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November 11, 2012

ミャンマーの少数民族による自治に向けて

 永く軍事政権が続いたミャンマーにおいて、アウンサンスーチー氏の「解放」に象徴されるように、国内の民主化と少数民族との和解のプロセスに入った。この民主化と和解のプロセスには当初は疑念の声、すなわち軍事政権によるポーズだけではないのかという見方が強かった。しかし、一連の動きを見れば、ポーズではなく、ミャンマーなりの方法論とペースで、国内の民主化と少数民族との和解を進めていることが判る。

 さて、ミャンマーの少数民族の問題は、私たち日本人からみると、実に複雑であり、理解が容易ではない。少数民族の実情を、本稿のわずかな字数で記すことは困難だが、かいつまんで説明しておこう。
 ミャンマーの少数民族の特徴は、多様性である。政府の統計によれば、少数民族は国内に135ほど存在していることになっている。しかし、一つの少数民族でも言語、宗教などに多様性があり、歴史的経過が複雑なことからさらに細分化されていく。果たしていくつの少数民族が存在するのかは、まだ学術的な研究が十分にされていないのではっきりと判らない。

 少数民族とミャンマー政府との間の紛争はよく知られていることだ。だが、日本ではその紛争はミャンマー政府対共産ゲリラの戦いであるかのように認識されていた。つまり、「少数民族=共産ゲリラ」の構造である。共産ゲリラが中国の支援を受けてミャンマー政府軍と戦っていたのは歴史的事実だが、それは一部の少数民族であり、しかも中国の「心変わり」によって、いまやほとんどその姿を消している。
一方で、少数民族間の紛争というものは、あまり知られていない。歴史的な複雑性から、ミャンマーの少数民族間の紛争の歴史は長い。近代以前には彼らは「首狩り族」と呼ばれていたように、同じ少数民族間でも、村落が隣接していると互いの権益を巡る争いから、「首狩り」を行っていたぐらいである。その少数民族間の対立構造は、現在でも残っている。

 ミャンマーの少数民族が暮らす地域は、山岳地帯であり、道路などの交通網も十分に整備されていない。未開とまでは言えないまでも、昔ながらの生活を続けており、近代文明の恩恵(それが善いか悪いかは別の議論だが)を受けていない地域である。
 加えて、地政学的な背景から、中国からの政治的、経済的影響が強い。少数民族にとっては中国からの政治的圧力をかわしながら、中国との経済的共存を図るという難しい政治的判断が常に求められてきた。
 そして、彼らの軍事費の原資は主にアヘンや宝石であった。国連による麻薬撲滅活動によって、徐々にケシ栽培から他の農産物への転作が行われているのだが、アヘンは彼らの生活に不可欠な医薬品でもあるため、簡単には転作できない。だから、他の農作物への転作と流通・販売をいかに進めていくかという問題は、少数民族が自治を形成するための原資の確保という観点からも、非常に重要な課題である。

 以上のような環境の中で、ミャンマー政府と少数民族との和解の進展により、少数民族の高度な自治をどのように進めていくか、という重要な課題が表れているのである。
 政府も少数民族も高度な自治というものは未経験である。少数民族の行政も基本的には軍政であるから、軍政から民政へと転換を図るとしても、未体験ゾーンである。あまり適切な表現ではないだろうが、彼らの社会は原始共産制にも近いもので、村落単位で互いに助け合い、そして農作物などの生産物を平等に再配分して生活する非近代的社会である。非近代的社会に、いきなり高度な近代的自治というものを持ち込むことは、彼らにとっても戸惑うことだ。
 高度な自治を形成するためには、行政機構、官僚機構、税制度、警察機構、教育、保健・福祉といった基本的な自治制度作りが必要であり、何よりも住民意思の調達と行政機構の制御のための議会をどのように作っていくか、という難しい問題がある。行政機構は軍政のものを徐々に衣替えしていくことはできるとしても、議会は簡単ではない。選挙制度一つにしても、山岳地帯で村落が分断されている地域で、そう簡単に選挙がスムーズに実施されるとは思えない。何よりも、住民が選挙によって自分たちの政治的代表を選出するという意味も、最初から十分に彼らに理解されるとは思えない。
 したがって、ミャンマーが民主化と和解のプロセスに入ったとしても、少数民族の高度な自治の実現を、短編急に進めていってはならない。彼らのペースに合わせて、徐々に進めていくことが大切である。そして、最初に行うべき事業は、小学校・中学校といった初等教育制度の整備と、保健衛生事業を各地の村落に展開していくことだろう。
 それらが整備されていくと同時に、行政機構の整備が進んでいくであろう。そして、自分たちの代表を自分たちで選ぶことの意義や重要性への認識が彼らの中に浸透してくことによって、議会制度ができていくだろう。
 つまり、西欧合理主義的に自治とはまず議会を作ることである、といった観点からではなく、地域の伝統や文化との整合性を持たせた自治制度を検討してくことである。まずは自治の環境づくりを始めてから、自治制度についての認識をもたせていくことだろう。
 
 こうした少数民族の高度な自治の形成のために、日本がどのように支援すべきだろうか。日本はこれまで民間レベルでかろうじて少数民族への「支援」を行っていたのが実態である。ミャンマー政府との関係性もあるし、また、もともと山岳地帯での武装闘争地域であるから、「支援」も容易なことではない。しかし、和解のプロセスに入った今、日本側は政府も民間も、彼らの高度な自治の形成のための支援を惜しむべき時期ではない。むしろ、他国に先駆けて、彼らへの支援を進めることが必要である。
 そして、その支援とは食料や医薬品といった物資の供給だけではなく、彼らが高度な自治を形成していくための人的、学術的、技術的支援を惜しむべきではない。彼らの伝統的な生活・文化を損なわないように、彼らのペースに合わせながらも、彼らを高度な自治へと導くための支援である。それは生活物資の供給と合わせて、気の遠くなるような作業だが、それが最も彼らに必要な支援であろう。
 そして、なによりも日本にとっての少数民族支援の意義を再確認することが大切である。それは、少数民族の地域が、地政学的に中国とミャンマー、タイとの中間点にあることである。今日における中国の「覇権拡大」を、ミャンマーを含めた東アジア全域で対処していくことの政治的意義は実に大きいのである。


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本稿は公益財団法人富士社会教育センター刊の『自治レポート』、第38号(2012年)に寄稿したものを、一部修正したものである。

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