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October 08, 2014

日下部政三さんへの追悼

 バンコクに長期滞在していたフリー・ジャーナリストの日下部政三さんが先日ガンで亡くなった。バンコクの友人からの連絡で知った。今年は、日下部さんとバンコクの屋台で痛飲することがなかったが、昨年までは、私がバンコクに行った際には必ず安い店で杯を交わしていた。
 酒に誘う時の合言葉は「日下部さん、生きてますかぁ」。彼からの返事は、「なんとか生きてますよぉ。一杯行きますかぁ」。
 日下部さんと知り合ったのは、某テレビ局のバンコク支局長の紹介だった。すくさま意気投合して、飲み明かす日々。果てはタイ北部の黄金の三角地帯まで一緒に調査に行ったことが懐かしく思い出される。
 日下部さんのタイ情報は奥が深く、また鋭かった。頑固一徹なところもあって、飲んでいると持論の展開で終わりがなかった。
 日下部さんとの会話の中で、実に興味深い話があった。彼がまだ大学生のころ、スペインを貧乏旅行していた時のことだったそうだ。安宿には多くの日本人の学生も泊まっていた。その安宿で日本人学生から、「北朝鮮に行くつもりだ。君も一緒に行かないか」と誘われたそうだ。今から思えば、欧州での日本人の拉致事件が発生していたころのこと。日下部さんはそんな危ない話には乗れないと、断ったそうだ。日下部さんは、「当時の日本人学生は北朝鮮に関する知識をほとんど持っていなかった。そんな話に簡単に乗って、実際に北朝鮮に行って帰ってこれなくなった人もいるかもしれない」と言っていた。 もうこの話を確認する術もないが、もしかするとそんな人も実際にいるのかもしれない。
 そんな日下部さんだったから、世界中の危ない話をよく知っていた。しかも、現場の生々しい話ばかりだった。たとえば、タイの赤シャツ隊が町を占拠していた時のことだ。赤シャツ隊の司令官に日下部さんがインタビュー中、銃弾が司令官の頭に命中し、その血がカメラや日下部さんの顔に飛んできたそうだ。それをなんの興奮もなく淡々と話してくれる日下部さんは、尋常な人ではなかったのだろう。
 私にも少なからず知り合いのジャーナリストがいるが、これほどディープな人は少ない。またディープなだけに、寿命を自ら縮めてしまったのだと思う。
 また、お金には頓着しない人だった。私がタイでの携帯電話の購入を思案していた時、日下部さんが「いくつかいらない電話があるから、あげるよ。ただというわけにはいかないから、ビール代を出してくれればそれでいいよ」ということになり、1000バーツぐらいのビール代で、携帯電話を譲ってもらった。その携帯電話は私の机の中にあって、タイでは愛用している。だが、これは日下部さんの形見となってしまった。いささか古いものだが、これからも大切に使っていきたいと思う。

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