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February 2023の2件の記事

February 13, 2023

カール・ルードルフの写真

私が研究しているカール・ルードルフ(Karl Rudolph)の写真を掲載します。

カール・ルードルフ(Karl Rudolph)は、日本の明治の地方自治法の整備に大変貢献した人ですが、日本ではほとんど忘れ去られ、評価もきちんとされていません。本人の写真も、現在のところ、以下の2枚しか確認できていません。

私は彼の貢献を再評価したいと考えています。そのため、彼に関する資料を少しでも集めたいと思っています。

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上の写真が、カール・ルードルフ  下の写真は、カッセル近郊の保養地のホテルにて、渡辺廉吉(左)と懇談するルードルフ(右)

カール・ルードルフ(Karl Rudolph)の写真の出典

渡辺廉吉伝記刊行会編『渡辺廉吉伝』[1934:62] 都立多摩図書館所蔵。同館より転載の許可を得ています。

ただし、同書にはルードルフとしか記載されていないため、同時期に来日していたドイツ人、オットー・ルドルフ(Otto Rudorff)と混同されていた可能性も否定できません。そのため、オットー・ルドルフの写真を入手して確認するために、オットー・ルドルフが勤務していた東京大学等での記録を調べましたが、写真を発見することができませんでした。もし、オットー・ルドルフの写真を所有されている方がおられましたら、下記までぜひご一報いただければ幸いです。

smanabe(@)ner.takushoku-u.ac.jp   送信の際には、()をお取りください。

 

 

ドイツのカッセル訪問・・・カール・ルードルフの足跡を探して

2022年3月21日から26日に、明治の「お雇い外国人」カール・ルードルフの足跡を探して、ドイツ中央部の都市、カッセルを訪問。カール・ルードルフが郡庁の税務官(事実上の郡長)として最後に赴任した地である。

カッセルは、日本ではグリム兄弟が過ごしていた地、あるいは毎年開催される芸術祭ドクタメンタで有名。

とても静かで綺麗な街である。市内には電車の路線が張り巡らされており、移動はとても便利である。ただし、市内全体が坂道になっており、自転車で回ろうとしたものの、下りは楽だが、登りはかなりキツイので断念(電車に自転車で乗りこめばよかったのだが・・・)。

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まず観光客ならば必ず最初に訪れるという、山頂にある「ヘルクレスの塔」を訪問。カッセル・ウィルヘルム駅から電車で20分程度のDulseltal駅まで行き、そこで23番線のバスに乗り換えて、終点の「ヘルクレスの塔」の真下まで行く。ガイドブックによれば、歩いて下から登るのはかなりキツイということで、上まで電車とバスで行き、歩いてふもとまで降りるルートを選んだ。それでも、下まで降りることは大変だった。その大変な坂道を、地元の青年たちが駆け足で上り下りをしている姿をみて、「さすがゲルマン人」と感じ入った次第。

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次に訪れたのは、カール・ルードルフの記録を求めてカッセル図書館を訪問。残念ながら、詳細な資料は残っていなかったが、突然やってきた変な日本人にも、図書館員が親切に対応してくれたことに感謝感激。

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その図書館の近くに、カール・ルードルフが住んでいたとされる家が残っていた。訪問時には建て替え中で、当時の姿を感じることはできなかった。

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そして、その自宅の近くに、彼が勤務していたカッセル郡庁がある。訪問の目的は、彼に関して何か記録があるかどうかを知りたかったためである。すでに近代的なビルとなっているので、当時を感じることはできなかった。しかも、受付にて訪問の趣旨を伝えたものの、ケンモホロロであった。

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カッセル市内に、面白い史跡があることを知った。それは、13世紀ころに、カッセル市内の一つの町に「裁判と村議会」を行っていた場所が残っているということである。行ってみると、石の机がある程度だが、そこに市の教育委員会の案内板がある。当時のヨーロッパの地方自治の主たる役割は「司法」であり、そのための「村議会」が開かれていたのであるが、今に残るその姿をみることができるのは稀である。この石の机の周りに、村の住民の代表が集まって、村の案件の審議をしていたとのことである。

 

 

 

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