生活がいつもと変わらない状態を、ある人は「危機感が相変わらず無い」と嘆くわけですが、私からすれば「危機にもかかわらず相変わらずタフだな」と逆に感嘆する次第です。
 9.11事件の時、英国でもテロ事件があり、市民の中にも危機感が蔓延した際に、あるロンドン市民がテレビのインタビューで「テロとの戦いは、テロを恐れず市民生活をいつもと同じように続けることだ」と言っていました。なかなか簡単に言える言葉ではありませんが、その通りだと思います。

January 03, 2011

今日の格言

「煩わしいものと大切なものとは裏腹である。どんなに大切なものでも、持ち続けていると煩わしくなるものだ。しかし、煩わしいからといって捨ててしまうことは、大切なものを捨てることと同じである」

眞鍋貞樹の「思いつき熱血講義」より
彼女を振ろうとしている男子学生に対する訓戒

今日の格言

「徒らに経験に矛盾すると言い立て、いわゆる反対の経験なるものを引き合いに出す低俗な態度ほど有害にしてまた哲学者にふさわしからぬ振る舞いはない」

カント 篠田英雄訳 『純粋理性批判』 (中) 、岩波文庫、p.35

January 02, 2011

江戸糸あやつり人形座公演案内 その2

 江戸糸あやつり人形座の公演について、もう一つの公演をご案内します。


演目 火垂るの墓
日時 3月2日から6日
場所 座・高円寺2 JR高円寺駅
    03-3223-7500
出演 結城一糸、結城民子他
問い合わせ 

座・高円寺チケットボックス(月曜定休)
 03-3223-7500(10:00~18:00)窓口(10:00~19:00)
ローソンチケット
 0570-084-003(Lコード:33980)24時間受付
 0570-000-407(オペレーター対応)10:00~20:00
カンフェティチケットセンター
 0120-240-540(受付時間=平日10:00~18:00)


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January 01, 2011

江戸糸あやつり人形座の公演案内

謹賀新年

今年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、本年最初のアップとして、「江戸糸あやつり人形座」の公演のご案内を致します。

演目 壺坂霊験記 茨木
日時 3月17日から21日
場所 「劇」小劇場  下北沢駅南口徒歩3分 03-3466-0020

出演 田中純、結城一糸、結城民子、田中空、田中敬太他
義太夫 竹本綾之助、 三味線 鶴澤津賀花、 ツレ 鶴澤津賀榮
問い合わせ 江戸糸あやつり人形座
電話  042-341-3575
メール acephale-yuki@ace.odn.ne.jp

江戸時代から続く、糸あやつりによる人形浄瑠璃芝居をぜひご観覧下さい。

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