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4 posts from May 2013

May 27, 2013

ミャンマー版 民族浄化政策?

 本日のHerald Tribuneの報道によると、ミャンマー西部のラカイン州で、ミャンマー版民族浄化策が進められるという。それは、ミャンマーにおける仏教徒とイスラム教徒の間での宗教対立が背景にある。
 5月25日にミャンマー・ラカイン州が発表した内容は、ラカイン州の街であるButhidaung とMaundawにだけ適応される政策として、イスラム教徒は子供を二人までに制限するというもの。それらの街は、イスラム教徒が95%を占めるという。同地区は他の地域と比べて、10倍以上のスピードでイスラム教徒が増え続けており、その対策に郷を煮やした同州政府の苦肉の策とのことである。
 世界で有名な出産制限は、言うまでもなく中国の「一人っ子政策」であるが、中国の少数民族は適用が除外されている。中国政府としても、少数民族の「懐柔」のためには、そうした制限は好ましくないとの判断をしたためなのだろう。それとは、逆に、ミャンマーでは少数民族を増加させないための産児制限である。
 ただでさえ、このラカイン州の民族対立が激化して、ミャンマーの民主化の足かせともなりかねない地域で、こうした手法の「民族浄化政策」は、新たな対立の火種ともなりかねない。

May 26, 2013

小平市の住民投票・不成立で開票されず

  東京都で初の住民投票ということで、マスコミで話題に上った小平市の住民投票だったが、投票率50%の要件を満たさなかったため、不成立となり、開票されないことになった。
 下記は、それを速報した読売新聞。
 マスコミではもっぱら、「日本の民主政の成熟度が試される」とか、「50%の是非」ということが、議論の俎上にのぼっていたのだが、この都市計画道路の建設の実態というのはそれほど奇麗なものではない。
 この路線の建設は、長年、地域住民や小平市・市議会の関係者の頭を痛めさせていた問題だった。
 確かに、貴重な公園の緑地の半分を削ってしまうし、玉川上水の緑道を削ってしまうことは、本当に残念なものだ。それは建設に賛成の立場であっても、心苦しいし、残念なものだ。
 だが、この公園の緑地は、もともと都市計画道路予定地だからこそ、残っていたものであった。もし、都市計画道路でなければ、とっくに住宅になっていたかもしれない。
 それに、反対運動を繰り広げていた住民の中には、道路建設予定地と知りながら住宅を購入した人たちもいた。どのように考えても、彼らの建設中止の主張には妥当性はない。
 あるいは、「緑地を守れ」と建設に反対を主張する立場の人たちは、自分達も緑地を削って住んでいることには思いおよばないらしい。道路渋滞に文句を言っているドライバーと同じで、文句をいう人たちが渋滞の原因を作っているのと同じである。
 一方で、建設に賛成する立場にも、都市における緑地の保全というものに、消極的か、まったく関心を持たない人達もいる。彼らにとっては、開発利益しか念頭にない。つまり、道路建設にともなって、沿道に出店する商業による利益の獲得である。
 そもそも、都市計画道路の路線の引き方は、相当に乱暴な話だった。計画策定当時の市役所の職員が、鉛筆と定規を持って、地図上に線を引いただけで「計画」ができたのだった。住民との事前の協議だとか、合意といったものはまったく考慮されていない時代の話である。しかも、「計画」というものを乱暴に作って、いったん決定した「計画」に一切変更を認めない、という非常に権威的で、形式的なものである。さすがに、今日では、東京都も路線の変更はしないが、道路形態を環境に配慮する「見直し」をしているが、「計画」そのものの見直しはしない。
 こうした賛否のみならずそれぞれの立場の込み入った事情を考慮した解決策が、一時、小平市議会で盛り上がった道路の「地下化・半地下化」であった。緑地や玉川上水の削減を最低限にとどめる方法として、関係者が知恵を絞った「見直し案」だった。この「見直し案」を東京都はいったん受け入れたのだが、その後、東京都が撤回した。理由は、建設コストが高くなりすぎるということと、沿道の地権者が「地下化・半地下化」すると、開発利益を獲得できなるために、その「見直し案」に反対したのだった。その後、急速に「地下化・半地下化」構想はしぼんでしまったのだった。誠に残念である。その時にできた「見直し案」で行っていれば、こんな住民投票と言うことにもならなかっただろうと思う。
 今日の住民投票の不成立を受けて、東京都では測量や用地買収、あるいは地元説明会を開催していくことになる。混乱は予想されるが、いずれは道路は建設されるだろう。
 その時、私が訴えたいのは、失った緑地の分だけ、他の場所に緑地を確保するという政策の実行である。現在の環境政策で取り入れ始められた、ミチゲージョンという環境保全のための考え方を、この道路建設にも適応させることである。先日、ばったりと小平市長に会った時にも、この点を訴えておいた。ぜひ、小平市がこの環境政策を実行してもらいたいと思う。


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投票率50%に達せず不成立…小平市の住民投票

 東京都小平市で26日、雑木林を通過する形で計画された道路建設計画の是非を市民に問う住民投票が実施された。
 住民の直接請求に基づく住民投票は、都内では初めて。市選管によると投票率は35・17%で、市条例で定めた成立要件「投票率50%」に達しなかったため、投票は不成立、開票は行われない。
 住民投票の対象になったのは、1963年に東京都が都市計画決定した都道「3・2・8号線」(府中市―東村山市間)13・6キロのうち、小平市内の五日市街道と青梅街道を南北に結ぶ1・4キロ区間について。
 自然環境が悪化するなどとして、計画に異議を唱えた市民団体が今年2月、7183人分の署名と共に住民投票条例の制定を直接請求し、条例は3月の市議会で可決。これに対し、小林正則市長が「投票は市民の総意であるべきだ」などと訴え、その後の改正で「投票資格者の総数の2分の1に満たないときは、成立しないものとする」との条項が追加された。

(2013年5月26日21時44分 読売新聞)

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May 25, 2013

マイナンバー・・・そんなに監視したいのか、監視されたいのか

 昨日の参議院にて「マイナンバー」が可決したとのこと。
 政府は「これで便利になりますよぉ」というキャンペーンに忙しい。
 マスコミは、かつての国民総背番号制度、グリーンカードそして個人情報保護法の時に展開したような反対論も強くない。「まあ、いいか」というところだろうか。もっぱらの懸念は、政府が管理する個人データの漏えいだとのこと。私の個人データなどが漏えいしたところで大したことはないため、私にとってそれが最も懸念されることとも思えない。
 私が最も「嫌」なことは、政府はそんなに国民を監視したいのか、ということ。続いて、国民はそんなに政府に監視してもらいたいのか、ということである。どうやら監視社会を作っていくことが、最も人々に平穏や安定を与えることと思っているらしい。政府が国民を監視すれば幸せになり、国民は政府に監視されれば安心なのだろうか。
 とても気味が悪い。
 新宿や池袋といった繁華街はもとより、どんなに小さな街でも、「監視カメラ」が張り巡らされている。犯罪防止、あるいは犯罪の抑止が目的とのことだ。犯罪の捜査に役立つだろうが、それと同時に、私たちの日常生活が、どこかのビルの一室で、誰かもわからない人物によって監視され、記録されていることを気味悪いとは思わないのだろうか。
 韓国では、ついに大学の教員の研究室まで、監視カメラが設置されるようになったという。パワハラあるいはアカハラの防止ということよりも、パワハラあるいはアカハラ疑惑で学生から教員が「告発」されたときに、教員自らが無罪を証明するためのものだ。
 こうした個人の生活全般を政府が管理・監視する社会や、監視カメラが蔓延する社会を、むしろ異常だとは思わないのだろうか。もっぱら「皆さん、便利になりますよぉ」という、政府のやさしい指導に従っているにしか感じない。
 これはミシェル・フーコーの「牧人型権力による統治」(司祭型権力)の何物でもない。やさしい牧人に飼われている羊たちは、牧人の監視の下で幸せに暮らすのだが、いずれ羊たちは食べられてしまうのである。
 監視社会を幸せだと思っている人たちは、いずれ監視社会に食べられてしまうのである。それは誰だって?それは、監視社会を作ったあなた、あるいは作るのを黙って見ていたあたな、そしてそれを幸せな社会だと思っているあなたが、監視社会に食べられるのである。
 
 
 

May 23, 2013

古臭い「二元外交批判」への批判

 岡田克也さんが下記のようなコメントを出している。
 古臭い「二元外交批判」である。この「二元外交批判」は、民主党政権時代に、野党だった自民党などが民主党政権を批判していた文脈とまったく同じである。つまり、どっちもどっち。立場が変われば、同じ行動をとるし、同じ文脈の批判を繰り返すということである。
 これではまったく生産的ではない。
 現代の国際政治・国際関係の複雑性の中では、困難な問題の解決のためには「二元外交」どころか「多元外交」で対処していかなくてはならない。様々なレベルでの様々なチャンネルを駆使して、相手国と対峙しなくては勝負にならないのである。こうしたことは、永田町に住んでいる政治家ではもはや「常識」だろう。しかし、その「常識」が互いの批判合戦の中で埋没してしまうということは、彼らにとっての外交は国内向けのものであって、対外的に問題解決を進めようという意図のものではないことの証明になる。
 野党である民主党が自民党政権を批判するなら、「二元外交どころか、多元外交を駆使して、拉致問題の解決をせよ」ということになるのではないだろうか。そして自民党政権側も、こうした古臭い「二元外交批判」に対して、「二元外交にあたらない」というような反論ではなく、「多元外交でこそ問題の解決が図れる」というように反論してもらいたい。

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飯島内閣参与は訪朝の理由説明すべき 二元外交なら許されない
2013.05.23
連載:岡田克也のズバリ直球

北朝鮮訪問を終え、北京国際空港から日本に向け出発する飯島勲内閣官房参与=18日(共同)【拡大】
 飯島勲内閣官房参与の北朝鮮訪問は極めて疑問というしかない。
 まず、どういう立場で訪朝したのか。内閣官房参与であるため、政府を代表して訪朝したとしか考えられないが、安倍晋三首相らの説明はあいまいだ。
 関係国が歩調を合わせて北朝鮮に経済制裁を科すなか、抜け駆け的に訪朝した点も説明がない。飯島氏は北朝鮮幹部に対し、「日本は拉致問題で妥協しない」などと伝えたとされるが、それは従来の政府方針だ。それ以外にどういう話し合いがあったのか。岸田文雄外相や外務省は事前に承知していたのか。通訳や同行者はいたのか。いずれもはっきりとしない。
 万が一、飯島氏が個人的立場で行ったとすれば、まさに「二元外交」であり、飯島氏の行動は許されるものでない。それを許した安倍首相や菅義偉官房長官の責任も問われることになる。
 ともかく、北朝鮮の核・ミサイル問題は日本と日本国民の安全に関わり、拉致問題は日本の主権、被害者の方々の人権に関わる。ともに極めて重要な問題だ。米国や韓国、中国など関係国の理解と協力も欠かせない。飯島氏は国会に出てきて、きちんと説明することが求められると思う。

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