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5 posts from November 2012

November 27, 2012

スペインにおける少数民族の独立の気運

 スペインにおけるバスク州やカタルーニャ州といった、少数民族自治州の独立の気運が高まっている。
 下記は、スペインにおいて実施されたカタルーニャ州議会議員選挙の結果についての読売新聞の記事。
 カタルーニャ州は、その西部にあるバスク州と同様に、スペインの少数民族による自治州である。両州とも経済的には裕福で、財政破綻寸前のスペインにとどまることより、自州の経済的利益を確保するために独立しようとする機運が高まっている。もちろん、経済的利益の確保のためのみならず、彼らにとっての「独立」は長年の悲願でもある。
 両州の今後の動き次第で、欧州における少数民族(必ずしも少数ではないものの)の「独立」が加速するかもしれない。独立への熱い思いは、英国のイングランド、ベルギーの北部オランダ語圏といった、メジャーな国にも及んでいる。EUという巨大な超国家が行き詰っている時に、逆に少数民族の独立が活性化しているということである。
 日本のような「大阪都」といった話とは別次元の、もっと大きな地方自治の動きである。今後の推移が注目される。


【バルセロナ(スペイン東部)=三井美奈】スペイン17自治州で経済規模が最大のカタルーニャ州の議会選(定数135)が25日行われ、州の独立を支持する勢力が過半数を占めた。
 開票結果によると、アルトゥール・マス州首相が率いる独立支持派「集中と統一(CiU)」(改選前62議席)は50議席と大きく退潮しながら、第1党を維持。急進独立派のカタルーニャ左翼共和党(同10議席)が21議席で第2党に躍り出た。
 一方、中央政府のラホイ首相が率いる国民党(同18議席)は19議席を獲得。第2党だった社会労働党系のカタルーニャ社会党(同28議席)は20議席に後退した。
 マス氏は「独立を問う住民投票の実施」を公約。選挙では、住民投票を支持する4党で合計87議席を占めたが、マス氏は同日夜、「単独過半数の目標には程遠い結果となった。今後の政策を考える時間が必要」と述べ、投票について明言を避けた。

(2012年11月26日11時10分 読売新聞)

November 11, 2012

ミャンマーの少数民族による自治に向けて

 永く軍事政権が続いたミャンマーにおいて、アウンサンスーチー氏の「解放」に象徴されるように、国内の民主化と少数民族との和解のプロセスに入った。この民主化と和解のプロセスには当初は疑念の声、すなわち軍事政権によるポーズだけではないのかという見方が強かった。しかし、一連の動きを見れば、ポーズではなく、ミャンマーなりの方法論とペースで、国内の民主化と少数民族との和解を進めていることが判る。

 さて、ミャンマーの少数民族の問題は、私たち日本人からみると、実に複雑であり、理解が容易ではない。少数民族の実情を、本稿のわずかな字数で記すことは困難だが、かいつまんで説明しておこう。
 ミャンマーの少数民族の特徴は、多様性である。政府の統計によれば、少数民族は国内に135ほど存在していることになっている。しかし、一つの少数民族でも言語、宗教などに多様性があり、歴史的経過が複雑なことからさらに細分化されていく。果たしていくつの少数民族が存在するのかは、まだ学術的な研究が十分にされていないのではっきりと判らない。

 少数民族とミャンマー政府との間の紛争はよく知られていることだ。だが、日本ではその紛争はミャンマー政府対共産ゲリラの戦いであるかのように認識されていた。つまり、「少数民族=共産ゲリラ」の構造である。共産ゲリラが中国の支援を受けてミャンマー政府軍と戦っていたのは歴史的事実だが、それは一部の少数民族であり、しかも中国の「心変わり」によって、いまやほとんどその姿を消している。
一方で、少数民族間の紛争というものは、あまり知られていない。歴史的な複雑性から、ミャンマーの少数民族間の紛争の歴史は長い。近代以前には彼らは「首狩り族」と呼ばれていたように、同じ少数民族間でも、村落が隣接していると互いの権益を巡る争いから、「首狩り」を行っていたぐらいである。その少数民族間の対立構造は、現在でも残っている。

 ミャンマーの少数民族が暮らす地域は、山岳地帯であり、道路などの交通網も十分に整備されていない。未開とまでは言えないまでも、昔ながらの生活を続けており、近代文明の恩恵(それが善いか悪いかは別の議論だが)を受けていない地域である。
 加えて、地政学的な背景から、中国からの政治的、経済的影響が強い。少数民族にとっては中国からの政治的圧力をかわしながら、中国との経済的共存を図るという難しい政治的判断が常に求められてきた。
 そして、彼らの軍事費の原資は主にアヘンや宝石であった。国連による麻薬撲滅活動によって、徐々にケシ栽培から他の農産物への転作が行われているのだが、アヘンは彼らの生活に不可欠な医薬品でもあるため、簡単には転作できない。だから、他の農作物への転作と流通・販売をいかに進めていくかという問題は、少数民族が自治を形成するための原資の確保という観点からも、非常に重要な課題である。

 以上のような環境の中で、ミャンマー政府と少数民族との和解の進展により、少数民族の高度な自治をどのように進めていくか、という重要な課題が表れているのである。
 政府も少数民族も高度な自治というものは未経験である。少数民族の行政も基本的には軍政であるから、軍政から民政へと転換を図るとしても、未体験ゾーンである。あまり適切な表現ではないだろうが、彼らの社会は原始共産制にも近いもので、村落単位で互いに助け合い、そして農作物などの生産物を平等に再配分して生活する非近代的社会である。非近代的社会に、いきなり高度な近代的自治というものを持ち込むことは、彼らにとっても戸惑うことだ。
 高度な自治を形成するためには、行政機構、官僚機構、税制度、警察機構、教育、保健・福祉といった基本的な自治制度作りが必要であり、何よりも住民意思の調達と行政機構の制御のための議会をどのように作っていくか、という難しい問題がある。行政機構は軍政のものを徐々に衣替えしていくことはできるとしても、議会は簡単ではない。選挙制度一つにしても、山岳地帯で村落が分断されている地域で、そう簡単に選挙がスムーズに実施されるとは思えない。何よりも、住民が選挙によって自分たちの政治的代表を選出するという意味も、最初から十分に彼らに理解されるとは思えない。
 したがって、ミャンマーが民主化と和解のプロセスに入ったとしても、少数民族の高度な自治の実現を、短編急に進めていってはならない。彼らのペースに合わせて、徐々に進めていくことが大切である。そして、最初に行うべき事業は、小学校・中学校といった初等教育制度の整備と、保健衛生事業を各地の村落に展開していくことだろう。
 それらが整備されていくと同時に、行政機構の整備が進んでいくであろう。そして、自分たちの代表を自分たちで選ぶことの意義や重要性への認識が彼らの中に浸透してくことによって、議会制度ができていくだろう。
 つまり、西欧合理主義的に自治とはまず議会を作ることである、といった観点からではなく、地域の伝統や文化との整合性を持たせた自治制度を検討してくことである。まずは自治の環境づくりを始めてから、自治制度についての認識をもたせていくことだろう。
 
 こうした少数民族の高度な自治の形成のために、日本がどのように支援すべきだろうか。日本はこれまで民間レベルでかろうじて少数民族への「支援」を行っていたのが実態である。ミャンマー政府との関係性もあるし、また、もともと山岳地帯での武装闘争地域であるから、「支援」も容易なことではない。しかし、和解のプロセスに入った今、日本側は政府も民間も、彼らの高度な自治の形成のための支援を惜しむべき時期ではない。むしろ、他国に先駆けて、彼らへの支援を進めることが必要である。
 そして、その支援とは食料や医薬品といった物資の供給だけではなく、彼らが高度な自治を形成していくための人的、学術的、技術的支援を惜しむべきではない。彼らの伝統的な生活・文化を損なわないように、彼らのペースに合わせながらも、彼らを高度な自治へと導くための支援である。それは生活物資の供給と合わせて、気の遠くなるような作業だが、それが最も彼らに必要な支援であろう。
 そして、なによりも日本にとっての少数民族支援の意義を再確認することが大切である。それは、少数民族の地域が、地政学的に中国とミャンマー、タイとの中間点にあることである。今日における中国の「覇権拡大」を、ミャンマーを含めた東アジア全域で対処していくことの政治的意義は実に大きいのである。


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本稿は公益財団法人富士社会教育センター刊の『自治レポート』、第38号(2012年)に寄稿したものを、一部修正したものである。

November 10, 2012

少数民族と自治

 少数民族の自治について、日本国内ではさほど深刻に考えられることはない。だが、世界に目を転じると、少数民族の自治というのは、その国にとっては深刻な政治問題である。アジアでも、中国、台湾、フィリピン、タイそしてミャンマーなどの国々では、現在でも少数民族の自治について頭を痛めていることに変わりはない。
 この少数民族の自治とは、近代以降の国民国家の生成と発展の経過と無縁ではない。むしろ、少数民族の自治とは、近代における国民国家を形成しようとする大きなうねりの中に生まれた、最もやっかいな政治問題の一つなのである。

 国民国家とは近代以降の領土をめぐる諸国家間の抗争すなわち国境の確定による国家の組織化と、民族自決という二つの大きな流れで生まれてきた。多数民族が国民国家を形成しようとすれば、その領域に内在していた少数民族はその抵抗勢力になったのである。
 近代化にまい進した民主的な先進諸国は、国内に内在している少数民族を上手く民主的な枠組みの中に組み込むことに成功した。同化政策としての批判はあるにしても、国内での政治問題化は沈静したのだった。それは米国を例に見れば理解できよう。
 だが、民主化に後れをとった、あるいは失敗した諸国における国民国家は、少数民族を民主的な枠組みの中に組み込むことに失敗したのであった。中国がその端的な例である。国民国家に民主的な枠組みが無ければ、少数民族を民主的な枠組みに組み込むことは、土台無理な話である。そのため、武力を使った少数民族の抑圧しか方法はなかった。

 このように、近代以降の国民国家の形成という大きな動きの中で、諸国家は少数民族の組み込みに腐心したのであった。それが少数民族の自治という言葉で表された。もちろん、中国の例を見ても、少数民族による自治とは表向きの看板だけであって、中央あるいは多数派、中国でいえば、共産党と華人が自治政府を制御していることに変わりはない。そのため、数や政治力で劣位に立たされる少数民族の側は、その支配構造に甘んじるか、それとも民族の自決あるいは高度な自治の獲得を目指して抗争するか、という選択しか残されないのである。
 この多数派によって少数民族が支配される構造も、少数民族が多数派に抗争する構造も、互いの利益にはならない。だから、両者が国民国家の枠の中で平和共存することが望ましい。そして、そのための必要不可欠な条件は、国民国家が自由で民主的な政治体制を維持していることである。現在において少数民族問題に悩んでいる諸国家を見れば、多くが権威主義的かつ中央集権的であり、さらに腐敗の構造を引きずっているために、両者が平和共存できるような環境に至っていないのである。

 たとえ、世界が経済的、社会的にグローバル化しても、国民国家を再組織化、再秩序化していこうという政治的動きはグローバル化に対抗するようにして強まっている。この国民国家の再編成というのは、遠い将来についての予想は不可能だが、当面の間は続いていくことだろう。したがって、国民国家の中に組み込まれている少数民族の自治という問題は、国民国家の再組織化と再秩序化という動きで決まっていくことになる。
その国民国家の再編成は、中国のように国内的な抑圧的方向への動きと、民主化の動きという二つの方向性がある。後者の端的な例がミャンマーということになる。
 ミャンマーは1948年の英国からの独立以降、国民国家の形成と少数民族の問題に頭を痛めてきた。国民国家の形成のためには、軍事政権による中央集権的かつ権威主義的な組織化を必要とした。だが、そのために自由化と民主化が犠牲となり、少数民族との政治的、軍事的軋轢を繰り返していたのであった。そのミャンマーも軍事政権による国民国家の再編成に一定の決着を見た段階となったことから、少数民族との和解と民主化のプロセスにようやく入ってきたのであった。

 国民国家に内在する少数民族の問題は、国民国家の民主化というプロセスがない限り、頭の痛い政治問題として続いていく。非民主的な国民国家においては、少数民族の自治とは常に紛争要因なのである。ただ、逆に見れば、非民主的な国民国家において少数民族の高度な自治を実現させていくことは、非民主的な国民国家の民主化を促進するという重要な意味を持つことになるのである。
 したがって、民主的な国民国家群が、こうした非民主的国民国家における少数民族の自治を促進させていくことで、国民国家の民主化を促すという重要な役割を果たすことになる。もちろん、国内政治への介入は内政干渉による主権侵害として当事国政府が拒否することは目に見えている。しかしながら、そこが工夫のしどころである。他国が非民主的国民国家の内政に手を突っ込むことを避けることは賢明ではあるものの、それでは何も変わらない。だが、非民主的国民国家に組み込まれている少数民族へ人道的支援を行うことと、非民主的国民国家の政府側と少数民族側との和解と民主化のプロセスに介入することは可能である。それは、内政干渉でも主権侵害でもなんでもない。つまり、よく言われる「民主主義の介入」の一つの手法である。
 そこに、少数民族の非民主的国民国家における高度な自治を実現させていくことの重要な二つの戦略的意味が表れる。一つは、少数民族による自治を実現させていくことで国内の紛争要因を軽減させていくこと。そして、二つは、少数民族の自治を実現させていくプロセスで、非民主的国民国家の民主化のプロセスを促進していくということである。

 このように、少数民族の自治の問題を扱うことは、国民国家を民主的にしていくための有効なツールであり、民主化のバロメーターとなる。中国のように権威主義的かつ全体主義的政治体制を維持している非民主的国民国家では、国内の少数民族の「高度な自治」はなく、自治とは名ばかりのものである。そして、ミャンマーがこれから取り組むように、少数民族の「高度な自治」が達成できれば、国民国家の民主化が本物であることの証明になるのである。

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本稿は『自治レポート』、公益財団法人富士社会教育センター、第38号、2012年に寄稿したもので、一部修正を加えた。

November 09, 2012

ミャンマーのロヒンギャ族

朝日新聞 2012年11月8日 報道

ロヒンギャ族の船沈没 バングラデシュ沖、50人不明

 バングラデシュ南東部のテクナフ沖のベンガル湾で7日、ミャンマー国境付近からマレーシアに向かっていた多数のイスラム教徒のロヒンギャ族らを乗せた船が沈没した。ロイター通信によると、バングラデシュの国境警備隊などが約70人を救出したが、残りの約50人が行方不明。ミャンマーでは、仏教徒との衝突で多数の死傷者が出たロヒンギャ族が国外に逃げる動きが続いており、こうした人々が乗船していたとみられている。
 ベンガル湾では10月28日にも、ロヒンギャ族ら約130人を乗せた船が沈没し、大半が行方不明になっている。

<コメント>
 最低でも80万にのぼるとされるミャンマー西部のラハイン州に住むイスラム教徒のロヒンギャ族は、ミャンマー国内ではバングラディシュからの経済的難民と認識されている。そのため、少数民族の自治という観点からは、ミャンマー国内ではそれを認めようとしない意見が強い。
 この問題は、ミャンマー国内でも政治問題化する火種ともなっており、ミャンマー政府が対応を誤ると、他の少数民族との和解のプロセスにも障害を与えかねない深刻な問題である。

November 07, 2012

ブログを全面的に改訂します

長らくお休みしていたこのブログですが、全面的に改訂して、再スタートいたします。
改訂の趣旨は、私の研究と私が関わるNGO活動についての情報発信の場とすることです。

研究活動

 アジア諸国の民主化と地方自治に関する研究と情報を記載していきます。
 おもに、ミャンマー、タイ、韓国、台湾そして北朝鮮が当面の研究領域となります。
 その研究を進める「アジア地方政治社会研究会」(仮称)の発表の場とします。
 メンバーは、拓殖大学の教員や他大学の教員、アジア地域のNGOメンバーなどです。

NGO活動

 おもにミャンマーに関わるNGO活動についての情報発信の場とします。
 そのNGO活動は、すでにタイにて政府認可を得ている「タイ日教育開発財団」の兄弟組織であり、日本でNPO法人として設立を目指す「タイ日教育開発」を中心に展開していきます。近々、日本で法人化する予定で、現在、手続き中です。
 タイ日教育開発の主な活動は次のようなものです。

1. タイ人と日本人の間に生まれた児童の教育支援
2. ミャンマーの少数民族地域における農業支援と就労支援
3. ミャンマーの少数民族の児童の教育支援
4. ミャンマーの少数民族地域における旧日本軍人の遺骨収集

以上の事業を、タイにおいて先行している「タイ政府認可タイ日教育開発財団」とともに進めていく予定です。

 中心メンバー
 理事長   眞鍋貞樹
 副理事長 海老原智治
 副理事長 井本勝幸
 事務局長 中本稔

 タイ人と日本人の間に生まれた児童への教育支援については、2年間の実績があります。児童が再会を望む日本人の父親との面会や、連絡の橋渡しなどの活動を展開しています。
 そして、ミャンマーの少数民族間での和解のプロセスを進めた井本勝幸副理事長を中心として、ミャンマーの少数民族地域に5か所の農園を設立しています。これから、具体的に農産物の生産と流通、そして少数民族の人たちに農業技術を身につけてもらうための就労支援事業を展開していきます。
 ミャンマーの少数民族地域における旧日本軍人の遺骨収集は、戦後からこれまでまったく手つかずのままでした。ミャンマー政府と少数民族との間の紛争がその原因です。両者の和解が進んでいることから、こうした日本にとって大切な戦後処理を進めていくことができそうな段階になっています。 遺骨収集には政府間の協議が不可欠ですが、私たちとしては、どの地域にどれだけの御遺体が埋葬されているかの、基礎調査を担当する予定です。

これから、こうした研究と活動についての発表の場としていきます。

 
 
 

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