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November 10, 2012

少数民族と自治

 少数民族の自治について、日本国内ではさほど深刻に考えられることはない。だが、世界に目を転じると、少数民族の自治というのは、その国にとっては深刻な政治問題である。アジアでも、中国、台湾、フィリピン、タイそしてミャンマーなどの国々では、現在でも少数民族の自治について頭を痛めていることに変わりはない。
 この少数民族の自治とは、近代以降の国民国家の生成と発展の経過と無縁ではない。むしろ、少数民族の自治とは、近代における国民国家を形成しようとする大きなうねりの中に生まれた、最もやっかいな政治問題の一つなのである。

 国民国家とは近代以降の領土をめぐる諸国家間の抗争すなわち国境の確定による国家の組織化と、民族自決という二つの大きな流れで生まれてきた。多数民族が国民国家を形成しようとすれば、その領域に内在していた少数民族はその抵抗勢力になったのである。
 近代化にまい進した民主的な先進諸国は、国内に内在している少数民族を上手く民主的な枠組みの中に組み込むことに成功した。同化政策としての批判はあるにしても、国内での政治問題化は沈静したのだった。それは米国を例に見れば理解できよう。
 だが、民主化に後れをとった、あるいは失敗した諸国における国民国家は、少数民族を民主的な枠組みの中に組み込むことに失敗したのであった。中国がその端的な例である。国民国家に民主的な枠組みが無ければ、少数民族を民主的な枠組みに組み込むことは、土台無理な話である。そのため、武力を使った少数民族の抑圧しか方法はなかった。

 このように、近代以降の国民国家の形成という大きな動きの中で、諸国家は少数民族の組み込みに腐心したのであった。それが少数民族の自治という言葉で表された。もちろん、中国の例を見ても、少数民族による自治とは表向きの看板だけであって、中央あるいは多数派、中国でいえば、共産党と華人が自治政府を制御していることに変わりはない。そのため、数や政治力で劣位に立たされる少数民族の側は、その支配構造に甘んじるか、それとも民族の自決あるいは高度な自治の獲得を目指して抗争するか、という選択しか残されないのである。
 この多数派によって少数民族が支配される構造も、少数民族が多数派に抗争する構造も、互いの利益にはならない。だから、両者が国民国家の枠の中で平和共存することが望ましい。そして、そのための必要不可欠な条件は、国民国家が自由で民主的な政治体制を維持していることである。現在において少数民族問題に悩んでいる諸国家を見れば、多くが権威主義的かつ中央集権的であり、さらに腐敗の構造を引きずっているために、両者が平和共存できるような環境に至っていないのである。

 たとえ、世界が経済的、社会的にグローバル化しても、国民国家を再組織化、再秩序化していこうという政治的動きはグローバル化に対抗するようにして強まっている。この国民国家の再編成というのは、遠い将来についての予想は不可能だが、当面の間は続いていくことだろう。したがって、国民国家の中に組み込まれている少数民族の自治という問題は、国民国家の再組織化と再秩序化という動きで決まっていくことになる。
その国民国家の再編成は、中国のように国内的な抑圧的方向への動きと、民主化の動きという二つの方向性がある。後者の端的な例がミャンマーということになる。
 ミャンマーは1948年の英国からの独立以降、国民国家の形成と少数民族の問題に頭を痛めてきた。国民国家の形成のためには、軍事政権による中央集権的かつ権威主義的な組織化を必要とした。だが、そのために自由化と民主化が犠牲となり、少数民族との政治的、軍事的軋轢を繰り返していたのであった。そのミャンマーも軍事政権による国民国家の再編成に一定の決着を見た段階となったことから、少数民族との和解と民主化のプロセスにようやく入ってきたのであった。

 国民国家に内在する少数民族の問題は、国民国家の民主化というプロセスがない限り、頭の痛い政治問題として続いていく。非民主的な国民国家においては、少数民族の自治とは常に紛争要因なのである。ただ、逆に見れば、非民主的な国民国家において少数民族の高度な自治を実現させていくことは、非民主的な国民国家の民主化を促進するという重要な意味を持つことになるのである。
 したがって、民主的な国民国家群が、こうした非民主的国民国家における少数民族の自治を促進させていくことで、国民国家の民主化を促すという重要な役割を果たすことになる。もちろん、国内政治への介入は内政干渉による主権侵害として当事国政府が拒否することは目に見えている。しかしながら、そこが工夫のしどころである。他国が非民主的国民国家の内政に手を突っ込むことを避けることは賢明ではあるものの、それでは何も変わらない。だが、非民主的国民国家に組み込まれている少数民族へ人道的支援を行うことと、非民主的国民国家の政府側と少数民族側との和解と民主化のプロセスに介入することは可能である。それは、内政干渉でも主権侵害でもなんでもない。つまり、よく言われる「民主主義の介入」の一つの手法である。
 そこに、少数民族の非民主的国民国家における高度な自治を実現させていくことの重要な二つの戦略的意味が表れる。一つは、少数民族による自治を実現させていくことで国内の紛争要因を軽減させていくこと。そして、二つは、少数民族の自治を実現させていくプロセスで、非民主的国民国家の民主化のプロセスを促進していくということである。

 このように、少数民族の自治の問題を扱うことは、国民国家を民主的にしていくための有効なツールであり、民主化のバロメーターとなる。中国のように権威主義的かつ全体主義的政治体制を維持している非民主的国民国家では、国内の少数民族の「高度な自治」はなく、自治とは名ばかりのものである。そして、ミャンマーがこれから取り組むように、少数民族の「高度な自治」が達成できれば、国民国家の民主化が本物であることの証明になるのである。

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本稿は『自治レポート』、公益財団法人富士社会教育センター、第38号、2012年に寄稿したもので、一部修正を加えた。

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