nabesada.cocolog-nifty.com > 眞鍋貞樹の音楽歴

記念写真

記念写真

2014年12月7日 オリンパス・ホールにて
指揮者の柳澤寿男さん(左)とコメンテーターの山田五郎さん(中央)とともに。
同日開催された「春の祭典」コンサートでの一コマ。
撮影場所は、同ホールの喫煙所。
山田五郎さんとは、一服しながらの音楽談義に(クラシックではなくロックについて)。
短い時間だったが、楽しいひと時でした。
ちなみに私の「春の祭典」の担当は4番ホルンでした。


2_3

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Photo_8

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2010年10月31日
新座市民会館での第9演奏会
眞鍋は3rd Hornを担当。

指揮者の浮ケ谷さんのお腹が印象に残る演奏会だった。
出来は、一か所を除いて上出来。
久しぶりに良い演奏会だった。
指揮者の浮ケ谷さんと、指導してくださった桐山彰先生に感謝。



103

103

 ドイツの名器であるアレキサンダー103MAというのが、私の愛用のホルン。
 もう20年も使っている。
 この楽器でのデビューはホロ苦い思い出となった。ブルックナーの交響曲の二楽章の最後に、長いハイAの音をPPで出し続けるのだが、途中で息ができなくなってしまい、後は、吹いているマネをするだけだった。指揮者から冷たい視線を浴びて、冷や汗だった。
 以来、数々の演奏会を伴にしてきた。
 最高の思い出は、ベートーヴェンの交響曲7番を、自分ではほぼ完ぺきに演奏し終えた時のこと。もう二度とできないだろう・・・。


Photo_7

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いわゆるミニ・ホルン。
 実用的ではないが、コレクションの一つ。
 大きさは、掌に載るくらい。
 B管。
 中国製。
 ホルンというよりも、メロフォンに音が似ている。
 ベルの中には、手を入れない(入れてもいいけど)。
 渋谷のネロ楽器を覗いたときに、衝動買いしたもの。
 買った当初は、車の中での練習用にと思っていたが、吹いていると耳の近くにベルが来るため、難聴になることが判明。
 以来もっぱら、コレクションになってしまった。


Photo_6

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 平成6年12月11日の、ルネこだいら開館一周年記念演奏会。
 オケは、小平市民オーケストラ。 
 合唱団は、記念第九合唱団。
 指揮は、渡邉康雄さん。
 私は、4番ホルンを担当。
 例の3楽章のソロは、まずまずだったが、最後はやはりへばってしまった。もう二度とやるまいと思う反面、もう一度チャレンジしたいという思いも半分。



Photo_5

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平成3年6月9日の小平市民オーケストラ第一回定期演奏会。
 場所は、国分寺市の泉ホール。
 指揮は、小笠原吉秀さん。
 曲目は、ベートーヴェンの「運命」ほか。
 私はトップを担当。
 実に、かわいらしい演奏会だった。

 この時、トロンボーンのトップを吹いていたのは、現在、指揮者として国際的に活躍している柳澤寿男さん。当時、国立音大の学生で、食費にも困る貧乏学生だった。今や、日本の音楽界でも期待される若手のホープである。


2_2

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 フランスで発売された早稲田大学交響楽団の「春の祭典」のレコード・ジャケット。指揮は山岡重信さん。私は、4番ホルンを担当した。
1979年5月に、早稲田大学交響楽団のフランス公演において、フランスのエヴィアン近郊にある小さなホールで録音したもの。
 フランスのカリオペというマイナーだが有名な制作会社による。一本のマイクで、オーケストラの演奏を録音するという独特の手法だった。短い演奏を何度も繰り返して、後で編集をしてつなげ合わせるという方法だった。プロならともかく、アマチュアでこうした録音方法を、しかも、生まれて初めての経験でするのは、メンバーにとっては、かなりの負担だったと思う。
 前年のカラヤンコンクールでの優勝を記念しての、録音とフランス演奏旅行だったが、当然のように前年の主力メンバーは卒業した。個人技では優れた技能を持つメンバーがたくさん残っていたのだが、やはり、極度の緊張感と集中力でコンクールに向かったメンバーとは違う。「疲れたからしばらく養生したい」というのが、少なからずメンバーの本音だったと思う。
 だが、「ワセオケを世界に飛躍させるための重要なステップ」というように位置づけた幹部の説得を受けて、いわば、あまり気乗りしないままに無理に実施したのである。
 この無理な企画について、私たちの代の中では、フランスに行く前まで異論や慎重論があった。その異論や慎重論を抑えて、1979年5月、フランスに旅だったのだが・・・。

 このフランス公演とこの録音が、決定的なワセオケの分裂というものを引き起こしたことについて、「楽団史」にはまったく触れられていないし、当時のメンバーもあまり語らない。
 この録音を聞いても、正直、あまり感動をしない。

 


Photo_3

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 早稲田大学交響楽団(ワセオケ)時代の栄光の写真。当時もらった写真は、引っ越しを重ねているうちに紛失・・・。この写真は楽団史から借用。
 1978年にベルリンで開催されたカラヤン・コンクールでの優勝記念コンサートの写真である。場所は、ベルリンフィルハーモニーザール。曲目は、ストラビンスキーの「春の祭典」。指揮は山岡重信さん。
 私はまめ粒のように映っている。
 この栄光の瞬間から、のちにワセオケ分裂と挫折、そして再建という道が待っていようとは、誰も想像をしていなかった。みんなで、ベルリンの酒場で酒を交わしあったのだが・・・。翌年のフランス公演の後に噴出した分裂騒ぎに嫌気がさして、半ば退団のようになったまま卒業した。
 歴史は勝者によって作られるという現実を、このワセオケで味わった。楽団史には、その経過はほとんど書かれず、勝者の歴史のみさらりと書かれているだけだ。ホロ苦い思い出である。


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 ワンコのホルン吹き人形。
 Puppy's Philharmonic Orchestra と書いてある。
 どこの国のオーケストラかは不明。
 購入先は失念。
 


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イタリアのベニスを旅したときに、サンマルコ広場の近くにあった小さな店でみつけたホルン人形。
 おじいさんが一人で店番していた。


Photo_2

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函館に旅行した時に、港の売店で見つけたホルン吹きの人形。
 なかなか格好いい。


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 ヤマハの往年の名器であるカスタムシリーズのYHR861の大元であるガイヤーモデルの写真。
 私の先代のホルンと同型。
 巻きがシンプルで、カスタムシリーズの中でもじゃじゃ馬系だが、いい音がでる楽器だった。
 かつて、ベルリンフィルの4番奏者であったマンフレッド・クリアーが使用していた。
 
 


178

178

 早稲田大学交響楽団時代に使っていたホルトンのファーカスモデル178の写真。
 音出しがスムーズで、ヤマハのホルンと同じように使いやすい楽器だった。
 ただし、この楽器とは哀しい別れをした。
 早稲田大学交響楽団のフランス演奏旅行に参加するための資金がなく、やむなくこの楽器を売って、参加した。替わりの楽器は先輩から借りた。
 なんとも情けない貧乏なホルン吹きだった。
 


Photo_4

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 懐かしのメロフォン。
 広島市立宇品中学校の吹奏楽部に入団した時に吹かされたのが、メロフォン。
 トロンボーンを吹きたかったのに、このヘンテコな楽器を吹かされることになったときは、泣いたことを覚えている。
 以来、40年、何度か挫折しながらもホルンを吹き続けているわけである。
 ちなみに、メロフォンはホルンに似た形をしているが、まったく別の楽器と思った方が良い。
 持ち方も逆だし、マウスピースも形が違う。バルブではなくピストンというのも違う。
 違う楽器なのに、なぜか昔はホルンの替わりに吹かされた。
 今でも日本には熱烈なメロフォン・ファンがいるとのことである。