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24 posts from April 2011

April 29, 2011

福島県 南相馬市の海岸

 下記の写真は、4月26日の福島県南相馬市の海岸。


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 自衛隊員があちらこちらで遺体の捜索活動をしていた。
 人海作戦で機材も使わず、がれきなどを手作業で整理しながら捜索していた。
 彼らが歩いた足跡が、きれいに並んで、津波の跡の土砂の上に残されているのが印象的だった。


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 上の写真は、川ではない。防波堤が流されたため、海水が入ってきて小さな湾のようになっている。

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 高さ5メートルはある防波堤。
 きれいにカットされたように崩壊していた。
 ここから、南相馬の町に津波が入って行った。
 海岸にあるはずのテトラポットが、海岸からはるか奥にまで転がっていた。

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 だれかが流された木像を置いていた。思わず拝まざるを得なかった。


福島県新地町の火力共同発電所

 下の写真は、福島県新地町にある火力共同発電所の被害状況。
 石炭火力発電所だが、石炭を港から運ぶベルトコンベアーが崩壊している。
 港には大型貨物船が座礁したまま。
 おまけに、船から石炭を積み上げるクレーンが2基傾いている。
 復旧には相当の時間がかかりそうだ。
 福島第一原発「事故」ばかりクローズアップされているが、他の発電所も相当のダメージである。
 「原発はいらないが、電気はほしい」という矛盾した要求を解決するのは相当困難であることが、こうした他の発電所の状況を見ることでわかる。

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April 25, 2011

拓大出身・現役学生たちの統一地方選挙結果

 私が勤務している拓殖大学大学院地方政治行政科という大学院は、地方政治家や地方行政マンあるいは地域のNPOなどで活躍する人材などを育てることが設立の趣旨である。
 現在、設立して3年目になるが、早くも、卒業生と現役生の6名が、今年の統一地方選挙で挑戦した。

 結果は、4名見事に当選。
 千葉県議会議員   2名当選(元職1名、新人1名) 
 宇都宮市議会議員 1名当選(現職)
 千代田区議会議員 1名当選(新人)

 残念ながら2名落選。
 文京区議会議員  1名落選(新人)
 豊島区議会議員  1名落選(新人)

 当選された方は、これからそれぞれの議会で、大学院で学んだことを実践されることを望みたい。
 残念ながら落選された方は、捲土重来を期して、着実に次期を目指してがんばってもらいたい。

 ちなみに、上記6名のうち、私が指導教授を務めた者が1名。副査教授を務めた者が3名。
 その4名のうち、当選が3名。落選が1名。

 選挙とは本当に厳しいものである。

April 23, 2011

愛用のボロ靴とお別れ

 10年以上も愛用した靴とお別れの儀式。
 Timberの靴で、たまたま店で出会い、一目で気に入って、なけなしの財布をはたいて買ったもの。
 以来、10年以上にわたって、私と苦楽をともにした。
 タイの山奥の難民キャンプも、韓国ソウルの明洞も、ワシントンだってこれで歩いた。
 実に丈夫で、手入れもしないのに、底が削れるだけだったし、色も黒くくすんできた程度。
 私の奥さんは「早く捨てなさい」とご下命をされていたが、今まで捨てきれずにはいてきた。
 さすがに、そろそろサヨナラの時期になってきた。
 長年連れ添ってくれて、本当にありがとう。

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April 21, 2011

今年こそカープの優勝!!

 実に、6年ぶりの首位である。しかも5連勝。このまま連勝が続けば、確実に優勝である。
 優勝できる根拠は、久しぶりの投手陣の充実ぶり。
 歴代、ドラフト1位入団組が実に充実している。
 前田、大竹、今村、福井、篠田が先発ローテーションでうまくいけば、60勝以上できる。
 それに加えて、横山、梅津などの中継が良い。そして、最後の守護神の永川が崩れなければ、それで10勝以上は固い。
 これはもう大野投手コーチの眼力がさえた結果である。
 夢にまで見たカープの優勝が見えてきた。

 がんばれカープ!!


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April 19, 2011

株式会社ゼンリン 東日本大震災被災地の地図情報を無償提供

株式会社ゼンリンが、 東日本大震災被災地の地図情報を無償提供するとのこと。
たいへん有効な情報なので、転載させていただく。


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震災後の航空写真と住宅地図と重ねて表示、ゼンリンが無償でデータ提供

INTERNET Watch、2011/4/18 06:00

 株式会社ゼンリンは15日、東日本大震災被災地の行政機関向けに地図情報の無
償提供を行うと発表した。ゼンリンが保有する震災発生前の地図データ上に、国
土地理院が震災後に撮影した航空写真を重ね合わせた画像形式のデータとなって
おり、被害状況を住宅地図上で確認できる。
 無償提供にあたっては、独立行政法人防災科学技術研究所および東京大学空間
情報科学センター柴崎研究室とともにデータ整合性を検証。ほぼ問題なく被害把
握が可能という。ゼンリンでは、現地自治体による罹災証明発行業務への活用を
想定。また、復興に取り組むボランティアセンター、町内会などにもデータを提
供する計画。
 データの利用申し込みは、防災科学技術研究所の利用申請窓口にて電話もしく
はメールで受け付ける。手続き後はウェブサイト上からデータを利用できる。

(森田 秀一)

http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20110418_440125.html

(ご参考)
株式会社ゼンリン プレスリリース
http://www.zenrin.co.jp/news/110415.html

April 18, 2011

メコン河が脅威にさらされている

 本日の、Herald Tribuneに「メコン河が自身の活力で脅威にさらされている」と題して、1面トップでメコン河の深刻な状況が紹介されている。
 その記事をここでそのまま掲載するのは著作権に問題があるので、御一読を。
 その代わり、私がメコン河の深刻な環境破壊について、拙論を先月「世界と日本」に掲載したものがあり、下記に添付するので、そちらも参考にしていただきたい。
 あまり日本では関心が高くないが、ともかく、今、「メコン河が危ない」のである。

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April 16, 2011

東日本大地震 教訓その4 原子力をやめるか、快適な生活をやめるか

 今回の福島第一原子力発電所の「崩壊」によって、私たちは原子力をやめるか、快適な生活をやめるかという選択を迫られている。かつて、1980年代に盛んに議論されてきたこの対立点が、再び浮上したのである。1980年代以降には、原子力の危険性を回避させながら、私たちは快適な生活を享受することを選択した。ところが、今回、その原子力の危険性を回避するどころか、その危険性そのものを、私たちは皮膚感覚で知ったわけである。
  原子力発電をやめても、将来はすべて自然エネルギーで代替することができるという議論もある。一方で、それは、経済社会におけるこれからの電力需要を低めに見積もっての話だという批判もある。いずれにせよ、問われているのは、私たちは便利さをとりますか、危険性を甘受しますか、という選択であることには変わりない。
 私たちの社会は、もはや電力を抜きにしては考えられない。あらゆるものが電力に依存している。原子力をやめるというのは、およそ3割の便利さをあきらめることである。私たちはそれに耐えられるだろうか。少なくとも、私は耐えられない。風呂を沸かす、電話をする、インターネットをするなどすべて電力である。なにより、昨年のような夏場の猛暑に、エアコンなしでは耐えられないだろう。
 一方で、私たちは最先端の科学技術をもってしても、地球のエネルギーの破壊力には対処できないことを実感した。いくら、「安全」だと専門家が繰り返したとしても、それは専門家の「想定内」のことであって、専門家の「想定外」の事態が発生したわけである。原子力の危険性を完全に封印することは、これから果たして可能なのだろうか。地震多発国の日本で、「危険性を完全に封印する」のは非常に難しいだろう。
 私は、これからこの矛盾する対立点を解消する術が必要であると思う。それは、原子力発電を最低限のものに抑えつつ、「新エネルギー」の開発と普及を「本気」で進めていくことだろう。「新エネルギー」と呼ばれる太陽光発電や風力発電もこれまで進められてきたとしても、それが「本気」だったとは思えない。「本気」になるというのは、すべての家庭に太陽光発電を設置させ、個別の家庭の電力をそれで賄うぐらいまで、初期導入コストの低下と電気供給の安定性を確保するようにしていくことである。電力会社によって独占されてきた巨大電力供給システムに依存することのリスクが顕在化した今、こうしたローカル・エネルギー(個別の電力エネルギーは個別に確保する)というシステムを「本気」で導入していくことが大切だと思う。そのためには、国民も応分の導入費負担が求められるのである。その負担が嫌だとなれば、このローカル・エネルギー・システムは成立しない。電力エネルギーも、コンセントレーション・システムとローカル・システムの組み合わせが必要だと思う。
  そして、私たちは、便利さもそこそこで満足するようにするべきだろう。便利な生活は快適だが、その便利さを支えているシステムが破壊された時に、私たちの生活のすべてが成り立たないようなことになってはならないのである。そのためには、少しの不便をガマンしていくことが大切だと思う。

April 14, 2011

東日本大地震 教訓その3 緊急時のための地方分権


 東日本大地震により、多くの地方自治体が壊滅的な打撃を受けた。緊急時の被災者救出や救援活動において、現地の最前線で司令塔となるはずの自治体が破壊されたのである。今、各自治体では懸命な復旧・復興活動を進めている時、新聞紙上の論説などで、復旧・復興のために自治体の合併を促進すべきとか、道州制を早く導入すべきだという議論が出されている。巨大な財政出動をともなう復旧・復興事業だけに、自治体の規模を拡大し、そして集権的に復旧・復興事業を進めていく方が良い、という議論である。
 私はこの議論に異論を持っている。というのは、緊急時においては、中央集権的に速やかに政策を決定し執行していくことは不可欠だとしても、そこに大きな「落とし穴」があるからである。
 仮に、すでに道州制が実現され、東北州の首都が仙台になっていたとしよう。そうすると、仙台は今以上に東北地方全体の政治・行政・経済の拠点になっていたはずである。今回の大地震ではその仙台も市内に大きな打撃を受けていた。電気、水道、ガスなどのライフラインが遮断、通信網が遮断、そしてガソリンや石油も枯渇した。つまり、震災後の対策本部となるべき仙台市が完全に機能不全になっていたのである。東北州の首都崩壊という事態になっていたかもしれないのである。
 民間企業も道州制が実施されていたら、本社機能や物流機能などを仙台市内にもっと集中させていたことだろう。実際、東北の流通事業のネットワークの中心は仙台になっており、そのコアになる部分が破壊されていたために、震災後の物流に大きな障害となっていたわけである。民間企業では、仙台を中心にしてあまりにも効率的な物流システムを作っていたために、仙台が崩壊すると物流ネットワークの回復が遅れたという反省の声があがっているのである。仮に不効率でも、緊急時に備えて分散型ネットワークにしておくことが大切だということである。
 つまり、緊急時に備えると、政治・行政・経済機能は分散していた方が、全体の安全が確保されるということである。一極集中すれば、政策の決定や執行がスムーズにかつ合理的になる面があることは否定しない。だが、その中心部が破壊されたら、それこそ全体のシステム自体が崩壊するである。ゆえに、緊急時においては、集中的にシステムを動かしていくことの有効性を確保するとともに、分散的かつネットワーク的なシステムを作っておくことも大切だということである。私は、この意味からも、いたずらな合併の促進や道州制の導入には反対する。

April 12, 2011

東日本大地震 教訓その2 行政手続きの非常時の対応

 阪神淡路大震災と今回の東日本大震災との、行政対応の違いが明らかになった。阪神淡路大震災の際には、自衛隊の緊急出動に躊躇し、しかも、米軍の支援協力も拒否した。そのため、救われるはずだった多くの人命失った。さらに、自衛隊の緊急車両の通過に、高速道路料金を請求したという笑えない話があったほどだ。それ以降、大震災においては、自衛隊が緊急出動することはもはや「当たり前」となり、今回は、米軍の支援も受けるようにまで変わった。緊急時における行政対応での、大きな政策変更であったと言える。
 しかしながら、未だに非常時においても、常時の行政手続きが残されたままとなり、災害救援や支援に齟齬を来したという事例があった。常時の手続きの方法や考え方を、非常時にはすぐさま変更するという「当たり前」のことをもう一度考えるべきだろう。
 特に、今回の大震災では、海外からの救助隊や支援物資の受け入れという点について、その齟齬が明らかになった。例えば、海外からの救助犬の入国に関して、検疫の手続きから入国を拒否した例。支援毛布のサイズが日本の規格外だという理由で拒否した例。海外からの支援米を食管法を根拠に拒否した例。水質検査を受けていないという理由で、海外からの給水支援について、飲料水に供給することを禁止した例。何でもかんでも受け入れれば良いというわけではないものの、あまりにも杓子定規的な対応をしたために、外国政府の心証を害してしまった。なにより、被災地で必要な物資を、常時の手続きや考え方をそのまま運用して、受け入れ拒否するようなことがあってはならない。
 他にも、ある自治体が緊急物資として供出したペットボトルの水が、賞味期限切れだったということで住民から苦情があり謝罪会見を開いたという、なんとも笑えない話もあった。経過は「誤配」ということだったようだが、緊急時に水は貴重なものであり、飲み水としてだけではなく様々な用途に使えるのであるから、賞味期限切れをとやかく非難するのは間違いではないだろうか。逆に、賞味期限切れだからといって、水を提供しないとなったら、その方が問題なのである。

April 11, 2011

東日本大地震 教訓その1 想定外のことを想定する

 今回の大地震の最大の特徴は、想定外の大きさの地震と津波だった。想定外のことを想定するということは論理矛盾である。人間が想定できる限界以上のことを、人間が想定できるわけはないからである。だが、防災対策としては肝に銘じておかなくてはならない矛盾だということが、私たちの目の前に突きつけられた今回の教訓である。
防災対策はあらかじめ想定された地震の規模や被害を元に作成されるのが常である。その想定を超えて、「ありえない」と思えるような規模や被害を想定して対処するとなれば、それこそ議論は果てしなく続いていく。そして、果ては防波堤の高さも無限大の大きさにし、日本中を万里の長城で囲むといった「想定」までしなくてはならなくなる。それでは、教訓から学んだことにはならない。
想定外のことを想定するとは、逆に、自然の猛威に対して人間の力で対処できることには限界があるという、当たり前のことを思い起こすことである。盤石の対策を講じたとか、絶対に安全だといった神話を作ってはならないということである。
この世の中には、人間が「絶対だ」と言えることはほとんどないのである。「絶対に正しい」「絶対に誤りはない」とか、「絶対に安全だ」という言明や政策に、私たちは常に批判的な姿勢を持っておくことが大切だということである。人間は神様ではないのだから、「絶対なもの」を創造することは不可能なのである。いささか哲学めいた話だが、これからの復旧・復興政策において、基本としておかなくてはならない考え方だと思う。

April 09, 2011

東日本巨大地震:津波が作った「がれきの島」、米西海岸へ

 下記は、東日本大地震で大量に発生した「ガレキ」が、「島」となり、米西海岸などに漂流するという内容の朝鮮日報の記事。
 被災地での大量の「ガレキ」を見れば、うなづける。恐ろしい話である。


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東日本巨大地震:津波が作った「がれきの島」、米西海岸へ

家屋20万棟・遺体も…早ければ1年以内に

 3月11日の東日本大震災で津波に流された遺体の一部や家屋、車などが太平洋を渡り、1-3年後には米西海岸に達するという見通しが発表された。
 津波で流された被災地・東北地方の家屋を含むがれきは現在、太平洋海流に乗り、米国方面へ流されている。米ABC放送は8日、「米海軍第7艦隊が、津波で流された車や家屋などからなる巨大な「がれきの島(garbage island)」が太平洋を渡り、米西海岸に移動しているのを発見した」と報じた。津波によりできたがれきの島には、今回の大震災で流された犠牲者の遺体をはじめ、家屋20万棟・トラクター・トレーラー・船舶が含まれているという。
 米国の海洋学者カーティス・エッベスマイヤー博士は「今回の津波で流された遺体のほとんどは海に消えてしまうだろうが、運動靴のように硬いものに包まれた足など遺体の一部は水に浮かび、米西海岸の方へと移動し続ける可能性もある」と語った。
 複数の科学者は、こうした「がれきの島」について、1日に約16キロずつ移動し、早ければ1年、遅くても3年以内に、海流に乗りカリフォルニア・オレゴン・ワシントン州など米西海岸に漂着するものと予測している。船・車・家屋のがれき・プラスチック製の人形など浮力を受けやすい物体が先に漂着し、その後にプラスチックのいすや漁の網なども米海岸で発見されるとみられている。また、一部のがれきはその後も海流に乗り、ハワイ・東南アジア方面へも流れていくと予想される。
 米放射線学大学協議会(ACR)のジェームズ・ヘベチ会長は「米西部に漂着すると思われる浮遊物は、福島第一原子力発電所から流れ出た放射性物質に汚染されているかもしれないが、そうした可能性は非常に低く、浮遊物が流れ着くのに長い時間がかかることを考慮すれば、被害は微々たるものだろう」と分析している。

朝鮮日報 2011年4月9日
キム・ヒョンジン記者

April 08, 2011

アジアプレスより

下記は、アジアプレスより広報。
そのまま転載させていただきます。

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リムジンガン第5号 発刊のお知らせ

北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」日本語版の第二期4巻(第5-8号)を刊行する運びに
なりましたのでご案内申し上げます。
その第1巻(通巻第5号)を、4月末に発行いたします。

特集は、「金正恩登場後の北朝鮮」。
北朝鮮内部のジャーナリストたちの渾身の取材報告を、約100点に及ぶ写真と共に掲載します。


■リムジンガン第5号

   定価 2100円(税込)
   頁数 約160-176頁 
   取材 北朝鮮内部のジャーナリスト 責任編集 石丸次郎
   発行予定日 4月末
   発行・発売 アジアプレス出版部
   ISBN978-4-904399-06-4


■第二期全4巻の予約販売開始

(1) 第二期全4巻(第5~8号)の予約販売
第二期分は不定期の発行となりますが、遅くとも2013年3月までに全4巻を発行します。
2011年中は2冊の刊行を予定しています。
予約購読は割引価格8000円(税込)にて賜ります。送料は無料サービスです。
さらに、予約購読いただいた先着200名さまに、北朝鮮内部記者チャン・ジョンギルが撮影した
ポストカード12枚セットをプレゼントいたします。お早めにお申し込みください。

(2) 「第二期全4巻 + アジアプレス・ネットワーク(APN)の有料視聴会員1年間」セットの予約
販売
アジアプレス・ネットワーク(APN)のウェブ視聴会員1年間と、第二期全4巻とのセット販売で
す。
それぞれ購入より、さらに1000円割引いたします。 15000円 → 14000円(税込)に。
アジアプレス・ネットワーク(APN)の詳しい内容 >>>


■ご購入・お支払方法

お支払い方法として、「銀行振込」、「クレジットカード」「コンビニ・郵便局での払込票払い」
「代金引換」が可能です。
ご注文は、下記サイトより承っております。 
「アジアプレス書籍販売」サイト >>>

※ 一括先払いになります。
※ 廃刊・休刊の場合を除いて、発送開始後の途中解約、落丁乱丁以外の返品には応じかねます。
※ 請求書・領収書の発行が可能です。
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■第5号主な内容

★リムジンガン5号 特集 金正恩登場と混乱深まる北朝鮮
特集1 金正恩の登場
・北の民衆は'正恩大将'どう見たか? 高まる不満と反発
・内政の季節が始まった ~内部で暗闘の兆し~
特集2 混乱深める北朝鮮経済
 調査企画 超インフレと食糧問題を各地で定点観測 
・物価推移表と分析
・限界に来た人民収奪 軍糧米強制供出の実態
・回復程遠い市場、悪化の一途の電気事情
特集3 現地取材  衰退する石炭産業の現在  
・現地ルポ 平安南道の石炭基地の無残 「全部手掘りです」
・個人経営炭鉱「チャト」が登場
連載1 映像ルポ 平壌の裏通りを行く 
高級住宅街の大城区域
 
連載2 北朝鮮の市場経済 
これは交通革命だ!全国長距離バスネットワークが出現
連載3 インタビュー「北のサラムたち」
北朝鮮の゛錬金術師゛「国家統制品の金で儲けました」
連載4 北朝鮮民衆の暮らし 
 韓流ドラマはこうして流行した 地下ビデオ業者の告白
北朝鮮内部記者からのメッセージ キム・ドンチョル記者
「記者の仕事にプライドを感じるようになりました」
連載5 事件事故
在日帰国者が反政府ビラで逮捕ほか
(記事の内容は、北朝鮮情勢の変化によって変わることがあります)

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April 06, 2011

大震災 「花見の自粛」ではなく「花見で支援」

自粛ムードがかえって被災地を苦しめる結果になっている。
下記は、「花見をすることで支援」を呼びかけた岩手の酒造会社についての河北新報の記事。
 
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東北の酒飲んで支援を 「経済活動を止めないで」

 東日本大震災でイベントなどの自粛ムードが全国的に強まる中、被災地・岩手県の
酒造3社が、インターネットの動画投稿サイト「ユーチューブ」への投稿で、花見を
自粛しないよう呼び掛けた。
 「被災地岩手から『お花見』のお願い」と題し、二戸市の「南部美人」と盛岡市の
「あさ開」が2日に、紫波町の「月の輪」が5日にそれぞれ投稿した。閲覧件数は5
日午後5時現在、3社で計約15万回に上っている。
 閲覧が13万回を超えた南部美人の動画では、5代目蔵元の久慈浩介専務(38)
が「酒を飲んでる場合ではないというのが東北の現状。だがこのままではわれわれも
経済的な2次被害を受ける。人々を元気にし、癒やしを与える日本酒を飲むことで東
北を応援してほしい」と訴えている。
 閲覧した人の多くが賛同の意見を寄せた。久慈専務は「経済活動が止まると支援も
何も、なすすべがない。被災県の人間でないと言えないと思い、仲間と投稿を決意し
た」と説明した。
 花見をめぐっては、東京都が自粛を呼び掛け、波紋を広げている。岩手県の達増拓
也知事は4日の定例記者会見で、花見について「被災地の復興支援のためにも力強い
経済が不可欠。経済が活性化するよう工夫してもらえればいい」と述べた。

2011年04月06日水曜日 河北新報

名取市の被災状況の写真

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女川町周辺の被災状況の写真

 この写真は私に同行した学生が写したもの。
 女川町周辺の被災状況です。
 被災者の方から、できるだけ記録として写真を残しておいてほしい、という声がありました。
 辛い記録のはずなのですが、自分たちの町の状況を、事実として残しておいてもらいたいということなのでしょう・・・。

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April 05, 2011

災害支援NPO十戒

<<災害支援NPO十戒>>

災害直後に現場に行くことなかれ
  我慢して、現地の状況を十分に把握してから展開せよ

ボランティア難民になることなかれ
  災害直後にいくなら、「自己完結」で食糧、飲料水、宿泊を用意すべし

政府を頼ることなかれ。しかし、政府と協働せよ。
  自分たちのミッションを貫徹せよ。
  しかし、政府とむやみに対立するのではなく、協働することが大切。

災害時に支援物資の購入をすることなかれ
  支援物資を購入しようにも購入できない恐れがある
  ある程度の支援物資は前もって用意しておくべし

現地のニーズに即すべし
  自分勝手な思い込みで不必要な支援を現地にしても、迷惑になるだけ
  現地のニーズは様々であるし、時期、場所そして被災状況によって変わっていく

一人で展開することなかれ
  不測の事態に備えて、最低二人以上で行動すべし

決して無理をするべからず
  自分の責任でできる範囲のことに徹すべし
  どんなに些細なことでも、被災者に喜ばれる支援がある

被災地での講釈は不要である
  講釈は被災地から戻ってからにせよ

被災地への支援は一度だけでは終わらない
  細く長く支援することが必要

体が元気なら、体を使え
知恵があるなら、知恵を出せ
カネがあるなら、カネを出せ
何もないのなら、勇気を出せ

東京都「津波対策チェックリスト」

独立行政法人科学技術振興機構から送られてきた情報提供です。貴重な情報なので、転載させていただきましした。
平成18年5月に東京都総務局総合防災部が作成した「津波対策チェックリスト」です。
以下のリンク先をご参照下さい。

東京都総務局総合防災部
津波対策チェックリスト

http://www.bousai.metro.tokyo.jp/japanese/tmg/pdf/tsunami_02.pdf


研究室から見た桜

 この写真は、私の研究室から見た桜。今年も綺麗に咲いてくれている。何があっても、春になれば桜は咲いてくれる。いつもと同じように咲くことが、なんとも健気である。
 ただし、この桜とも今年でサヨウナラだ。夏には研究室が移転になるためである。新しい研究室もよいのだが、この桜を見れなくなるのはなんとも寂しい。

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April 04, 2011

「自粛」を自粛しよう

 大震災以降、様々なイベントが「自粛」されてきた。ついに、上野のお花見まで自粛のお触れが出された。「被災者の気持ちに配慮する」というのがお決まりのフレーズである。日常生活の細かなところまで「自粛」するのが、本当に被災者の気持ちを配慮することなのだろうか。
 「被災者の気持ちになる」というのは大切なことだ。しかし、それが、あらゆるものを「自粛しなくてはならない」という強迫観念のようになっては、日本の経済や社会を委縮させ、かえって被災地の復旧や復興の足かせにもなりかねないことを、同時に考えるべきではないだろうか。
 事実、被災地とはあまり関係がない観光地や温泉地まで、「自粛」の影響から観光客や宿泊客のキャンセルが相次いでいる。その結果、関連する企業の経営が成り立たなくなり、新たな倒産や失業を招きかねない。それは、大震災の二次被害にあっているのと同じである。「自粛」が、別の意味の被害者を作ってはならないのである。
 「自粛」が、本当に被災者のためになっているのなら、それはいいだろう。しかし、「自粛しなくてはならない」という強迫観念によってのみ実施するなら、逆に被災者のためにもならない。
 もうそろそろ「自粛」を自粛しよう。ただし、例年見られる「一気飲み」などといったバカ騒ぎは自粛しよう。

 
 

学生ボランティア派遣に消極的な大学の理由

 下記は、ボランティアの学生に対する文部科学省の通知を記した読売新聞の記事。
 たいへん結構なことだが、実態はこんな対策だけで、大学が率先して学生をボランティアとして現地に送れるというわけではない。
 学生の多くはボランティアに駆け付けたいと思っていることだろう。私も多くの学生が、大震災の現場でボランティアにはげむことは、一冊の本を読んでいるよりはるかに勉強になることだと思う。
 だが、実際は、どの大学も自分の大学の学生を、ボランティアに出すことには非常に神経質になっているのである。その理由は簡単。大学の名前で学生をボランティアに送って万一の事があったときに、保護者から訴訟を起こされては困る、というものである。万一の事とは、けが、病気、事故などである。
 そのため、多くの大学は、学生が任意に行くことには干渉しないが、大学とは一切関係ない、という態度をとるのである。ゆえに、今回の文部科学省の「通知」のように、単位取得だとかというレベルの問題ではないのである。
 ある大学では、かつて、ボランティアに送った学生が、活動にまったく関係ない場所と時間にケガをした時、保護者から賠償請求の訴訟を起こされた。それから、その大学はボランティアには一切関わらなくなった。
 保護者にしてみれば、災害地に自分の子どもが行って、万一の事があったら大変だという心配があるのだろう。親なら当然の心情だ。だが、あまりにも心配しすぎて、万一の事があれば大学を訴えるとなれば、話はまったく別のものになる。 こうした保護者ばかりになれば、大学として学生をたくましく育てようとしても、その方法論がない。
 ボランティアは遊びではないし、その名前の通り「志願兵」である。ある程度の危険や困難は覚悟の上でいかなくてはならない。その危険や困難を覚悟しながらも、復旧や復興に少しでも役立とうとする思いが、一人の人間として学生をたくましくさせていくのである。
 ちなみに、被災地では多くの地元の高校生や大学生がボランティアに励んでいる。その姿を見れば、万一の事ばかり心配していて良いのだろうか、という思いに変わるはずである。とにかく、現場を一度見ることが大切である。
 
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被災地ボランティア大学生に単位…文科省が通知

 文部科学省は、東日本大震災の被災地で大学生がボランティア活動を行うことを後押しするため、全国の大学に対し、被災地での活動に単位を与えたり、参加した学生への補講や追試を実施したりするなど、参加しやすい環境づくりを進めるように通知した。
 これまでは燃料不足や大量のがれきが撤去できない状況などから、ボランティアの受け入れ態勢が整わない自治体も多かったが、震災から3週間が経過し、募集する自治体も増えたことから、通知を行った。通知では「ボランティア活動は学生の円滑な社会への移行の観点から意義がある」としたうえで、〈1〉授業目的と密接に関わる場合は単位を付与できる〈2〉休学した場合は授業料免除などの配慮を図る〈3〉ボランティア保険の加入を呼びかける――などと示されている。

(2011年4月4日10時19分 読売新聞)

April 03, 2011

宮城県雄勝町周辺の被災写真

 下記は、3月29日に車で宮城県雄勝町を回ったときの写真。

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 富士沼周辺。湖に見えるが集落。海水が入り込んで、沼ではなく湖になっている。


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 北上川(追波川)の堤防が決壊したので、仮設の道路が作られていた。


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 新北上大橋は遠くからは無事に見えたが、途中からなくなっている。


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 ガレキから集められた写真などを、被災者が探していた。

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 雄勝小学校


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 釜谷地区の被災状況。ガレキの山となっている。

April 02, 2011

2002年ニュートン別冊が想定していた「巨大地震」の、想定外の被害

 相馬市での被災者の方の家を片づけていると、たまたま2002年発刊の科学雑誌「Newton」別冊が出てきた。その表紙には「せまり来る巨大地震」と書いてあった。皮肉なことに、未曾有の大震災の後片付けの真っ最中に、それを10年前に予期していた雑誌を手にしたわけである。
 少しだけ、その中身をみると、県別に被害予想が細かく記載されていた。つぶさに見ている余裕はなかったのだが、今回の岩手、宮城、福島、茨城県のいずれも、津波の被害予想はまったくなかった。つまり、想定外だったのだ。一般読者向けとはいえ権威のある科学雑誌といえども、今回の巨大地震による津波の被害は想定していなかったというわけである。
 今回の大震災の教訓は、想定外のことをいつも想定しておかなくてはならない、という哲学的な思考が求められてくるということだろう。想定外のことを想定するとは、人智を超えた自然の脅威に対して、私たちは完ぺきなものを決して作ることはできない、という悲観的な見方を肝に銘じておくという意味である。私たちは、「絶対に安全という神話」を持ってはならないのである。そして逆に、私たちはリスクを無くすことはできないのだが、リスクを最小限にしていくことはできるという積極的な見方を持っていくことが大切という意味もあるのである。

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April 01, 2011

相馬市松川浦 4月1日の活動報告

 相馬市の松川浦は「小松島」と呼ばれる風光明媚な景勝地。天然の堤防でもある。その天然の堤防を越えて、湾内に津波が押し寄せた。海岸線から数百メートルのところまで津波が来た。今でも、海岸線から遠く離れた場所に、多くの漁船が流されたままになっている。
 相馬市で被害が大きかったのは、松川浦の北側にある相馬港周辺。この地域は、町全体が津波で消滅している。地震の前にどんな物がここにあったのか、想像もできないぐらいである。今でも、警察、消防そして自衛隊が行方不明者の捜索を続けている。
 今日のボランティア活動は、昨日に引き続いて、同じお宅。自宅内の片付けと清掃。天気も良かったので、作業がはかどった。何とか住めるようになるまでにはまだ時間がかかるものの、大きな家具の片付けと清掃は終了。
 家の前に転がっていた、数隻の船は自衛隊が撤去作業を始めた。明日には、道路が使えるようになるだろう。
自衛隊の機動力には本当に頭が下がる思い。
 そして、日本郵便の小包みが届けられる。彼らの中にも被災者がたくさんいるとのことだ。郵便が届くことに、こんなに感激するのもめったに無いことだ。
 さらに、本日、電気が通った。ご家族とともに万歳である。いつもは、あって当たり前のことばかりだが、無くなってみると、その有難さが身にしみる。
 作業を終えて、ご家族と再会を約束して、ボランティアセンターに戻り終了の報告。今日のボランティアには、多くの地元の高校生が参加していた。みんな元気が良くて、明るい。もう何日も続けてきているメンバーが多かったように見えた。

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写真は、任務分担の調整を待っているボランティアの若者たち。


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写真は、災害ボランティアセンターで補助活動に参加している東京などから来た労働組合の連合の人たち。手際が良く、ボランティアへの色々な配慮が行き届いていた。


 ボランティアセンターを後にして、相馬市の近くの場所に、知人の親戚が被災していたということで、お見舞いに伺う。知人の実家は屋根が壊れたぐらいで済んでいた。ご親戚の会社には、目の前まで津波が来ていたが、幸いにも、浸水は免れていた。海岸から実に、2キロも離れたところなのに、津波が来ていた。しかし、もう一軒のご親戚の造船会社は、海岸沿いなので津波で完全に崩壊していた。再開のめどは立つのだろうか・・・。
 お見舞いの挨拶をして、一路、帰途に。相馬市の被災地の復旧には、まだまだ多くの支援が必要不可欠だと感じている。

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写真は、ボランティア先のお宅の前に流されてきた船の撤去作業の様子。そのお宅から連絡があり、2日には撤去が完了したとのこと。


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写真は、朝焼けの松川浦。とても奇麗だが、よく見ると、天然の防波堤の松の木がなくなっていることが分かる。

 

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